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第六章は5分割
「おまえ、本気で言っているのか?」
「冗談で言えるようなことでもないでしょう」
僕の投獄騒動から4日後に帰還したパパンに急いで面会を取り付け……たかったんだけどね。立場の弱い王子だとそこも難しい。
まずは王太子の見舞い。
長兄はもう治ってたけど、世間的にはまだ生死の境彷徨ってることになってたからね。急いで帰城した国王が会いに行かないのはおかしい。
ってことで、僕は後回し。
王太子重篤の報から4日の間にね、5つの貴族家から接触があったよ。
1つか2つは来るかな、と思ってたんだけど、予想以上の反響。
王太子が倒れたら、次の王太子を決めないといけないからね。誰を担ぐか、誰につくか、それを決めて素早く動くのは貴族としては当然の処世術。
この機に謀反起こそうとか、重篤の王太子にとどめ刺そうとか物騒なこと考えない限りはなんら問題ない。
僕に接触して来た5家のうち4家は、万一のための顔見せみたいな感じだった。
残り1家は、うん、危険思想だったね。
この家に関しては要チェック。
すぐにどうこうはしないよ。具体的な話は出なかったし、大きな家だからね。
パパンと連絡を取りながら泳がせて監視する方向で。
囮捜査。
気乗りはしないんだけど、だからって放っておくのも危ないんだよね、こういうの。係わらずに済めば良かったのに、何故僕に接触して来たんだか。
そういうのは次兄にして欲しい。あっちの方が王位に近いんだから。
年齢的に操り易い方を選んだってことかもね。
ほら、神輿は軽い方がいいって言うじゃない。
次兄は体重も最近増加傾向だしね。……冗談だよ。
王太子の見舞いが終わってからもなんやかやとあって、とにかく急ぎだからとスケージュールに捻じ込んで貰ってやっと面会できたのが夜遅く。
人払いもして貰ったから部屋には僕とパパン、それに補佐官チェンコフと宰相のドロース。本当は2人が良かったけど、さすがにそれは無理だった。そりゃ重鎮や右腕に隠しておける話でもないよね。
「おまえがそれほど急用というのは、聞くのが恐いな」
一国の王がなんか変なこと言ってたけど、僕は事情を説明し、ドラクル将軍に手配して貰って迎えの一行はすぐにでも出られる準備が整っていると伝えた。
そして、さっきの台詞、
「おまえ、本気で言っているのか?」になる。
信じたくない、信じられない気持ちは分かる。
僕だってね、そんなこと考えたくなかったよ。でも、疑いはあるんだ。その疑いが正しいかどうかはともかく、はっきりさせておかなければ後々にまで尾を引いてしまう。
無茶なことだとは分かってる。
危険なのも理解してる。
それでもやっておかなければならないことなんだ。
パパンも、それが分からない人じゃない。
「筋は通るが……」
さすがにパパンも悩んでる。
これは結構な賭けだ。僕に言わせればそもそものシステムが穴だらけだったわけで、もっと早くに対処しておくべき問題だった。
僕もね、そこまで考えてなかったよ。直接関係しないことだと思っていたからね。
そんなことをする人間がいるとは思いたくはない。けれどね、できてしまうんだ。物理的に不可能でないのなら、それは可能なことなんだよ。
殺人だってね、普通の人が普通の精神状態であるならやらない。でも、やろうと思えば誰だってできてしまう。物理的に可能なことだからだよ。
そして倫理や道徳というブレーキは結構脆い。ちょっとした切っ掛けでぶっ壊れて役に立たなくなっちゃう。
これは誰にでも言えることだ。
だから、そういうことができないように備えておくことが大事なんだよ。それにしくじったのなら、重大な結果を招くことになるかもしれない危険性を放置するか、多少のリスクを負ってその要因を排除するか。
既に第一段階は失敗してる。
なら、リスクを負ってでもそれ以上被害が拡大しないようにするしかない。ここで判断を迷わせるのは、放置しても被害が拡大すると確定していないこと。
拡大するかもしれない、しないかもしれない。
それなら、リスクを負わずともなにも起こらない方に賭ける。そういう考えも成立してしまう。
人間、楽な方に流れる傾向があるのはどこの世界でも一緒かもね。
「理由はどうする? 理由もなく、ただ気分でやれというのか?」
「そこは王としての権限でどうとでもなるでしょう」
冗談ですから睨まないで欲しいな。
嫌な雰囲気なんだから、冗談ぐらい言わないと精神が淀んじゃうでしょ。
空元気って奴ですよ。
王であっても気分や思いつきで強権発動していれば信用を失う。まして、他の貴族家を動かすとなれば相応の大義名分が必要になる。
戦争とか、分かり易い危機があるならともかく、そうでないのなら理由付けは重要だよ。
「王太子殿下が毒を盛られたんです。陛下が他の子らに対して慎重になったところで不思議なことはないでしょう」
実際、僕の宮以外じゃ警備のレベルが1段階上がってる。
僕のところは元々過剰戦力だからいつも通りだね。リーチェが警備を口実に泊まり込んで遊んでるけど。
「手柄に逸る王子が先走ったとすれば、もっと簡単な話になります」
チェンコフも宰相も怪訝な顔だね。
「これは急がなければならないことです。毒の入手経路に関しての捜査も進んでいるのでしょう? これは当然です。この捜索を疎かにしてはなりません。ですが、犯人が分かってしまう前に身柄を保護しておかなければなりません。
万が一、すべてが杞憂、僕の妄想であったときは僕を切り捨てればいいだけです。各街、各領主の手配も僕の名でやってあります。愚かな3番目が勇んだ結果だとでもしてください」
目的地まで移動するにはいくつかの貴族領を通る必要がある。
王家の紋章入りの馬車が通過するのに彼らに対してなんの挨拶もしないわけには行かない。強行させることはできるよ。向こうも王家の馬車を無闇に止めたりできないから。
でも通せる筋は通して置かないとね。幸い、手配するだけの時間はあった。十分とは言えないまでも、なにもないよりはマシな程度に準備できた。
「王族として准勅を発されたのなら、事によれば殿下とて無事は済まないのですよ」
ドロース宰相のもっともなご意見。
「王太子殿下がご健在であり、第2王子殿下もいらっしゃる。3番目が失脚したところで玉座は揺るぎませんよ。それに、元々僕に立場なんてあってないようなもんです。失点が増えたところでどうということはありません」
「しかし」
常識人な宰相は戸惑ってる。
もう60過ぎだっけ?
パパンが王太子だった頃からの付き合いだよね。だから、僕のことは孫ぐらいに思えているのかもしれない。
僕の背景に関しても正しく認識してる人だから同情もあるのかな?
「やめておけ、ドロース。これを子供と思って接するな。こやつは、すべて分かっておるのよ。事を軽く考えているのでもない。最悪、王族籍を失うことも考えておるだろう。その上で、それをなんとも思っておらん。
王族に生まれたから王子をやっておるだけで、そうでなければ王族など面倒なだけだと宣う奴だ。此度のことをもって追放処分にしたところで、喜ばせるだけよ。そして、王族としての地位など、これにとってはどうでもいいものだ。野に放っても、好き放題に生きるだけだ。
なにより腹立たしいのは、形ばかりの処分はできても追放などできんことを知っておるのよ」
いや、まだ追放って決まってないんだけどね。
パパンは酷い事を仰られる。間違ってないけど。
いやいや、なにしても許されるとか、大丈夫って高を括ってるわけじゃないよ。ただパパンが言ったように、本来は重罰とされる追放もね、どうでも良かった。リアルテを引き取る前ならね。
あの子のためにも、王族籍だけは残しておきたいな。実権なんて要らないし、王族としてのお金も要らないけど、リアルテが成人するまでは王族でないと保護していてあげられない。
3番目でも王族って肩書は便利だからね。
成人して爵位を継いでしまえば、リアルテは賢い子だから僕のサポートなんてなくても立派に女公爵としてやっていける。王族でなくなったら、女公爵の婿になって一緒にリンドバウム領を治めるって手もあるし、なんなら従僕として仕えたっていい。けど、そういうのもあの子が成人するまでは待たないとね。
今すぐ追放されても、どうとでもやりようはあるけど。
されない自信もあるけどね。
僕のところには森の主たちからの監視役としてエルフがいる。
伝説級の2種族からの客人。王家の客だけど、直接的なホストである僕を簡単に追放なんてできない。森の怪物たちとの軋轢になり兼ねず、怪物たちと敵対することは国にとっては損しかない話だ。
交渉できるのも僕だけってのもある。なんか、みんな恐がってるんだよね。そりゃ僕だって最初は驚いたけど、大蛇も巨猪も話の通じる存在だから話し合えばいい。ただ話し合うだけでも恐いらしいから困ったもんだね。
エルフたちだけじゃなく、僕のところには子供ドラゴンのノワールもいる。
暴れたら、あれで結構厄介な存在だからね。ドラゴンは。
更に僕は騎士団長のノイグとも将軍職にあるドラクルとも交流がある。別に彼らを政治利用するる気は無かったけどね。単なる将来の娘婿。
パパンの言葉で考え直したのか、それとも僕を思い止まらせることを諦めたのか、宰相は1つ頷いてから、
「殿下は、そのお考えにどれほどの自信が?」
「そこまで自信はありませんが、状況を考えると最悪を防ぐために打てる手は打っておくべきと考える程度には自信があります」
「殿下は備えるということの重要性を理解なさっておいでのようですな。
成る程、確かに外見に惑わされるべきではないやもしれません」
なに、その引っ掛かる言い方。
どうせお子様手当貰えるわけじゃないからどうでもいいけどさ。
そう言えば、宰相とちゃんと会話するのなんて初めてかもしれない。仕事関係で必要事項の短いやりとりはしたことあるけど、会話らしい会話なかったよね。
「既に殿下が手配を済まされているのなら、一刻も早く行動なさるべきかと」
補佐役のチェンコフが王に進言する。
だよね、用意を無駄にするより使った方がいいよね。万一のときは僕の責任にできるんだしさ。
どう転んでも王に傷は付かない。
ここが重要。
王の威信が揺らぐと騒ぎ出す連中いるからね。
「1つ気に入らんのはな、おまえ、私をなんだと思っている」
ん?
なんだと言われても、国王だよね?
「王たる者、国のためには我が子であっても切り捨てねばならんこともあるが、そういう事態になったとして私がなにも感じぬとでも思っていないか?」
「まさか。陛下がお心を痛めるだろうことは理解していますよ。ですが、僕は所詮一度切り捨てられた子ではありませんか。他の子を生かすために犠牲にするのに、なんの問題もありません」
パパンだけじゃなく、宰相と補佐官の眉も一瞬ぴくりと動いた。
切り捨てられた子、ってのが利いたみたい。
はっはっ、もちろん嫌味だよ。
「恨んでいるのか?」
「いいえ、陛下のご判断は正しかったと思いますよ。僕が同じ立場なら、やっぱり同じ選択をしたでしょうから。
ただ、僕はできれば僕のような子を増やしたくはないのですよ」
ちょっと、おじさんたち。
大人3人が揃って厳しい顔しないでよ。こっちは9歳だよ。そんな恐い顔されたら泣いちゃうよ。いや、泣かないけど。
ま、世の中正しいから許されるってもんでもないけどね。
「お言葉ながら、殿下のお考え通りであるのならば、殿下のなさりようでは」
宰相の懸念も分かるよ。
「結局僕のような子が出来てしまうかもしまう? いえ、状況は違いますよ。そしてすべてがうまく回れば良い結果も期待できます。
僕は備えるべきを怠り、最悪の結果になってしまうのだけは避けるべきと考えます。最良の結果の望みも捨ててはいませんよ」
そう、最悪だけはなんとしても避けたい。
罪のない者が罰を受けるなんてあっちゃいけないことだ。




