第15.5話 巻末1
――20:10|移送車内
大佐と雪乃が少女を保護してすぐ、用意していた自動車でMoRS本部へと向かう。
少女は、大佐の隣のシートに座っていた。
毛布を膝にかけ、窓の外の街灯を、何も映さない瞳で追い続けている。
「寒くないか?」
静かに問いかける大佐に、少女は首を横に振った。
「……あの場所、ずっと寒かったから。これくらいは平気」
雪乃が助手席から振り返る。
「生理的反応の回復は正常。ただし、心理的応答には断続的な遅延。
先生、移送後、初期解析を実施しますか?」
「頼む。拠点での全面解析の前に、雪乃。君の判断で“負荷”の程度を測っておいてくれ」
「了解しました。」
車内は一瞬沈黙し、続けてしずめが小さく問いかけた。
「……さっき、言ってた“概念”って、なに?」
「……」
大佐は言葉を選ぶように、一度だけ眼鏡を直した。
「簡単に言えば、君が“自分で選んだと思い込まされた”記憶や感情のことだ。
誰かが、君の内側に“誰かになるための条件”を埋め込んだ。それが
“概念の植え付け”」
しずめは小さく目を見開く。
「じゃあ……私は……私じゃなかったの?」
「そう思わされていた、ということだ。だが、君は今、それに“気づいた”。
気づいた以上、それはもう、誰かのものじゃない」
少女の手が、毛布の下でそっと拳を作った。
「……私、本当に“誰か”になっちゃってたのかな。気づかないまま、ずっと……」
雪乃が優しく、しかし明確な口調で言った。
「ですが“気づけた”のは、あなたが“あなたのままでいたい”と思っていた証です。
それがなければ、ユリシーズ作戦は完了しなかった。」
「……ユリシーズ?」
「君を“ゆりかご”の中から連れ出す作戦の名称だ。“誰か”になる前の、“君”を迎えに行くための旅。それがユリシーズ」
少女はゆっくりと、うなずいた。
「変な名前。でも、すこし……あたたかい」
冷たい部屋で少女は出会った。
暖かい存在に。
そして初めて自らの意思で歩み出す。
自らの意思で選んだ場所へ向かって




