出会い
ドレイファスシリーズの過去編です。
別のところに置いてあったものをこちらにまとめます。
「バルディス・レイ・ソートです。本日より、リサフォンティーヌ姫の剣術の指南役を務めさせていただきます」
男は、まだ幼い少女の前に進み出て挨拶をした。
見上げるほどの長身で肉厚な体。纏っている軍服の上からでも、盛り上がった上腕二頭筋が確認できるほどに鍛えられた肉体に、肩にかかるほどの長さの濃紺の髪。そして何より、猛禽類のような鋭い銀色の瞳。
ほんの少し前まで、ドレイファスの鷲という異名をとりドレイファス王国最強の王宮騎士だった男が、ひょんなことから王女リサフォンティーヌの剣術教官の任についたのは、ちょうどチェリーザの花が咲く頃だった。
目の前の少女は、リサフォンティーヌ・ファン・ドレイファス。ドレイファス王国の王女。五歳。母を亡くして程なく、リサフォンティーヌは、母の祖国キールの王となるために、父や兄とは離れて暮らすことを求められた。カラキムジアの南、湖水地方にあるレイピア宮殿で、王となるべく教育を受けることが決まったのだ。剣術教官が派遣されたのもその一環である。
リサフォンティーヌは、謁見の間の雛壇に設えられた自分の玉座から広間に降りてきた。
淡いピンク色のミニドレスの裾が、その動きに合わせて軽やかに揺れる。その軽やかな動きは、まるで花の妖精のようだ。
そして、膝を折って謁見に臨んでいるバルディスの元へと歩み寄る。
「なぜそのような挨拶をするの?」
いきなりかけられた問いに、バルディスは困惑した。
「え? いえ、何故と言われましても……」
臣下が主君に挨拶をするのは当然ではないのか? とバルディスは思った。
「なぜ?」
「私は、姫の臣下なれば……」
「そなたの主君は父上でしょう? 違うの?」
自分の視線のちょうど目の前に立っている少女は、人形のようにかわいらしく微笑んでいる。バルディスが彼女に初めて出会ったのはわずか1年前。カラキムジア王宮でのことだ。彼女の兄、王太子ウインダミーリアスの剣術指南をしていた父に同行した時のことだ。時々このかわいらしい姫もその場にいて、出会ったことが何度かある。まだ大して時間も経っていないのに、母の死を経て随分と大人っぽくなったものだとバルディスは思った。
「私は既に騎士団長の地位を返上し、軍を退職しております。この度、故あってこうして姫にお仕えすることになりました。私の主君は姫です」
バルディスは、そう目の前の彼女に言った。しかし、なぜか彼女は怪訝そうな顔をしている。見上げたバルディスの銀色の瞳の奥を覗き込み、奥から何かを読みとろうとしているかのようだ。
「嘘。そなたは、私を主君だとは思っていない」
「え?」
思わぬ問いにバルディスは固まった。
確かに、「こんな幼い姫に」、という気持ちがなかったわけではない。そんなわずかな気持ちの揺らぎを、彼女は見抜いたというのか。しかし。
「そのようなことはございません。私は……」
反射的にそう口にする。
「知っている?」
幼い姫は、しっかりとした口調でバルディスの言葉を遮った。
「私は、キールの王になるのだそうです」
「はい……存じております」
「でも、私はまだ、王ではない。だから私は、そなたの主君ではありません」
キリリとした空の青のように澄み切った青い目が、まっすぐにバルディスの瞳を見つめていた。
「私は、いろいろ学ばなければなりません。だから、そなたが私の剣の先生になってくれるのでしょう?」
「は、はい」
「ならば、そのような挨拶はしないで下さい。私はそなたに教えてもらうのですから、そなたに頭を下げなくてはいけないのは私の方です」
そう言って姫は、バルディスの反応を待たずに、
「よろしくお願いします」
と大きな声で頭を下げた。
「あ、はい! こちらこそ、よろしくお願いいたします」
それが、姫と剣術指南の初めての出会いだった。