第八話「照らされた現実」
「‥‥ってな感じでどうだ?」
「うん。これなら実用的だし、良いと思うよ。」
二人は、意見交換を一通り済ませ、いくつかの方法に絞り、最後のすり合わせを終えた。
数十分、いや数時間ほどたっただろうか。
体感ではそう感じるが、この異常事態の只中、実際どのくらいの時間が進んだのかはわからない。
だが、確かに数刻前空を見上げた時は、太陽も雲も動いていなかった
変化がない空模様だったからこそ、高をくくってコヨミたちは長い間話続けていたのだ。今更どうこう言っても変わりはしないだろう。
「私、結構小さいころから霊晶に触れてきたけど、ここまで考えたことはなかったかも」
「まあ、ここ数年、おれは発想力だけで飯食ってたようなもんだからな。そういうの得意な奴と、技術と経験持ったやつが話し合えばこそだったんじゃないか?」
「確かに、そうなのかもね。‥‥ていうか、それって職業になるの?」
「私、城以外のことはあまり詳しく知らないから、解らないけど‥‥‥」
「あー‥‥ま、まあそうだな‥‥‥」
少し、口を滑らせたコヨミはなんとなく話を合わせておく。
何せ、コヨミもこの世界のことについては詳しくない。
理由は明白だ。自分が異世界から来た者だから。
だが、それを赤裸々に語れるほどコヨミの胆は据わっていない、まだ言っていいことなのかも判りはしないうえ、もし選択を間違えれば今の関係性は終わりを告げることになる。
そんな現状で事実を話すことはむしろ愚策と言えるだろう。
そうコヨミは自分に言い聞かせ、「さっそく」と事を切り出す。
「とにかく、そろそろ一つ目の作戦を試してみようぜ」
「あの、でも、本当に始めていいの?色々と気掛かりなことがあると思うけど‥‥‥」
多少不安が残っている様子のヨウコ。
それを察し、階段や外の様子は確認はすべきかもしれない、とコヨミは思い直す。
今更、と切り捨てた思考の一つではあったが、今から数十分その確認に時間を費やしたところで、それこそ微々たる差でしかない。
それどころか、気掛かりを残したままで始めれば、後々ヨウコに不安定さを残すことになるだろう。
ならば、それは損どころか得になりえる。
そう考えたコヨミは、判断を下し、答えを出した。
「‥‥そうだな。もし、俺たちがもう閉じ込められていないとしたら、今考えてる作戦だと、霊晶の一つを無駄にするだけになるかもだしな。」
「確認は大事だよな、悪い失念していた」
「ううん‥‥!!私の方こそごめん、いざ始めるってなると怖気づいちゃって‥‥‥」
「そりゃそうだろ、それが生物として正しいよ。だからこそ、避けれる危険は回避するべきだ、その為に準備を怠っちゃあ世話ないしな。」
「‥‥ありがとね。コヨミ」
「まあ、一蓮托生だからな」
そうして、二人は手分けをしつつ周辺を再度確認することにした。
コヨミが、近くの階段の様子を、その間にヨウコが走って中庭の方まで、外の様子を確認しに行く。
彼女の話だと、ホルンが空間を捻じ曲げているせいで、外が見える窓は制限されているらしい。そのため、この館は外からの光が差し込む程度で、景色を内部から見ることはほとんど叶わない。
ただ、四つだけ、位置が変わらない窓があるそうだ。
そこからなら、外部の様子を確認できる。
だが、それも何かの白い靄が覆いかぶさっていて、使えず把握することはできなかった。
二人はそれをすでに知っていた。
だからこの階に閉じ込められてから唯一空が見えた中庭まで戻り、確認する必要があるのだ。
「まあ、無理だろうけど‥‥‥うわっ――」
コヨミはヨウコと別れた後、早速数時間前に阻まれた階段に足を踏み入れてみる。
謎の自信から、どうせ無理だろうと思い、勢いをつけて階段を降りようとした。
だが予想に反し、少し前まであった見えない壁は、跡もなく消えていたため
コヨミは下に転げ落ちていってしまう。
「くっそ、いてえな‥‥こりゃ、慎重さを欠いたのが仇になったかもな‥‥‥」
見事に選択を外したコヨミは、少し後悔していた。
もし時間停止が"一時的なもの"だったとして、
それが随分前に解けていたなら、大きな時間のロスになる。
ヨウコが戻り、話を聞くまでは確定したことではないにしろ、
もっと早い時点で下の階に降り、状況の把握を進めることができたかもしれない。
だが、今、コヨミが最も後悔しているのはそこではなかった。
"そこまで思い至らなかった自分の短絡さ"――それに、つくづく嫌気がさしているのだ。
「ホント、俺は何やってんだ‥‥‥」
だが、ぐずぐずそれを考え続けている場合ではない。
すぐに思考を切り替え、反省を次に生かさなくてはいけない。
少なくとも、今はそれができる状況だ。
下に降りれるのなら、まず一番にホルンの魔導書庫に行くのが先決だろう。
理由はいくつかある。
一つは、空間を操作することができる精霊術を有する彼女なら、コヨミたちが三階に閉じ込められていた原因がわかるかもしれないから。
二つ目は、単純にコヨミが知っている者の中でヨウコの次に話が通じるのは、ホルンだからということ。
コヨミはなんとなくシノに嫌われている上、初めてコヨミが館に訪れた際シノが真っ先に頼っていたのはホルンだった。
博識な彼女なら、コヨミが遭遇した"あれ"の正体を知っているかもしれない。
「まあ、ひとまずはヨウコとの合流が先だ。‥‥考えた作戦ってのも無駄になったかもだけど、またどこかでは使えるだろ」
ひとまず焦る気持ちを切り替え、コヨミはヨウコが向かった中庭の方へ走り出していく。
追いつくことはなくとも、一刻でも早く合流しなくてはならない。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ヨウコはコヨミと別れ、外の様子を確認するために中庭へ向かっていた。
こんな自分を気遣ってくれたコヨミに対し、せめて何かの役に立ちたい。
そう思いながら、いくつかの作戦を立て、二人で霊晶の扱い方についても新たな発見を得た。
――なのに、それでも恐怖と不安が収まらない。
自分が今ここにいる理由をなんとなく理解しているからこそ、ヨウコは怖かった。
コヨミの邪魔になっていないだろうか、と。
「はあはあ、はあ‥‥‥」
全力で走り、ヨウコは十分足らずで目的の場所に着く。
彼よりも体力があるとはいえ、それでもこの世界では多い方じゃない。
ヨウコは戦いならば、後方でサポートをする役割りを担うポジションにいるのが適している。
ヨウコもそれを理解しているが、今回は自分より動ける人物はいない。
だから、近場を彼に任せ自分は頼まれた中庭の方を受け持ったのだ。
不安や恐怖に囚われ、言い訳を並べて、彼に判断を仰いでしまったのは自分。
だからこそ、今は役割を果たすべきだと心を決め、感情を束にまとめた。
少し震える腕を握りしめ、コヨミに言われた通り、空を見上げる。
「‥‥‥あれ?」
――空は普通に動いていた。
コヨミの話では「時間が止まっているから、話し合う余裕はいくらでもある」ということだった。
ヨウコも前に見た空の様子や周囲の状況から、それを信じていた。
だが、今目に入る光景は明らかに違っている。
目まぐるしく感じるほどに太陽は庭の木々を照らし、雲は風と共に流れ、刻々と形を変えている。
その事実は、不安定だったヨウコの心を揺れ動かすのには十分だった。
「どういうことなの、これ‥‥‥」
ヨウコは口から言葉を出すたびに、必死に動揺を冷静さで塗り替えようとしている。
その残った僅かな理性で、どうにか心の揺れを落ち着かせていく。
"なぜ"、"どうして"は後に回して先に分析しなければいけない。
そうでないと、自分が決壊してしまう。
ヨウコは足りない頭で状況を整理し、分析していった。
その末、あることに気が付く。
「‥‥最後に見た時から、太陽の位置がそこまで変わってない‥‥‥。」
ヨウコが空を最後に見たのは数時間前、つまりは朝だった。
だというのに、太陽の位置からして空の頂点に達するどころか、まだ東に傾いている。
体感ではあるものの、"数時間近く話していたのに"だ。
「てことは、進み始めてから、まだそこまで経ってないのかな‥‥‥?」
理解は追いつかなくとも、このことをコヨミに伝えなければならない。
そう思い、ヨウコは渡り廊下に背を向け、来た道を戻ろうとする。
――その時だ。
地面が揺れ動くほどの衝撃が辺りに走った。
「――わっ!!」
ヨウコの体は一瞬宙に浮き、受け身を取る形で地面に倒れ込む。
それと同時に遅れて聞こえてくる轟音。
「な、なに?!」
いきなり押し寄せてくる凶変の現実。
今、何が起きているのか理解が追い付かず、ヨウコは混乱する。
だが、無意識の内に脳は体を起こそうと動き出した。
意識が茫然としていたとしても、体は受動的に、意思とは関係なく立ち上がるのだ。
それでも、やはり頭の中は白一色。当然まともに働かない。
突然の変化――ヨウコにとって"最も苦手なもの"が目の前に迫っているから、というのも関係しているのだろうが。
これは誰であれ大体は混乱するだろう。
そうしてほんの数秒立ち尽くしていると、開いていただけの乾いた瞳にコヨミの姿が映った。
「君、どうしてここに!?」
「何やってる!! 早く手を掴め!!!!」
コヨミはヨウコに向けていきなり叫び、手を差し伸べてきた。
走りながら、必死の形相で、冷や汗を搔きながら。
ヨウコは何が何だかわからないながらも、無意識にその手を取り、コヨミに強く引き寄せられた。
「走るぞ!!」
「え、な、なんで――」
彼女はそう言いかけ、すぐに気づいた。
自分が先ほどまで立っていた廊下の一部が、すでに崩れ去っていることに。
そこで、ようやく"状況を把握"とまではいかずとも、"動かなければ死ぬ"ということだけは理解した。
コヨミが手を引き、二人は走り出す。
「マジで、一体どうなってんだ、これ‥‥‥!!」
コヨミは頭の中で超高速の思考をする。
徐々にではあるものの、背後から侵食してくる崩壊。
そしてこのままだと、コヨミとヨウコ二人とも、あるいはコヨミだけ真っ逆さまに落ちてしまうという事実。
どうするにしてもあまり時間は残されていない。
ヨウコとの合流を急いで、全速力で走ってきたのは、コヨミにとって吉でもあり大凶の選択でもあった。
もしあの場に一瞬でも遅れていれば、見た様子からしてヨウコは気づかず下に落ちてしまっていただろう。
だが、そのせいで今コヨミには体力が多く残されてはいない。
自分の命を取る場合の取捨選択としては愚の中の愚策だと、コヨミも理解していた。
だが、それはあくまで結果論。
だからこそ、コヨミは感情を押し殺して思考する。
現状、"どうやったら自分は助かるのか"を。
「ヨウコ!!悩んでる時間は、はあはあ‥‥ない!!、二つ目の作戦やるぞ!!」
「あ、あうん‥‥!わかった‥‥‥!!」
混乱し、思考も理解もまとまっていないヨウコも、コヨミのその言葉を聞き、無意識に信じて行動する。
彼女は、ポケットの中から『触媒』と『飛翔』の霊晶を取り出す。
「はいっ、これ!!」
ヨウコは取り出した物の内『触媒』のみをコヨミに渡し、自分は『飛翔』の霊晶の発動準備に入る。
これはコヨミが考えた作戦――パターンの一つだ。
その名も『完全完璧疑似テレポーテーション』。
これはヨウコが改造した触媒であれば、即席使い捨ての霊晶(効果を付与した状態)を創り出すことができるということと、任意の方向に飛ぶことができる、『飛翔』を掛け合わせることで成り立つ"技"のようなものだ。
聞いた話の感じ、霊晶は言霊を扱う技術と才能さえあれば、自由度の高いことができる。
ヨウコが言うには"コヨミには、言葉に乗る魔力の波長が見えている"らしい。
それに加えて、霊晶を創り出すことができる才覚、"強靭な精神力"があると。
コヨミ的には異議を申し立てたいところだが、彼女はその道に長けている人物。
その目が間違っているとは考えられなかった。
だからこそ、それを前提とした作戦を立てたのだ。
即席で思い浮かぶ場所を『触媒』に言霊として封じ込め、『飛翔』と連結させる。
そうすることで、向かう場所をイメージするプロセスを一つの場所に絞り、制御の自由度を捨てる代わりに、超高速での移動を可能にする。
本来は、"強敵との遭遇時に逃げるため"の緊急離脱方法として考えていた技。
しかも、一度も試したことがない見立ての域を出ない物。
それでも、今この状況だとやるしかない。
「確か、これでいいんだよな‥‥!」
コヨミは館の外――この世界に来て最も印象に残っていた場所を思い浮かべる。
「準備はいいな!!」
「うん‥‥!飛翔霊晶の準備は完璧だよ!!あとは‥‥」
二人は走りながら、互いに準備を整える。
コヨミは『触媒』に言霊を籠め、それをヨウコに渡し、ヨウコは『飛翔』と連結させた。
「多分成功だと思う!!いつでもいけるよ!!」
「はあ、はあ――よし、俺が合図する、そしたら手を握って外に飛び出すぞ!!」
目の前に壁が迫ってきている。
そして、コヨミの体力も限界が近い。
この連結させた霊晶を発動すれば、
それと同時にその方向へ"一直線"で一気に加速することになるだろう。
だが、タイミングを見誤れば、壁との距離差で頭をぶつけて死ぬ。
コヨミは、廊下の一番奥の窓を突き破って外に出ようと考えている。
体力的にもかなりギリギリ、それでも"ヨウコが助かる可能性が"最も高いのはこれだ。
失敗しても、『盾』の霊晶があるため死にはしないだろうが、それでも使わないに越したことはない。
最善を尽くすのだ。
「行くぞ!!、はあはあ‥‥さん、にー‥‥いち!!」
「――――ッつ」