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第2章は3分割
「おまえじゃ話にならない。第3王子レリクスを出せと言ってるんだ」
玄関ホールに向かうとちょっと耳を疑う言葉が飛び込んで来た。
ううん、呼び捨て?
そもそもね、王族というか貴族の名って勝手に呼んだら駄目なんだよね。
当人に許可貰って初めてOK、みたいな。
だから普段は『第3王子殿下』または『殿下』とだけ呼ばれる。
近衛騎士ならその辺りのこと知らないわけじゃない。これね、下手したらこの一事を以て首が飛ぶ案件だよ。しかも物理的に。
「用件を仰っていただけなければ取り次ぎも出来ないと何度言えばご理解いただけるのか」
あ、リルフィーネの声が大分不機嫌になってる。
彼女は社交的で明るいお姉さんって感じの人。その彼女が不機嫌な対応になるって、余程だよ。
アルティーネだったらとっくに刃傷沙汰になってたかもね。
というか、用件言わないってどういうこと?
僕に会いに来た事情を話せばいいだけなのに、それができないって……。
「騒がしいね、なにがあったの?」
玄関ホールに辿り着くと、正面玄関を背にした一団を見やる。
近衛騎士の制服を着た10人に満たない集団。
先頭でリルと押し問答をしていた茶髪の騎士が僕をぎろりと睨んで来た。
ああ、これは近衛でもお飾り組かな。
近衛騎士団は要人警護の性質上精鋭が集められている。ただし、貴族子弟が箔付けのために入ることもある。
貴族関係者でも真面目に鍛練を積んだ結果近衛となる人もいるけど、やる気はないけど肩書だけは欲しい人たちのために、貴族関係者だけを集めた部隊がある。彼らはすぐに分かる。外見ばかり気にして、騎士としての誇り高さも緊張感もないから。
朝から僕の所へ押し掛けたのはそういう部隊の人間らしかった。
「第3王子レリクス、同行して貰おう」
王族を指差さないように。
駄目だ、この人。まともに教育受けてないよ。そして彼の後ろにいる面々も、自分たちが率先して前に出たりしないまでも、同僚の暴走を止められていない時点で同罪だから。
「理由は?」
「来れば分かる」
ここまで馬鹿だといっそ清々しい。
「誰の指示?」
「そんなことは関係ないだろう。黙って付いてこればいいんだ」
いや、人についてこいと言いながら誰の指示かも言えないって……。
「王族捕縛の権限があるの?」
「3番目の癖に生意気な」
いや、生意気とかそういう問題じゃなくてね。
「3番目だろうと王子だ。近衛だろうと好きにできないよ。僕を連行したいなら令状を示すことだね」
通常、僕、というか王族の捕縛令を出せるのは国王。つまりはパパン。
そのパパンは確か昨日から出張で王都を出ているから、現在王宮の最高責任者になっているのは王太子。僕の捕縛を命じるなんてことできるのは、王太子か、その母親の王后だね。
長兄が僕の捕縛を命じるとは考えにくい。そんな乱暴な手段取らずとも、手紙で呼び出せばいいだけだからね。
残るは王后殿下だけど、あの人がこんな乱暴なことするとも思えない。
王太子の座を脅かす王位継承権持ちだから嫌われてはいるけど、こんな手続き素っ飛ばしたことやっても王太子の立場悪くするだけだって理解してる。
王后殿下は愚かじゃないから。
もし王后殿下が僕の捕縛を命じたなら、嫌疑に関して正式な手続き踏むだろうね。
後、正式な手順を踏んで王族を捕縛できるとすれば貴族議会。
貴族議会で僕に何らかの嫌疑が掛けられたなら、議員たち連名で王族への捕縛令を出すことも不可能じゃなかったはず。そっちも本来なら陛下へお伺いを立てるけど、不在だからね。
ただ、王族捕縛って可能であっても余程じゃないとやりたがらない。
当然だよね。王と図ってのことならともかく、貴族だけで王族を捕縛しちゃうと後々問題になるからね。貴族議会での決議による王族捕縛なんて本当に非常事態のときだけ。
それこそ僕が乱心して王宮で刃傷沙汰を繰り返しているとかなら話は別だけど。
うん、やってないからね。
後ろめたいことは無きにしも非ずだけど。
「おとなしくするならよし、そうでないからこちらにも考えがある。王族としての矜持があるなら見苦しい真似はやめておくことだ」
なんかさ、ドヤ顔してるけど、分かってるのかな。自分で死刑確定させてるの。
それに考えってなに、考えって?
剣に手を掛けてるけど、抜くつもり?
そんなに早死にしたいのかな。
あかん、リルフィーネが戦闘モードになっとる。うん、この人数なら秒殺できるね。
近衛騎士団全員が来ても、リルとアル、ノワールだけで殲滅できそうだから困る。
取り敢えずリルが暴発しないように合図しておく。
困ったな、どうにも話が通じる手合いじゃ無さそうだ。そもそも良く分からない根拠で王族の離宮に乗り込んで来た時点で救いがない。
彼らがリルに圧倒されようとどうしようと、その辺どうでも良いんだけど、リアルテのいる場所で暴力沙汰なんて冗談じゃない。情操教育に悪い。
「それで罪状を教える気はないのかな?」
「それは同行すれば分かる」
困った、退いてくれそうにない。
近衛騎士はさ、僕も付き合いある人いるよ。茶会の時とかに護衛として来て貰うから。まともな人達なんだけどね、いつも来てくれる人たち。
ここまで馬鹿な人もいるんだとちょっと感動すらするよ。
気は乗らないけど仕方無いか。
「せめて着替えさせてくれる?」
王族って衣装にも気を遣うんだよ。僕はサボってるけど。
屋内にいるとき、外出時、人と会うとき、状況によっては日に何度も着替えないといけない。
はっきり言って面倒臭くてかなわない。
「駄目だ。おまえのようなものが王族を気取るな」
なんかね、ちょっと下手に出てあげたら調子こいちゃってる。
なにを根拠にしてそんな居丈高になれるのか、全く以て理解できない。僕に頭ごなしに命令できるのは国王である父か、その全権を預かっている王太子だけだというのに。
彼が近衛騎士として振る舞うなら、その身分制度を否定してしまっては自身の拠り所も失うわけなんだけど、気付いてないんだろうな、きっと。
「リル、もうじきロゼが戻ると思うから事の次第を伝えて彼女に従って。軽挙妄動は控えるように」
リルフィーネたちは客分としてこの王宮への滞在を許されている。勝手に僕の所で寝泊まりしてるんじゃなくて、王の許可を得てるんだよね、ちゃんと。
彼女たちはそういう人間社会の規則に疎いし、重要視してないけど、僕の方で筋は通しておいた。そうじゃないと仮にも王宮に滞在できないからね。
客分だから誰かの命令に従わねばならないということはない。だから、僕の言葉はただのお願いだ。リルが嫌だと言えばそれまでだけど、良かった、聞いてくれた。
アルティーネだけだったら嫌だと言ってここで流血沙汰になったかもしれない。
ロゼ、アンネローゼは元侯爵令嬢で長兄の婚約者候補だった。かなり有力な候補だったんだけど、僕と交流があったものだから王后殿下の不興を買ってしまって候補から下ろされ、実家から縁を切られた。
修道院へ送られると言うから僕が引き取った。同情もあったし、責任を感じたのもあるけど、何より彼女が聡明で有能な人だったから。
手が足りてなかったから信頼できる人が欲しかったんだよね。以来、僕の秘書役をやって貰ってる。
今日はたまたま実家に戻っていて不在。表向きは縁を切ってても、親御さんも不本意な勘当だったからね。たまに実家に戻るんだよ。
淑女教育を受けた才女だからリアルテの指導もお願いしてる頼りになるお姉さん。
今現在いないのが残念だよ。彼女がいたら他にやりようもあったかもしれない。
髪を綺麗にカールしてあって、それがドリルに見えて仕方ないんだけどね。もちろん、当人には言いません。
才色兼備の彼女は将来素晴らしい王妃になれたろうに、残念でならないし、長兄である王太子も惜しんでいた。彼女を雇い入れたのは、実を言えばその長兄から内々に頼まれたって理由もある。そうでなくとも雇ったけどね。
長兄・王太子個人もアンネローゼ嬢のことは気に入っていた。2人は幼馴染みでもあったのだし、婚約に至らずとも長兄は友人としてアンネローゼ嬢の幸福を願っていた。そのアンネローゼ嬢、ロゼが僕と交流を持ったのは国のため長兄のためのことであって、長兄を裏切るつもりなど微塵もなかった。
だけれど王太子の婚約者候補が他の王位継承権を持つ王子と人目を忍んで会っていたというのは疑念を抱くには十分だったんだよね。考えが足らなかったよ。王后殿下としても放置できなかったから仕方なく、ってのが真相らしい。
ロゼはただ長兄のためになればと僕の知識を借りに来ただけであり、僕も国のためになることだからと相談に乗っていた。それだけのことなのにね。
こそこそ会っていたから駄目だった?
違うよ。大っぴらに僕と会っていたらもっと早く問題視されただけだよ。バレたのがまずかったね。
そのお陰で、僕は超有能な美人秘書をゲットできたけどね。
前々からの側近であるリチャードだけじゃどうしても手が回らなかったところも任せられて非常に助かってる。
でも仕事の急忙しさが変わらないのは何故なんだろうね。
さて、ここでなぞなぞだ。
減らしても減らしても増えていくものな~んだ?