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贈り物を突き返されるというのはメンタルに来る。
特に、社交辞令とかじゃなくて心からの贈り物だったら尚更そうなる。
うん、心が痛いね。
こうなる予感はあったのだけれど……。
「アイシル妃へのお祝いの品ですか?」
玄関ホールに置かれた品々を見てロゼが怪訝な顔をした。
外から入って来たばかりのロゼは頬が赤くなっている。コートを着ていても、今日は冷える日だ。
僕のボロ離宮も冷え冷えとしてる。あちこち補修したんだけどな。ああ、これは僕の精神状態のせいかな。
「丁重なお断りのお手紙付きで返された」
「……さすがに、失礼ではありませんか?」
産着や小物、お菓子類。
5日前に生まれた腹違いの妹のために用意したんだけどね。
「いや、王太子殿下の事件の後だ。危険人物からの贈答品なんて恐くて受け取れないでしょ」
長兄に毒を盛った人間は判明していない。
実行犯たるメイド、それに嘘の証言をした門兵は捕まって終身刑。生涯重労働に従事することになる。厳しいけど、処刑よりはいいでしょ。恩赦だってあるかもだし。
黒幕は不明、ということになってる。
「噂じゃ、僕が糸を引いたそうだし警戒するでしょ」
一部の噂じゃそうなってる。
そして、仮にも王子の犯行だから玉虫色の解決で誤魔化した、らしい。
また別の噂では、企てた貴族家は潰されはしなかったものの、当主一統は排斥されて王家の後押しを受けた分家に取って代わられたとか。ま、こっちは予定であってまだ実行されていないけどね。
犯人を明るみにすると困る人がいるから、パパンはそういう決着にした。いや、僕がそうするよう進言した。
「そんな濡れ衣ではありませんか。アイシル妃とは親しかったのでしょう? あの方なら、話せば分かってくださいます」
「どうかな。手紙には、今後はお互いに適切な親交をしましょう、とある。これ、もう会いに来るなってことでしょ」
これまで親しかったのに、付き合い方を変えようというのは事実上の絶縁宣言だ。
僕はメイドたちに品々を運ぶよう命じてから吐息した。
分かっちゃいたけど、やっぱり堪える。
「ま、あれだよね。出産間近の人を無理矢理移送させたんだから、そりゃ怒るよね。下手したら母子ともに危険だったんだから」
「そうお決めになったのは陛下ではありませんか」
「進言したのも、手筈を整えたのも僕だよ」
王太子の事件があったことを理由に、陛下に媚びを売るためにアイシル妃を保護しようとしてやり過ぎた。ってことになってる。
いくらなんでも出産間近の妊婦を寒い時期に実家から連れ出すのは正気じゃない。と、至極当たり前のことを言われてる。
誰だってそう思うよね、普通。
「殿下……本当はなにがあったのか、教えてはくださらないのですか?」
「本当もなにも、僕がアイシル妃の保護を進言して強引に事を進めた。なにも間違ってないよ。アイシル妃は、急な馬車の移動で辛かったろうね。そのせいで、出産も他の貴族領になってしまった」
実家から連れ出されたアイシル妃は移動の途中で産気づき、急遽出産することになった。
実家では準備万端整えてあったのに、関係ない貴族の領地で、準備不足の中での初産、どれだけ心細かったことか。
聞いた話じゃ、アイシル妃は僕に対して酷く恨み言を言っていたらしい。
「殿下、それだけではないことぐらいわたしにも分かります。どうかお一人で背負わないでください」
「ありがとう」
礼を言って部屋に引き揚げる僕の後をロゼがついて来る。
「ロゼ?」
「頼りにならないのは分かっています。わたしなど、殿下の深謀遠慮の欠片も理解できない愚か者です。
ですが、あなたの部下として、いえ、烏滸がましいことを言わせていただけば、小さな頃から殿下を知る年長者として話し相手ぐらいにはなれるつもりです」
「別に相談するようなことはないよ」
「では何故、そんな泣きそうなお顔をなさっているのですか?」
言われて僕は自分の顔に手を当てた。
ああ、それで表情が分かるわけじゃないのに。
でも、そうかもしれない。僕は、泣きそうなのかもしれない。
僕は小さいときから、今も小さいけど、あんまり泣かない子供だった。大人への意志伝達手段がそれしかなかった頃は仕方なく泣いていたけど、それ以降はどうかな。泣いた記憶がないな。
だから、今の気持ちは酷く久しぶりな気がする。
「ちょっと、疲れてるだけだよ。うん、心労って奴かな」
「そんなお顔では、リアルテ様がご心配なさいますよ」
そう、そうだ。リアルテが戻る前にいつもの調子に戻さないと。
リアルテは庭の散策に出ている。この時期にしか咲かない花があるからとラーラとメイド数人を連れて行ってる。
寒いけど、寒いときにしかないものもあるからね。
「分かってたことなんだよ。きっと、アイシル妃とはもう駄目になるんだろうなって。それでも、別に間違っちゃいない。最悪は避けられたし、妹も無事産まれた。最良ではなくとも、十分良い結果だった。それでも……」
辛いよ。
でも、それは僕の問題だ。
ロゼには関係がない。
「良い結果だったという割に、どうしてそんな顔してるの? 殿下、アンネローゼ嬢は身内なのでしょう? 弱いところを見せられない相手?」
思わぬところから声が聞こえた。
うん、声で分かってたけどリルフィーネだね。
「気配消して近づかないで欲しいって言ったよね」
リルフィーネもアルティーネも癖なのか、気配を消して行動するのが常になってる。
気付けば近くにいたりするから、ホント驚く。
「そりゃね、男の人ってメンツも大事でしょうけど、それは外に対してでしょ。身内に対してまで虚勢を張る必要ってある?」
僕の注意は聞いてないね。
どうせ言っても無駄だろうけど。
「信用とかの問題じゃなくてね」
「わたしとしても、是非殿下の行動の理由とか裏話を教えて欲しいですね」
「リルはそれが目的なんだ」
「ええ、まあ、割と。殿下を慰める役は他に一杯いますから。後は殿下が素直になるかどうかだけですね。
あなたが弱音を吐いたからって愛想を尽かせるような子たちですか?」
それは僕の婚約者たち全般のことだろう。
僕が情けないところ見せたって、誰も僕を見捨てたりしないと思うよ。武力で言えば僕より強い子多いしね。
でもさ、意地張りたいんだよ。そこが素直じゃないと言われるのかもしれないけど、女の子の前では完全無欠でいたいと思うんだよ。
「アンネローゼ嬢も含め、長い付き合いになるんでしょう? 張らなくていい意地もあると思いますよ」
「リルは結婚は?」
「まだそんな年齢じゃありません」
「それじゃ、恋人がいたことは?」
「ありませんよ?」
「参考になる意見をありがとう」
恋人がいたこともない人に男女の機微を説かれてもねえ。
あ、にっこり笑ってる、凄味がある。
笑ってるのに威圧感あるって、器用なことするな。うん、僕は上司ではないけれど立場的に上なんだよ。首根っこを掴むのやめようか。猫じゃないんだから。
3番目でも王子、王族。
いや、だから引き摺らないで欲しいな。
ロゼも見てないで止めてくれない?
日に日に、舐められて行くなあ。




