第17話 余波
――同夜・大阪市内 某所ビル屋上|観測地点
ビルの屋上。吹き抜ける夜風の中で、雪乃は身じろぎもせずに立っていた。
彼女の瞳は、遥か下の街を静かに見下ろしている。
視線の先には、灯りの消えた学校の校舎──そして、
まだ誰も気づいていない、“歪み”の予兆。
「──大佐」
通信が開かれると、雪乃はわずかに眉を寄せた。
『異変の兆候か』
「はい。心斎橋地下、旧水道施設付近にて。
微弱なミーム波の変動あり。反応は小規模ですが、発生源の特定には調査が必要です」
『敵の再侵入の可能性は?』
「否定できません。……ただ、感触としては“自発的な芽吹き”に近いものです」
『前回の汚染の余波、か』
「はい。発生源は個体ではなく、“空間”です」
『……座標を。雪乃、準備を整えろ』
「了解しました。行動計画は後ほどHUD上に反映いたします」
雪乃は視線を逸らさずに返答した。
ただ、ふと、空を仰ぐように顔を上げ──静かに呟いた。
「……輪廻 っ大佐。このまま、彼女を“巻き込まず”に済ませられるなら、よろしいのですが」
――翌朝・しずめの自宅前
MoRSは彼女に衣食住を与えた。
彼女が望まないとしても、“普通”を手に入れるために本来あるべきもの
そのすべてを与えた。
しかし、公の記録ではすべて変わりなく、彼女を含め取り巻く環境すべてが以前からあったかのように
登校時間より少し前、しずめは家の前で立ち止まっていた。
ポストに入っていた小さな紙片。
そこには、たった一言だけが書かれていた。
【選べ。残るか、還るか】
それが誰の筆跡なのかも、意味も分からなかった。
けれど、しずめの中で何かが“ざわめいた”。
(……わたしが、巻き込まれる……?)
彼女の本能は、すでに気づいていた。
自分が“無関係”ではいられないということを。
――昼・市内カフェ(MoRS観測支点)
「……彼女に、すでに干渉が?」
「まだ直接ではありませんが、痕跡はあります」
小型端末を操作しながら、雪乃は慎重にデータを整理していく。
「“誰か”が試している。彼女の“内側”を──」
「揺らすことで、能力を引き出そうと?」
「……おそらくは」
しずめが“ミーム的思考”を発揮する条件。
それは、彼女の精神が“揺らぐ”こと。
すなわち、“心の無垢さ”に波紋を投じることで、その力が表層に現れる。
「我々の痕跡はないが、ここまで大規模に情報操作を行うと察しのいい人間は気づいてしまうか。」
「ですね。しかし、確実に我々という存在はありません。」
「とはいえ、彼女の過去を知るもの…もしくは“関わったもの”の興味を引いたか。」
大佐は天井を見上げた。
「利用される前に、確保しなければ」
「はい。ユリシーズ作戦──段階移行の許可を」
「許可する。雪乃。……もう一度、“接触”を頼む」




