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「あの主導してたのは誰?」
「マルエイ伯の嫡男・ラッツです」
「ああ、マルエイ伯のところの。伯はもう60近かったんじゃない?」
仕事ぶりが丁寧で報告書も読みやすい。文官として長く王家に仕える人だ。
親しいわけじゃないけど、人柄は聞いている。
あんなハチャメチャな息子がいるとは思えないんだけどな。
「伯のところは長く世継ぎに恵まれなかったのですよ。夫婦仲が良かったのもあって側室もとらなかった。40近くになってこれではお家のためにならないからとやむを得ず側室を娶ったところ、男子に恵まれたのです。遅くに出来た大事な後継ぎですので、厳しくできなかったようですな」
と説明してくれたのはずっと渋い顔をしてるドラクル将軍。
将軍は爵位で言えば子爵だけれど、軍部の重鎮として大きな影響力を持つ。
近衛騎士団が暴走したとなれば、他の騎士団か軍部の力を借りるしかないから、ここにこうしているのは適任だと言える。
「そういうことか。それで、伯のところに他に子供は?」
「側室との相性が良かったのか、4つ年下の弟がおります」
「そう、良かったね」
なにが良かったのかは敢えて言わなかった。副団長はちゃんとそれを察したらしく、一瞬表情を堅くしたけれど反論も異論も口にしなかった。
次男がいるなら、長男になにかあってもお家は存続できる。
「けど、僕をよく思ってないとして、いきなり犯人扱いするって、なにか僕を疑わせる証拠でもあった?」
身に覚えないんだけど。
あれ、ロゼ、なんで視線を逸らすの?
将軍もなんだか苦笑してるし。
「今朝早く、王太子宮に第3王子の宮から使いが来たそうです。庭の柿が良く実ったから、是非王太子殿下に、と」
「いや、知らないけど」
「そうですか。下働きの者が確かにそう言う使いが来て、柿を受け取ったと申しております。王太子殿下は折角の弟からのものだから、と口になさったようです」
まあ、僕がなにか贈れば無碍にはしないかな。
「僕のところの、誰が届けたというの?」
「名は知らないが、確かに第3王子の宮で見掛けたことがある庭師の子供だったそうです」
庭師の子供?
いないんだけど、そんな子供。
そもそも、うちの宮で子供って言えば……。
「ああ、そういうこと」
だからロゼも視線を逸らしたのね。
「下働きの者は捕らえて現在尋問しております」
将軍も僕のところの人員について把握してるんだろうね。それともロゼかカミラに聞いたのかな。
僕の宮で子供と言えば僕かリアルテしかいない。
庭師も専属じゃない。その庭師も子供はいない。
まあ、たまに僕が実験畑で栽培実験してるけどね。
「宮にはそれぞれ門番がいて、出入りのチェックしてるでしょ」
うちの宮にはいないけどね。
普通は宮には門があって門番が常駐し、人の出入りを見張ってる。
王宮庭園の延長として存在する僕の宮が特殊なんだよね。
ただ、防衛戦力という意味じゃ他の追随を許さない。
リルとアルは超凄腕の用心棒だからね。それに魔王ラーラも控えてる。普段は正体隠していてもリアルテの身に危険が迫れば思う存分やるだろうし、僕も非常時はそれでいいと許可してる。
なにより優先すべきはリアルテの身の安全だから。
「門番も1人、第3王子の使いだという子供を通した、と」
頭の痛い問題だな。
「それで、騎士たちは今はどうしてるの?」
「全員集めて閉じ込め、私の部下が見張っております」
近衛のやらかしをドラクル将軍がフォローしてくれてるのか。
ドラクル将軍直属の部下というと相当に腕が立つんだろうね。
実戦知らずの近衛騎士たちじゃ相手にならんわな。(近衛騎士でも他の騎士団から引き抜かれた人や、日々厳しい訓練で鍛えている人はいる。実戦知らずは飽くまでも僕を拉致った人たちのように箔付けのためにだけ所属してる人たちの話)
けど、僕は牢屋に入れられたけど、やらかした連中は部屋なのね。
「未だにすべては第3王子の計略だなんだと妄言を喚いております」
元気そうでなにより……。
「血筋による縁故採用の弊害だね。実力も常識もない人間が近衛になれるなんて」
考えの足らない近衛騎士、嘘の証言をする門番とメイド。
頭痛くなるね。
「面倒だから、全員纏めて片付けちゃおう。1つの部屋に纏めてくれる?」
彼らを追い詰めるのに1人1人やってちゃ時間がかかる。
長兄の見舞いにも行きたいし、今後の脅威について考えるためにも早く真相を突き止めないといけない。
とは言え、本来なら僕に捜査権はないんだよね。長兄が指揮を執るか、それができないなら次兄。
だから僕が何か指示したところで従わなければならないってことでもない。
ただ、王族の言は重い。
将軍はすぐに副官に指示を出してくれた。
近衛騎士団側は全部将軍に任せるのか、副団長はなにも言わない。言えないよね。自分のところの不祥事なんだから。
宮中警備を担当する近衛が問題起こしてるからやりにくいったらない。
「それで、容疑者は僕しかいないのかな?」
「今のところはそうですな。しかし、レリクス殿下を疑っているのは浅慮なものだけです」
証言があってもね、それがいかに穴だらけで信じるに足らないものかは事情を知っている者には分かるからね。
ドラクル将軍とは親しいわけじゃないけど娘のカミラは婚約者だから、僕の事情もある程度は知ってるんだろう。一応、情報交換ぐらいはしてるし、僕が持ち込んだ柔道に関する技術指導もしてるから。
まあ、柔道と言うか、知ってる格闘技の技を混ぜ合わせたものになってるけど。
まだ模範演技ができないしね。もうちょっと大きくならないと。
第一騎士団長のノイグとも将軍と似たような関係性になってる。娘のリーチェが婚約者で、格闘技の技術と知識、肉体作りのアドバイス。
ノイグもドラクルも軍人だから興味の方向性は同じなんだけど、性格面はまるで違う。
ドラクルは強面でいつも厳めしい表情。いかにも強者、という感じ。
ノイグはもっと砕けたおっさん。フレンドリーというか、緩いというか、フランク。
騎士団長のノイグと将軍職のドラクル。似てるようで似ていなくて、でも仲は悪くないらしい。陛下と一緒に王都を離れてなければ、ノイグも今回の件でも助けてくれたろうに、いないのが残念だ。
そう、今回のことは僕の協力者となり得る人たちの大半が王都にいないという間の悪いときに起こっちゃった。これは偶然なのか意図的なのか。
パパンが王都を離れるとなると大勢の護衛が必要で、近衛が周囲を固め、更に信頼篤いノイグが供をするはいつものこと。
だから陛下不在の折に王太子を狙えば、当然そのときにはノイグもいないことになる。
「でも分からないな。今、王太子殿下を亡き者にする意味は?」
王太子暗殺の一番の動機となればやっぱり王位なんだろうけど、継承権の順位で言えば次兄と僕が容疑者になる。
次兄も僕も国王なんて真っ平なんだけどね。
王太子を殺し、僕に罪を擦り付ければ残るは次兄。次兄・リューイソーンも僕と同じで王位に就くなんて嫌だと言ってはいるけど、やらなけばならないとなれば逃げる人じゃない。渋々ではあっても引き受けるだろうね。
次兄はそれでもなんとかやれると思うよ。
当人に能力はあるし、後ろ盾もあるから。
でも僕となるとね、そうも行かない。
能力的にはなんとかなっても、政治的には厳しいよ。なにしろ後ろ盾がない。貴族たちを纏め上げるにも根回しできないとね。
王太子が死んでも次兄がいる、次兄が死んだら僕だけど、政権運営は難しい。そういう理由から僕が長兄を暗殺するメリットなんてないんだよ、実際のところ。
「これは未確認ではありますが、第2王子殿下のところにも毒入りの柿が届けられたとか」
ドラクル将軍の苦い顔は話の内容とは関係ない。大体いつもこの顔だよこの人。
でも言ってる内容が問題なのも事実。
「それ、確認急いで。
兄上たちを同時に暗殺、となると確かに僕が一番怪しいね。兄王子たち暗殺の首謀者として僕を失脚、罪人として処刑させるのが目的かな。でも、そうなると得する人がいないんじゃない?」
僕か次兄が生き残っていればどちらかを王にして美味しいところを貰うって手はある。
権力者の後継者ってのは、当人にそんな気がなくともさ、担ぎ上げようとする人たちがいるんだよね。
傀儡政権やりたいとか。
次兄の母君は息子の思惑知ってるし、権力欲の強い人でもない。立場的に常に王后殿下に気を遣っているけど、もし王太子が死ねば立場は逆転しかねない。
そうなったらそうなったで国は荒れるだろうね。
息子を喪った王后は、それでも影響力有るし、息子の仇討ちとばかりに動くだろうから。
すんなり次兄の継承を認めて国のために協力しましょう、とはならないはず。
ああ、でも僕が犯人となればクッションになるのか。
後ろ盾のない僕でも王子は王子。王太子暗殺の首謀者という確固たる証拠でもなければ首を刎ねるのには手間暇かかる。で、次兄の母君たちが僕を処刑台に送ることに協力して、見返りに次兄が王位に就くことの後押しを持ち出せば、王后は頷くんじゃないかな。
憎いのは僕だし、国のためにも王位の所在ははっきりさせないと行けない。
うん、僕を悪役にして団結すればうまく行っちゃうな。




