騎士への道
姫が一年やり遂げたその日。
マリフェスの丘は真っ赤な夕焼けに染まっていた。
バルディスは遂に覚悟を決めていた。切り株に腰掛けて、だんだん赤く染まっていく光の中で、必死に剣を振る少女の背中を背後からじっと見つめていた。
一年半前。
燃え盛る炎を背景にして、最愛の妹は死んでいった。
自ら彼女に死を与えた。俺はもう騎士はやらないと決めた。
でも今こうして、目の前で剣を振る少女は……王となる身だ。世界を変えたいと、国を守りたいとそう願って剣を振るっている。俺はこの人の助けになろう。俺はこの人のために尽くそう。
それがバルディスの覚悟だった。
そして、覚悟をもって持ってきた剣を、改めて右手に握りしめた。
立ち上がり、剣を振るっているリサフォンティーヌの元へと歩んでいく。
一年間。姫は毎日朝に晩にこの訓練に出てきた。
何も言わず、黙々とそれをこなした。
何度尋ねても、騎士になるという意志は変わらなかった。今日までずっと。
「姫」
「はい」
弾んだ声で、リサが返事をした。
ちょうど素振りが終わったところだった。
「約束できますか」
「何をですか?」
「決して後ろを振り返らないと。騎士となるためには、決して後ろを振り返ってはいけない。ただ前のみ見て進まなくてはいけません」
「もちろん、わかっています」
七歳になっていた姫は、もうすっかり大人だった。初めて出会った五歳の時から比べれば、身長も十センチ以上伸びた。真剣な瞳でバルディスの銀の瞳を見つめ返す。
「騎士見習いとなるということは、私の弟子になるとうことです。今までのような、丁寧な言葉遣いは致しません。構いませんか?」
「もちろんです」
「私は弟子に対して、一切情けは掛けません。今までとは比べものにならないくらいに厳しくしごきます。耐えられますか?」
「もちろんです」
「歩き出したら止められません。騎士になると決めたのなら、最強の騎士になると誓って下さい」
「はい。最強の騎士になるまで、どんなに厳しくても、耐えてみせます」
姫の瞳の中に、真っ赤な夕焼けが炎のように映り込んでいた。
バルディスは目を閉じた。もう逃げるところはない。
しばしの沈黙の後、姫の前にしゃがみ込んだ。そして彼女の右手を大きな手で握った。
彼女の小さな手のひらには、固い剣胼胝ができていた。
「もう一つ約束して下さい」
「はい」
「中途半端は、自身も臣下も危険にさらすことになります。必ず騎士になって下さい。そして、絶対に王になって下さい。そして……あなたがキールの王になったなら、私を一番先に臣下にして下さい」
「わかりました。誓います」
リサはそう言って、自身の右手を心臓の上に持ってきた。騎士が主君に忠誠を誓うときに行うポーズだ。この誓いに心臓を、命を捧げると。
バルディスは大きく深呼吸した。
そして、手に持ってきた剣をリサの前に差し出した。
「これは、俺が父の弟子になったとき、父から頂いた剣だ。これをお前に託す」
ずしりと重い長剣は、レイ・ソート家の紋章が入った焦茶色の革製の鞘に入れられている。
「歩き出したら振り返るな。ただ前へと道を切り拓け。剣を握ると決めたのならば、誰にも負けない騎士になれ。リース・セフィールド。お前を今日から、このバルディス・レイ・ソートの弟子とする」
騎士が剣を渡して弟子にすると宣言する。これが、正式な師弟の契約の儀式だ。バルディスはその正式な方法で、リサを弟子としたのだ。
「ありがとうございます。リース・セフィールドは、本日よりあなたを師匠と仰ぎ全身全霊鍛錬いたします」
リサも正式な方法でそれに応えた。たぶん、騎士の誰かに聞いてきたのだろう。文言だけでなく、剣を受けるポーズも正式だった。
「ですが姫」
剣を渡してすぐに、バルディスは姫に呼びかけた。
「私が弟子にしたのはリース・セフィールドです。姫としてお仕えするときには、今まで通りに」
「わかっています。私は、リース・セフィールドのことを多くの人に伝えるつもりはありません。ですが、リース・セフィールドである時は、容赦なく叱って下さい。私はそれを、気にしません」
「御意」
バルディスは右手を胸に持っていった。
「髪を、結おうと思います」
「?」
リサはそう言って、自身の髪を高い位置で一つに束ねた。
「こうやって、高いところで。剣を持つときには……リースであるときには、こうして髪を、高いところで結おうと思います。ここで剣を学んでいることは、パークデイルとマーガレットとエザリア……それとたぶんフェリシエール。この四人しか知らないと思う。たぶん、これからもずっと、こういう風にやっていける。だから」
そう言って髪をいじっているリサの腰に、バルディスは剣帯を回した。そしてそこに、剣を吊した。
「それがあなたの覚悟なら、俺もそれに従う」
「はい」
満面の笑みを浮かべて新しく繋がれた師弟の絆を喜ぶリサの頭を、大きな手でポンと叩いた。
「とりあえず明日からは、その本物の剣で素振りの訓練をしよう。木剣と違ってだいぶ重いから、最初は辛いぞ、覚悟しろ」
「はい」
リサは真っ直ぐな瞳でバルディスを見て、バルディスもそれに応えた。
リース・セフィールドの騎士への道が、この日始まったのだった。
バルディスの妹のエピソードは、『ドレイファスの宝石〜フレグラントオリーブの誇り』に掲載中です。
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