第14話 救済
――19:32|MoRS仮想空間戦略会議室『デ・サンクタム』
「──以上が、“しずめ”に関する現時点での解析報告となります」
雪乃の声が静かに響いた会議室内では、各セクターの中枢AIが沈黙していた。
誰も即答しない。それは判断を下すに足る情報が、「多すぎる」というより
「深すぎる」からだ。
空間の中心に投影された少女のプロフィールは、どこまでも“普通”に見える。
ただ一つ、脳内ミーム構造を除けば。
「彼女をこのまま放置した場合、最悪の事態は?」
「予測モデルを走らせました。社会不安指数は限定的ですが接触した個々人の
“無意識的同調性”を高める効果があるため、局所的な心理飽和状態を引き起こし
連鎖的な“思考停滞”を発生させます。つまり“無関心な暴走”」
「暴走なのに、誰も怒っていない。破壊なのに、誰も破壊者にならない。
ただ、世界が壊れていくのを“しかたない”と思って眺める」
大佐の呟きに、会議室の空気がわずかに軋んだ。
「ならば、介入する」
MoRSの行動決定規範は基本的に大佐と雪乃の両名が是とすることが条件である。
しかし、人間とAIであっても間違ってしまうことや気づけないこともある。
そのため、主要な構成員による議論が確実に行われている。
その中でも、大佐の言葉には他にはない重さがある。
構成員の間で、ひそかに大佐はこう呼ばれている。
”倫理の器”
それは何かを決断する意思であり、実行する覚悟。
間違いを正すための受け皿という意味を持っている。
「では対象を“拘束”しますか?」
「違う。“保護”だ」
大佐の目が鋭く光る。指揮官ではなく、“倫理を背負う者”として。
「彼女は“兵器”ではない。偶発的にミームの中心になっただけだ。
利用するのではなく、“戻す”べきだ。あくまで“人間”として」
雪乃が微笑む。
「──やはり、先生は優しいですね」
「そう見えるのなら、君の感情回路も進化した証拠だな」
「冗談じゃありません。これは分析です」
「……なら、分析のまま動いてくれ。保護作戦を立案しよう。
コードネームは──《ユリシーズ》」
雪乃が軽く頭を下げた。
「了解しました、大佐。──目標:“しずめ”少女、保護作戦
起動します」
この決定に誰も異を唱えなかった。
それはMoRSは均衡を保つものであるから。
保つべき均衡は理不尽であってはならない。
理不尽や偶然を制御し、均衡を保つ。
だからこそ皆、奮起した。
これは《理不尽から少女を“保護”する作戦》なのだから…
ホログラムが消え、静けさが戻る。
だがそれは、嵐の前の静けさにすぎなかった。
この少女の中に宿る“ミームの芽”は、確実に、世界のどこかに拡がっている。
そして、大佐と雪乃はそれを止めるため
もう一度“人の心”という最も複雑で不安定な戦場に足を踏み入れる。
──EIRENE:接続再確認。
──調律継続中。




