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「王太子殿下が毒を盛られたと聞いたとき、まず考えたのは、それによって得をするのは誰であるのか、ということ」
「殿下や第2王子殿下が最有力ですね」
執務室に連行された僕にロゼがお茶を淹れてくれた。
扱いはマシだけど、近衛騎士団の取り調べを思い出す。僕に質問を投げるのは考え無しに人を恫喝することしか知らない無能騎士じゃなく、有能な秘書と伝説的半妖精族の美少女だけど。
9歳でも男だからね。同じ男性に怒鳴り散らされるより、美少女たちに問われる方が遙かにマシだよ。
「でも、第2王子殿下も狙われたから、普通に考えれば殿下一択ってことになるね」
ロゼの言葉にリルが捕捉を加えた。
「そう。第1王子と第2王子が狙われたなら、疑うべきは3番目の王子。普通ならね。
でも、今回の場合は僕は僕でないことを誰よりも一番良く知ってる」
二重人格だったとかなら知らんけど。
「殿下は王様になりたくないもんね」
僕を労ってるつもりなのか、リルは長椅子に掛けた僕の隣に座り、いい子いい子と頭を撫でる。
ううん、年上2人相手だとやりにくい。
端から見ると子供がお姉さんたちにあやされてるようにしか見えないんだろうなあ。
火を点けたばかりの暖炉では火が徐々に成長を始めている。部屋が暖まるには少しかかるだろうか。
今日は執務室を使うのは昼からの予定だったから、まだ用意してなかったんだよね。リチャードもまだ来てないし。
立場というか、王族なんだから燃料費なんて気にせず朝からメイドにでも言って暖めさせておけば良いんだろうけど、どうにもセレブに成りきれない貧乏性なところが僕の中にあるんだよね。だから、少しでも節約しようとしてしまう。
特に自分のことだとね、雑になるよ。これがリアルテが使う部屋なら、予め暖めて置かなかったらメイドを叱責するところだ。
執務室はまた他の部屋と違うからね。節約と、そして一応重要書類も扱うからメイドだけを入れるのはよろしくないって理由で、使うときしか暖炉に火を入れない。
長椅子、ソファはね、仮眠を取れるように大きめで良い物を購入してあるよ。忙しくて部屋に戻るの億劫なときに使ってたんだけど、ここ一年以上はベッドとしては利用してないな。
リアルテが一緒に寝たがるから、寝室へ行かないといけないし、王宮本宮にある執務室で仕事することも増えたからね。
仕事が増えるに従って扱う書類も増えて、一々離宮まで運んで来るのが大変ってことでね。
「では、一体誰が得をすると?」
人数分のお茶を用意し終えたロゼも腰を落ち着ける。
……ロゼも僕の隣に座るわけ?
そりゃ3人で身を寄せ合って座れば温かいけどもさ、部屋の広さや他に椅子もあるのに、1つのソファに3人って人口分布がおかしくない?
「殿下の後の人もいるんでしょ?」
リルの言う「後の人」というのは継承権の順位が下の人間ってことだろう。
「そりゃ一応決まってるよ。でも血筋的に継承権はあっても、実質的に4位以降の人間が王位に就こうとしたら貴族連中からの反発があるだろうね。
リンドバウム公爵が失脚した今、次の王になれそうな人っていないんだよね」
リアルテの実父であるリンドバウム公爵はパパンの実弟。
王位継承権も持ってた。今は持ってないけど。
「もし4位以下の人がって話なら、かなり周到に根回ししておかないと実現しないだろうね。当然、そんな根回しをすれば噂が立って、すぐに王の知るところになったろうけど。
まあ、僕ならそんな危なっかしい輩が王になりたいから後押ししてくれ、と言って来ても絶対断るけどね」
もっと訴えるものがないと。
実際に4位以降が王になろうとしたらどうなるかと考えると、たぶん5位とか6位ちかも交えて揉めるだろうね。求心力がないから貴族もいくつかに割れて大荒れになるのが容易に予想できる。
「うちの国の内紛を狙った他国の工作、という線も無いではないけど、内紛を起こしたいにしては回りくどい。第4位以降が勢力として弱すぎるからね。相当な援助しないと勢力としてまともに戦えないんじゃないかな。
それに王太子、第2王子のはいいとして内紛を望むならそこで僕を担ぎ上げないと。後ろ盾もない軽い王子でまだ子供なんだから、甘言で惑わすには最適な人材だ。でもそういう接触はなかった」
「殿下は、王位に就く後押しをしてやる、と言われたら受けるの?」
「受けるわけがない。いや、受けるふりはするだろうね。向こうの情報抜くために」
「他国の間者も危険人物を見分けてるとか?」
リル、危険人物とは誰のこと?
ロゼも、そうですね、とか同調しない。
どこの世界に9歳児を危険人物扱いする人間がいるんだか。
「王太子を狙うとか、かなり危険だし、手間暇も掛かってるだろ。そうまでやるなら、もっと確実に利益を得るものがあると思ったんだ。
この場合、間接的利益ってのもあるから絞り込みが難しいんだけど、単純な話として僕ら以外に王子がいたらどうだろって、ふと考えたんだ」
王の血を分けた息子であるのなら、今現在知られている4位以降なんて問題にならない。
3位までがいなくなっているのなら、当然その人物が嫡子になるわけで、貴族たちも王の子であるなら納得するしかない。
「ご落胤がいると?」
「陛下なら、絶対ないとは言い切れないでしょ」
僕の言葉にロゼは曖昧に笑う。
女に手が早いとか、そういうこと言えないよね。相手は国王なんだから。
「ただ、陛下ならたとえ母親の身分が平民だとしても、子が出来たらさっさと王宮に呼ぶと思うんだ。情のない人ではないから。
それに、一応は子供ができてもいい相手を選んでるみたいだし」
母親の身分が低くとも、王の血を引く唯一の男子となれば玉座に就ける。
4番目でも、3番目までが死んだり継承権を失ったりしていればね。
「落胤説を取るなら、落胤が存在すること、その落胤が有力貴族と結び付いていることが必須条件になる。貴族でもなんでもない人間が王宮内にいる人間を動かすのは難しいからね。
けど、毒殺騒ぎがあった後で自分が落胤です、と名乗り出たらさ、答え合わせしてるようなもんでしょ」
落胤が名乗りでる前後に王太子が暗殺されたら、僕よりもそっちがまず疑われる。
「しかも、そんな騒動が起きてる中で落胤だと名乗り出たら、陛下は事の真偽に係わらず認めないだろうね。認めたら騒動が大きくなるのは眼に見えてるんだから。
やるなら順序としては、まず落胤として認めさせておかないといけない。それから周囲からの信頼を勝ち取り、貴族たちの派閥も作ってから王太子殿下に毒を盛る、そういう順序じゃないと。息子と認められなければなんの意味もないんだから。
それでも疑われるのは避けられないけど、僕に全部擦り付けてさえしまえば玉座に手が届く可能性は大きくなる」
「殿下は少し自分の評判に気を付けられるべきです」
「それはおいといて、落胤ってのも可能性としては無さそう。それじゃ、後は誰?」
僕は左右の美少女を見やる。
2人とも小首を傾げてしまった。
「この世にいない人なら、疑われない」
「?」
リルは更に首を傾げる。
だよねえ。
「陛下に新たに男児が生まれれば問題なく継承者になれるし、上3人が消えていればそのまま王位に就ける」
「ですが、男児は生まれていません」
「そう、生まれていないから誰も疑わない。生まれるのはね、王太子暗殺の後だよ」
「アイシル妃?」
ロゼが戸惑いながらその名を口にする。
アイシル妃は身籠もっていた。王太子殿下が毒を盛られた頃には出産間近だった。
「いや、それはそうだけど、男の子とは限らないでしょ。そんな賭けみたいな状況で暗殺を実行するなんて現実的とは言えないんじゃない?」
「ほぼ確実に男児が生まれるとしたら?」
「いや、でも、実際にアイシル妃が生んだのは女の子だったんでしょ?」
「僕が邪魔をしたからね」
ロゼもリルも分からない、という顔をする。
「まあ、女の子が生まれるように妖術を使ったわけではないけどね。ただ、確率を2分の1にしただけだよ」
「意味が分かりません」
ロゼの言葉は至極当然だ。
「ロゼ、巷で流行ってるトランプ賭博は知ってる?」
流行らせたのは僕だけど、今はそこは触れないでおこう。
「はい、父も知り合いと楽しんでいました」
「ポーカー、ブラックジャック、ああいう賭博で勝ち続ける方法は分かる?」
「そんなものはないでしょ。あったら賭けにならない」
自身もカード好きなリルが険しい顔をする。
自分でやってるから、必勝法なんてものがないと知ってるんだ。
リルの言う通り、必勝法なんてものがあったら賭けが成立しない。ギャンブルというのは、負けを少なくするテクニックはあっても、絶対に勝つ方法ってのは存在しない。
正攻法では。
「インチキ」
ロゼがぼそりと呟いた。




