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「そう、ギャンブルにおいて確実に勝つ方法はインチキ、イカサマだよ」
「……この前、殿下にかなりの額負けたんだけど」
おっと、藪蛇藪蛇。
話を進めて誤魔化さないとね。
「ですが、生まれる子供が男の子か女の子かは神の領分です。インチキが介在する余地なんてありません」
「生まれる子に関してはね」
遠い未来においては、赤ん坊の性別すら科学で決めることが可能になるけど、今の話とは関係ないから置いとこう。それに、技術的に可能でも倫理的な問題はあって、僕が知る限りは一般認可なんてされてなかった。
「でも、生まれた子供に関しては人の手の及ぶところだよ」
見なくとも僕の両隣の少女たちが怪訝な顔をしているのが分かる。
「人為的なチェンジリングだよ」
「チェンジリング!」
って、両側からステレオ再生するのやめて欲しい。
美少女に挟まれてる状況は悪くないけど、会話するのに両側に人がいたらやりにくくて仕方ない。
妖精が人間の子供を攫い、代わりに妖精の子を置いて行く。
昔々、そんなお伽噺があった。そのお伽噺はこの世界では本当にあるらしい。稀なことではあるけれど。
妖精に近い種族とされるエルフのリルが知っているのは予想してたけど、ロゼも知ってたか。勉強家だからね。
昔々で言うのなら、王侯貴族の子が生まれるときは血を確かなものにするために出産のときに多くの人が見張っていたとか。
でもね、出産後ならいくらでも隙はできるよ。周囲に協力者多数なら余計に。
取り替え防止もあんまり考えられてないっぽいからなあ。
「ですが、取り替え子をするなら子供がいないと。それも同じ年頃の」
「王子や王女、貴人が誕生するとき、その側近とするべく家臣や近しい者たちも子供を作るのは珍しい話ではないよ」
貴人の乳兄弟となり、掛け替えのない腹心となった例もいくらもある。
生まれながらに人に仕えることを決められているというのは珍しいことじゃない。というか、生まれる前から進路が決定されてるって普通にあるんだよね。
僕には乳母もいないからね。いや、一時的にやってくれた人はいても長く面倒を見てくれる人はいなかった。
「殿下のお世話はわたしがずっとしますからね」
そう言ってくれたメイドもいたけど、結局辞めちゃった。
「陛下もアイシル妃も髪も瞳も特異な色じゃない。同じようなペアを作るのはそれほど骨じゃないだろうね。
一族、或いは息の掛かった者たちの中から不自然じゃないペアを10組も作れば、陛下の御子と言ってもおかしくない男の子が1人ぐらい生まれるんじゃないかな」
陛下と同じ髪と瞳の色をした男性に、アイシル妃と同じ色合いの娘を複数あてがってもいい。
「アイシル妃の実家は先王の時代に侯爵から子爵へと落とされた。娘が王妃となったのは千載一遇のチャンスだったろうね。そして懐妊。なんとしても男児を産ませ、王位に就かせたいと考えてたなら、人道に外れたことだってやるかもしれない。
実家での出産のために戻ったアイシル妃。彼女が赤ん坊を産んで首尾良く男児ならそのままにすればいいけれど、もしも女児であったなら用意した男児と取り替える」
僕ら兄弟が王位を継げなくなったとして誰が得をするか、という問いに対しての僕の答え。
「よくそんなことを思い付くね。証拠はなかったんでしょ?」
リルフィーネの疑問に僕は肩を竦める。
飽くまでも、かもしれない、程度の話だった。
そんな話を思い付く自分が嫌だった。
不可能とまでは言えない。十分にあり得る話。ただの想像と捨ておくには孕んだ危険性が余りにも……。
「このストーリーを思い付いた時点で、放置はできなくなっていたんだよ。陛下に黙っていることもできない。事は一刻を争う事態だったからね」
「何故?」
「アイシル妃が実家で出産を終えてしまえば、なにも証明できなくなる。取り替えられた子供を、この子供は陛下の子供ではないと断言できない。本当の妹が誰なのか分からなくなってしまう」
DNA型による親子鑑定なんてないからね。血液型鑑定すらない。
余っ程似てないとかなら疑われるかもだけど、赤ん坊の頃にはそんなの分からないし、眼の色なんかがおかしくなければ実子として扱われてしまう。
入れ替えが実行されてしまったなら、もうどうしようもなかった。
この問題の一番恐いところは、王家が乗っ取られることじゃない。僕にとって、それは些細なことだ。
一番恐いのは、もし入れ替えが実行されたら、入れ替えられた女児はどう扱われるのか?
陛下の血を引く子供。つまり僕の腹違いの妹は入れ替えの重要な証拠でもある。
最悪、そのまま始末される可能性すらあった。そうでなくとも、本来持っていたはずのものを奪われ、王女であれば与えられるべきだったものが与えられない。
そして陛下は他人の子を我が子と信じて育てることになる。
アイシル妃の出産のタイミングで起こった王太子暗殺未遂。
僕は、偶然ってあんまり信じない方なんだ。確かにね、奇妙な偶然としか言えないこともあるよ。
でも、毒殺未遂は明らかに人の意志が介在して行われたことだ。なら、どうして今だったのか。
僕は確かめずにはいられなかった。
手を拱いていれば最悪の事態になりかねないと思うと、行動せずにいられなかった。
なにもしない言い訳はいくらでも思い付いた。
確実な話ではない。間違っていたら徒にアイシル妃の身を危険に晒すだけ。急ぎの馬車を出せば通り道である各地の領主に借りを作ってしまう。賭けというには分が悪過ぎた。
「殿下のお立場で、そこまでなさらずとも良かったのでは?」
「父上の帰還を待ち、判断を委ねられる余裕があるのならそれでも良かった。僕だってね、責任なんて負いたくなかったよ。
アイシル妃がいつ出産するのか、僕では知りようがない。そろそろだとは分かっていても、それは明日かも知れず、もっと早いかも知れず。
妹が人知れず消されるかもしれない瀬戸際だった。どうして、なにもせずにいられる?
確実とは言えない話だよ。いくつかの符合が状況証拠的にアイシル妃の実家をさしていただけでね。
ああ、柿もそうだ。この離宮の庭に柿があったことをアイシル妃は知ってる。けど、移植したことは知らないはずだ。僕が兄上たちに柿を贈ったことは知ってる。でも、それが干し柿だとまでは知らない。それもまた、アイシル妃の関与を示していたんだよ」
「ですが殿下、いくら王位を狙うとしても、アイシル妃がご自身のお子さんを犠牲にするでしょうか? 女だったと、それだけの理由で」
僕は首を横に振る。
「恐らく、アイシル妃は実家の企みを知らなかったと思うよ。あの人は、謀ができる人ではないから。世間話でも装って王宮の情報を話し、それを利用されたんじゃないかな」
「結局、殿下の懸念はどうだったんです?」
「黒だったよ。真っ黒。
大胆なことを思い付く人たちだけど、細かいところがいい加減だった。王太子殿下暗殺は成功すれば儲けものぐらいのつもりだったのかもしれないね。そういう事件があり、僕が怪しいと印象付ける。それが第一段階で、兄弟の不和を誘って、後々成功するまで暗殺計画を繰り返す。失敗しても、疑われるのは僕だからね。
なにしろ、第1の事件のときアイシル妃の子供はまだ生まれていなかった。最高の現場不在証明だよ」
第1の事件とは無関係だったアイシル妃とその子を疑う者なんていないからね。
「けれど子供の取り替えができなければ、すべて破綻するってことですか」
「そうだよ。まあ、アイシル妃が普通に男児を産めば計画は続行できたろうけどね」
生まれる前に第1の事件を起こしておくのが肝要だったんだ。
そうすれば、その後は安全圏にいられる。




