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「アイシル妃と王女殿下はどうなるんでしょう?」
優しいロゼは不安そうな顔をしていた。
「どうもならないよ。チェンジリング計画は表沙汰にならない。アイシル妃の実家の当主はそう遠くない日に病死するだろうね。そして王家の後押しを受けて分家の人間が当主になる。この分家は本家が没落したときに距離を置いた家だから、同じ血筋でも本家とは別の家と言っていい。
その新しい当主は変わらずアイシル妃の後ろ盾をする。これはそういう取り決めになっているからだよ。その代わり、王家の庇護を受けられるんだからいい取引だ。アイシル妃も実家の不幸に一時心を痛めるかもしれないけれど、真相についてはなにも知らされることなく過ごされるだろうね」
これは甘い見通しかもしれない。
いつかは真実を知ることになってしまうと思う。
それでも、産後の今は駄目だ。
新しい家族を迎えて幸せの絶頂にある今は駄目だ。
既に幸せに水を差してしまった僕としては、これ以上母子の幸福を奪いたくはない。
国王たちともアイシル妃の実家の子爵家への処分は頃合いを見計らってと取り決めてある。今でも十分な証拠があるらしいけど、それを更に増やすことができるだろう。子爵家は既に王家の監視下に置かれて勝手な行動はできなくなっている。飽くまでもひっそりと。
まあ、即座に処分できないからこそ、僕の行動が余計にやからしに見えるんだけど。
「ねえ、殿下。殿下の意図は分かったけれど、どうしても分からないことがあるの」
「なに?」
リルの声は、僕を憐れんでいるようだった。
僕は正面を見据え、彼女の顔を見なかった。
「殿下はなにを得られたの?」
「これはね、僕がなにかを得る、得をするとか損をするとかの話じゃないんだ。家族を守った。それだけの話だよ」
アイシル妃が産んだのは女児だった。
僕が行動しなければ、その子は権力に目が眩んだ身内によってすべてを奪われていた。カスパー・ハウザーのような状態になっていたかもしれない。
男児が生まれてたら全部無駄だったかと言うとそうでもない。その場合でも子爵家は僕ら兄弟を排除しようと暗躍しただろうから、今のうちに潰す用意ができてよかった。
出産時、アイシル妃が実家と隔離されていたお陰でパパンは生まれた子供が男でも女でも我が子として愛すことができる。実家で男の子が生まれてたら、生涯疑いを持ってないといけなかったからね。それは子供にとってもパパンにとっても不幸だよ。
「殿下は、それでいいの?」
「兄が妹を守るのは当然のことでしょ。それ以上、なにがあるの?」
それで妹の母親から嫌われ、僕の悪評が増えたとしても、そんなものは些細なことでしかない。妹の人生に比べたら取るに足らないことだよ。
「殿下の名で行う必要があったのでしょうか? 最終的には陛下のご判断を仰いだのなら、すべて陛下の……」
「駄目だよ、ロゼ。それじゃ手遅れだったかもしれないし、あの時点で子爵家の陰謀は僕の頭の中のものでしかなかった。陰謀が現実ではなかった場合、陛下が勅を出していたのが問題になる。
僕なら、3番目の居ても居なくてもいい王子なら、もしものときは切り捨てられる」
陛下の失態となれば政にも支障が出かねない。そうなれば民にも影響が出てしまう。極力避けるべきことだよ、それは。
「アンネローゼ嬢、ここは殿下を抱き締めるところ」
「え?」とロゼ。
「へ?」と僕。
ちょっとリルフィーネさん、なにを仰りやがってますのん?
なんて考えてたら温かくて柔らかいものに包まれた。
え、ロゼ?
ロゼが僕を抱き締めてくれている。守るように、慈しむように。
酷く懐かしく感じるのは、母の感じに似てるからかな。もうずっと、そんな風に誰かに抱き締められたことはなかった。
……リアルテは、どっちかというと僕が守ってる感じだから。というか、まだ戻って来ないよね。今の姿見られると、絶対まずい気がするんだけど。
「ううん、今一子供っぽくない反応ですね」
なにが言いたいのかな、リルは。
「でも、いつよりは子供らしく見えます。
殿下、姫様を始めとした婚約者の方々は言うに及ばす、あなたを大切に想う者も何人もいるのですから、余り自分を蔑ろにしては駄目ですよ。あなたはちっとも子供らしくありませんが、愛されてないわけではないのですから」
……。
「それでもね、リル。同じことがあれば僕はまた同じことをするよ。
なんでもできるなんて傲慢なことは言わない。僕の手なんてそれほど大きくない。けど、できることをしないで救える者を救わない選択肢はないよ」
傍観者でいる方が楽でいいかもしれない。
なにか事が起こっても、自分の責任ではないからと思っていれば生き易いんだろうね。
身体を引っ張られ、気付けばロゼに膝枕をされていた。
「殿下、わたしでは殿下のお考えを理解するのは難しいかもしれませんが、なんでもお一人でなさらずに雑用でもなんでもいいので頼ってください」
ロゼは、本当に僕を心配してくれている。それはとても有り難いことだ。こんなに真剣に自分を危惧してくれる人がいるなんて。
「これでも、僕は気分がいいんだよ。妹は無事生まれたんだから」
そこが一番大事だ。
アイシル妃も妹も、王宮で恙なく過ごせる。薄汚い陰謀なんて彼女らには関係のないことだ。
醜い奸計を用いた子爵家、それを見抜けたのは本性が彼らと同じだからだろうね。
「酷い人間を見極められるのは同類だけかもしれない。でもね、そのお陰で助けられたのだから、とても気分がいいよ」
「まあ、確かにそんなこと思い付くのは相当性格悪い人間ですよね」
自分で言うのはともかく、他人に言われるのは腹立つ。リルは遠慮がないな。
「殿下はあれですよね、正しい悪党」
それはどう解釈すべき?
というか、矛盾してるよね。
まあ、悪口ではなさそうだからどうでもいいか。
なんだか眠くなった。ここのところ慌ただしくて、とても疲れていたから。
人肌の安心感のせいかもしれない、僕は少し眠り、目覚めたときには僕を見つめるロゼの顔が心無しが引き攣っていた。
「お目覚めですか、レリクス様」
うん、リアルテが戻ったんだね。
なんか、そっちを見るのが恐い。
リルはいつの間にが消えてる。
逃げたな!
「やあ、リアルテ。いい花があったみたいだね」
立ったまま僕を見ていたリアルテは、両手に一杯花を抱えていた。色とりどりの花々。冬でもこんなに咲いてるんだ。花って、知識はあっても自分で摘まないからね。実感があんまりないんだよね。
身を起こした僕にリアルテはにっこりと微笑む。ええと、リアルテさん、恐いから威圧しないで。これも大魔王のスキルかなにかでしょうか?
「レリクス様に差し上げます」
と差し出された花を受け取ったのはいいけど、これ、わざとじゃないよね?
『あなたを放さない』『ひたむきな愛』『一途な恋』『わたしだけを見て』
王子として花言葉も勉強したけど、リアルテが選んだ花たちの花言葉って全部ね、こう、重いんだけど?
リアルテに同行していたアルを見やると視線を逸らされた。ラーラはラーラでリアルテと同じような微笑みを浮かべてる。
「お嬢様をさしおいて、なにしとんじゃ」と凄まれてる気分。
「レリクス様。わたしはアンネローゼ嬢のことを好ましく思っています。聡明で礼儀作法も心得ていて、教え方も上手なので尊敬できます」
うん?
「ですが、アンネローゼ嬢はレリクス様の婚約者ではありません。レリクス様の妻はわたしなのですから、そういうお休み方がなさりたいならわたしに仰ってくださればいいのです」
今、さらっと『妻』と言ったね。
「そうだね、こういうことをしていた次第も含めてリアルテに少しお話があるから座ろうか」
さすがにね、結婚もしていないのに妻を名乗るのはまずいよ。
僕の言葉をどう受け取ったのか。
リアルテは、はい、と笑顔で答えて向かい合う椅子に喜々として腰を下ろした。
いや、やめて、そんな期待に満ちた眼で見ないで。お説教し辛くなるから。
うん、今日もリアルテは可愛いね。
リアルテの笑顔で傷心を癒やして
ちょっと愛が重そうだけど




