3
「この取り調べは近衛騎士団の総意?」
そんなわけないよね。
だとしたら、責任者として団長がここにいないとおかしい。いや、団長はパパンに随行して不在だから副団長か。
どちらにしても、王族の取り調べに若手だけなんてあり得ない。
僕を見下してた騎士たちの眼に動揺が走った。やっぱり許可取ってないのか。
「そんなこと、おまえには関係ないだろう」
「これは近衛騎士団として上から命令されたことなのか、それとも独断なのか。重要なことだよ。
王族の取り調べをするなら団長かその代行者が立ち合わないといけない。そういう決まりだ」
「それは通常の王族の方々の話だ。おまえのようなものには適用されない」
こういうなんの根拠もないことを、どうして堂々と言えるのか。不思議でしょうがない。
僕に王族としての対応が必要かどうかは一騎士に決められることじゃないのに。
「団長は不在のはずだから、今なら副団長を連れて来るといい。話はそれからだよ」
僕の知る限り、近衛の副団長は真面目でまともな人だ。
いや、大半はまともで真面目な人たちのはずなんだけど、ここにいる騎士たちを見ていると自信がなくなって来る。
大の大人に取り囲まれてる9歳児。
僕じゃなきゃ泣いてるところだ。
「エセ王族のくせに生意気を言うな。いいから、さっさと罪を認めろ」
ホント、話をループさせる人だな。
罪とやらを教えてくれと言ってるのに、絶対言わないし。
そのうちロゼが手を回して人を寄越してくれると思うけど、それまでこの頭の痛い会話に付き合わないといけないのか。
ひょっとして、これが新手の拷問の方法?
精神的苦痛でしかないよね、このやりとり。
ま、それは冗談として、この手の人間はいつ短気を起こして暴力沙汰にして来るかもしれない。
さすがにこの体躯じゃ大人数人を相手になんてできないし、したくもない。
たぶん、この主導してる騎士を黙らせるには息の根を止めるしかない。極論のように思えるかもしれないけどね、自分を正義だと思い込んだ人間は簡単に人を虐げるし、法律より自分の正義が優先されて然るべきと考えてるから危険なんだよ。一種の狂信者だね。
そんな物騒なことやりたくないし、やらないけどね。
ただ、罪について言ってくれないとこちらも対策が立てられない。話を合わせて内容も分からず肯定したら、喜んでこの場で僕の首を刎ねるかもしれない。いや、そういう雰囲気あるんだよ、この人。
のこのこここまでついて来たこと、ちょっと後悔。
僕は1人じゃ大したこと出来ないよ。所詮は9歳の子供だからね。権力はともかく、純粋な暴力じゃ勝てない。
でもねえ、やっぱり離宮で暴力沙汰は嫌なんだよ。
折角今は戦争してない平和な時代なんだから、リアルテの日常に暴力を持ち込みたくない。
彼女が大魔王だからってのもあるけど、そんなの関係無しで子供には暴力と無縁でいてもらいたいよね、親心として。……親心?
時々自分でも気付かないうちに婚約者たちに対して保護者目線になっちゃってる。
まだみんな年齢的に言えば小学生だからね。リーチェは違うけど。
一番年上なのに当てにならない困った子だよ。……これだよ、これがいけないんだよね。年上のリーチェに対して困った子って感想。9歳児の発想じゃないよね。
でもなあ、どうしてもそう見ちゃうんだよね。純粋な9歳児じゃないから。ただの9歳児だったらこの年齢まで生きていられなかったかも。
幸いにして僕には自活能力があった。大人からの愛情なんて無くとも独りで勝手に生活できた。物資は貰えたからね。これもなかったらさすがにきつかったかな。
よくよく考えて見ると、僕の境遇はリアルテと似ていたのかもしれない。だから余計にリアルテを保護しなければ、という気持ちになったのかな。いや、そうじゃないと思う。子供が不遇に晒されていたら保護したくなるのが正常な大人だと……いや子供なんだけど。
リアルテは心配してるかな。
朝食の場からそのまま来ちゃって、事情の説明も出来なかったから。
あの場でリアルテへ言葉を掛けに戻るって多分許さてなかったと思うし、この言葉の通じない相手と問答していたら間違いなく刃傷沙汰になった。あの場は早めに切り上げて正解だった……はず。
まあ、ここまで話が通じないというのはちょっと予想外だけど。
今ある情報でなにが起こっているか考えてみると、あんまりいい結果を導けない。
まず、僕の連行に関して、礼儀も法令も無視していることから正式なものではなく、ここの騎士たちの独断、暴走なんだと思う。
僕に対してここまで敵意を持っていることから、彼らは王太子派の人間なんだろう。なんというか、何なら僕だって王太子派なんだけどね。長兄の継承に関して何ら異を唱えたことはない。寧ろ是非頑張ってくれと日頃から当人にも言ってる。
僕自身が継承権持ってることが問題なんだけど、これ、簡単に捨てられないんだよね。
リアルテたち婚約者との関係性の問題もあるけど、もっと重要なのは現在直系の王子が3人しかいないこと。
3番目だから通常なら王座は回って来ないし、来ても困る。
でもね、医療もまだまだ未熟な世界だといつ何があるか分からない。実際、僕が生まれる前には戦火と疫病で多くの人が死んだ。家を継ぐものがいなくなって潰れた貴族家もある。
そこらの貴族家なら多少潰れてもなんとかなるけど、王家がそうなると国が危うくなる。いざとなれば遠縁でもなんでも王にしちゃうんだろうけど、そうなると玉座を巡って遠縁の男子たちが抗争を繰り広げて、やっぱり国を危うくしちゃう。
だから王家は常に万全の体制で継承者を準備しておかないとまずい。
長兄、次兄とも健康だから大丈夫とは思うけど、こればかりはね。
長兄は成人もしたから早く婚姻して継嗣をと望まれてるけれど、今のところは話は進んでないみたい。婚約者候補はいても婚約者も決まってないって、遅過ぎない?
とにかく、今は王家も男子が少ないものだから後ろ盾も怪しい3男でも一応控えさせておかないといけない。
あの超有名な暴れんな8代将軍様だって4男だったからね。上の人が病気なんかで死んじゃって、大役が回って来たんだし。
兄たちの健康を祈ってはいるけど、兄が玉座に就くか、結婚して子ができないことには僕の継承順位は3番目のまま。
王太子派の人間にとっては厄介な存在なんだよね、3番目って。
2人退場するだけで王位が回って来るんだから、僕じゃなければ欲しいと思っちゃうかも。
だから王太子たる長兄を推す人たちが僕を疎ましく思うのは分かる。
けど、だからと言って今のような扱いを甘受する気は無いよ。
法的にも道義的にも、こんな扱いしていいわけじゃないからね。
もし王后殿下や王太子派の有力貴族が僕を排除しようと思ったら、きっちりとした罪状を用意して、少々の言い逃れじゃどうしようもない状況を作るだろうね。
それこそ国王も僕を切り捨てるのを止むなしと考えるような罪状を。
そのときは近衛騎士団長が捜査指揮を執るだろうし、僕の証言を公文書で残すために記録係も配置すると思うよ。
法的手続きは間違いなく踏むことで、これは国法に適った正しいことであると国内外に主張できるようにね。
今のこの状況が実は若手の暴走を装っての謀殺計画じゃないか、と疑えないこともないけど、この主導してる騎士の態度からしてその線は薄いんじゃないかな。
こんな次になにやり出すか分からない人間を計画に組み込むなんて、僕なら恐くてできない。
例え後ろ盾のいない3番目でも暗殺されたとなれば国が荒れる元だしね。やっぱり、やるなら正攻法でやらないと。
問題は、なにを契機としてこの暴走が起こり、未だに上位者が出て来ないのか。
通常なら僕を煙たく思っている人たちもこんな強引なことはしない。この騎士たちの口振りからしても、なにかが起こってそれを僕のせいだと思い込んでるのが分かる。
それは一体なんなのか?
それはたぶん、王太子の宮で起こった、なにか重大なことであるはず。ここに副団長たち上位者がいないのは、その後始末というか対応に追われているからじゃないかな。
だから一部の暴走にも気付いていない可能性もある。
王太子派の人間が血相を変える出来事、近衛騎士団が暴走するような出来事。
ああ、なんだか嫌な予感がする。
考えたくもないことだ。
兄上、王太子の身になにかあったなんて。
無能な働き者は害でしかないよねえ




