第七話「一つまみの休憩時間」
「着いたよ。」
「はぁ、はぁ・・・・・・長かった、な。はぁ‥‥‥」
長い廊下を歩き続け約一時間。
コヨミたちは、ようやく目的であったもう一か所の下に続く階段に着いた。
「はぁ‥‥にしても、よく疲れないな。息も上がってないし‥‥‥」
「‥‥私は普段から、この館の掃除を任されているし、慣れてるからね。‥‥それにしても、君は疲れすぎだけど。」
元の世界での運動不足がたたったコヨミは、何も言い返せない。
「まあ、とりあえず、な」
そう向き直り、二人はもう一つの階段の方に目を遣った。
コヨミたちはもうかれこれ二時間近く、この階の廊下に閉じ込められている
もしも、ここが無理なら、また何時間も歩き続ける羽目になるかもしれない。
幸いにも、時間は進んでいないため、正確に"どれだけ"と表現するのは難しいが。
「これ‥‥‥行けると思う?」
ヨウコが、コヨミに尋ねる。
その問いの裏にある表情は、どことなく不安そうな目を宿していた。
こんな状況に突然巻き込まれたのだ。
今でこそコヨミは冷静になれているが、数刻前までは、頭の中を雑然とした思考に支配されていた。
彼女もそれは同様なのだろう。
だがコヨミに気の利いた一言をかけることなどできない。
だから単に質問に答える。
「まあ、行けたらいいな程度にしか俺も考えてない。無理だったら他の方法を探すしかないだろうし‥‥‥」
「‥‥そうだね。とりあえず」
ヨウコはそういった後、階段の方に一歩また一歩とゆっくり近づいていく。
道はここしかない。引き返すにしてもかなりの時間がかかるだろう
その事実と向き合うように、息を一回吸い、気を静める。
――数秒、間を開け、ヨウコは一段下の床に足を踏み入れた。
だが、
「まただ‥‥‥」
またもや、途中で透明な壁のような物に阻まれ進むことは叶わなかった。
ヨウコはこの事態に動揺している様子だ。だが同時に冷静さを頭に留めようとしているのも見て取れる。感情を後に回し、どうにか、状況分析を優先させているみたいだ。
コヨミも、それに倣いため息をつきつつも一瞬、順序立てて頭を巡らせる。
一つ、"なぜ"自分たちはこの階に囚われているのだろうか。
何か恨まれるようなこともした覚えはないし、ヨウコとの接点はそう濃くない
先日会ったばかりだ。
そのうえ、コヨミは異世界から来たばかり。
例外的だが、思い当たる節はそれくらいしかない
――いや、囚われているというのは正しいのか?
「‥‥あ」
そこで、コヨミは思い出す。
自分にまつわるものかはまだ解らないにしろ、――予言があった。
それに加えて、先ほどの人ならざる存在っぽい者が言っていた、『試練』や『神』といった単語。あれはコヨミにしか見えていない異常現象だった。
それが関係しているのだとしたらこの状況にも頷ける。
「‥‥‥君、大丈夫?」
数秒ボーっとしていたためか、ヨウコがコヨミに声をかける。
そこでコヨミは我に返り、
「ああ、悪い。考え事をな」
「確かに、こんな状況じゃ、そうなるのもわかるよ‥‥私もそうだしね!」
ヨウコは空元気を見せつつ、コヨミの心配を紛らわそうと気を配って話す。
それが、コヨミに痛々しいほど伝わってきた。
ヨウコ自身、不安で押しつぶされそうなのにも拘らず‥‥‥
「‥‥ありがとな、ヨウコ。お前がいなかったら俺はどうなっていたか‥‥‥」
事実、もしもコヨミがだれにも頼れない状況でここに取り残されたら、発狂し冷静さなどとうに失っていただろう。
「そ、そんな大げさだよ!!私の方が、君に助けられてるし‥‥‥」
なんていい子なんだろう、とコヨミは思う。
歳はコヨミの方が上で、なおかつ一切役に立っていない。
だというのに、気遣ってこちらに優しい表情を浮かべてくれる。
こんなもの無下にできるはずもない。
「安心してくれ!!俺が必ず、この状況を何とかして見せるからな!!」
「え!?、あ、ありがと‥‥‥」
一瞬の戸惑いの後、柔らかい表情を見せるヨウコ。
だが、それにコヨミが目を向けることも気が付くこともない。
いま、コヨミが思っていることは、たった一つ。
――人生で初めて根拠のない大見得を切った、ということだけだ。
芝居や、演技といったことをしたことはあれど、本心から他人の為に動こうとしたのは何年ぶりだろうか。
生まれえてこの方、数える程度しか、コヨミはそういったことをしていない。
善行を買って行うような人助け、いや、今回は自分も含まれているので"突発的な行動力"に驚いたという方が正しいだろう。
何はともあれ、コヨミは自分を俯瞰して見てみた時の『発言』と、今ある感情に"驚き"と"疑念"を覚えた。
「‥‥‥?」
首をかしげて考え込んでいるコヨミの様子を見たヨウコは、不思議そうにこちらを見ている。
コヨミは少し考え込んでいた意識をヨウコの方に傾け、
「あ、悪い、そろそろ先に進むか。つっても、まだ打開の光は見えてないんだけどな‥‥‥なにか考えがあったら、話してくれ。解決の糸口になるかもしれないから」
と事を進めるための助力を求める意を示す。
人との関わりを避けてきたかつ、この世界への知見が足りないことから、現地の人から少しでも、情報を得たいとコヨミは考えたのだ。
そう言うと、ヨウコは思い当たることをいくつか話始める。
「‥‥あんまり、私も魔法の原理とか精霊とかそういうの詳しくないけど、『霊晶術』のことなら、少しは役に立つかもしれない。」
「"れいしょう術"‥‥?」
「幽霊の霊に、結晶の晶で『霊晶術』。私が唯一得意としている"影狐伝来"の技術だよ。」
コヨミの知らない異世界の新情報がまた登場した。
どうやらそれは、彼女の種族が得意としている物らしい。
詳しく聞くと、"精霊"とは違うが近い概念として、この世界には大まかに『霊』が存在しているんだとか。
その中の『言霊』という人間が創り出すことができる霊を、結晶体に封じ込め扱うことができる技術が『霊晶術』と呼ばれているそうだ。
霊晶術もさらに千差万別の種類があり、その中にはコヨミが知っている知識、元の世界の創作物に登場した"結界"に似た現象を封じ込めた物もあるらしい。
「そんなのも存在してるんだな。この世界‥‥‥」
多くの文化形態と、元の世界を逸脱した現象技術の数々。
自身がそれに対抗できるかはともかく、聞く限りではある程度コヨミでも利用できるものはありそうな技術だ。
知っておいて損はないだろう。
「ヨウコはそれを、今使えたりできるのか?」
「うん。そうだね、一応。普段からいくつか言霊を封じ込めた結晶を持ち歩いているから、ある程度は使えるよ。」
コヨミはそれを聞き少し安堵する。
現状それらしい生存手段を持ち合わせていないコヨミは、強気なことを言ったとて、せいぜいが肉壁になる事しかできない。
だが今、珍しく気概だけはある。
もし何かあっても、ヨウコが逃げる時間稼ぎくらいはしてみせるつもりだ。
「無理だったら構わないが、その『霊晶』っての見せてくれないか?」
「別にいいよ。情報共有はできる限りしたほうがいいからね」
そう言い、ヨウコは右ポケットから多色の結晶を取り出した。
見れば見るほど、不思議な魅力があるそれは、一つ一つから何か"感情の色"のようなものが感じ取れる。
――いつも人に見ている、オーラに近い気がするな。
「すごいなこれ。言霊を封じ込めた、ってのも納得がいく代物だ」
「そういうのわかるの?直感?」
「まあ、そんなとこかもな。結晶を纏って見える空気の色が、それぞれ違う気がするし‥‥‥」
その言葉を聞き、ヨウコの感情が一瞬揺らいで見えた。
何か、別の者が重なったようなブレた感じの感触。
それは今まで感じたことない、絵具の色を配合したような感覚で言葉に言い表すにはわかりずらい物だった。
だが、あまりに瞬間的なことだったため、コヨミは勘違いだと思い気に留めない。
今は、それどころではないのだから。
「どう?役に立ちそう?」
「それも、物の使い方次第ってところだな。とにかくどんな種類の霊晶が今手持ちにあるのか把握しないとなんとも。」
「それもそうだね。」
ヨウコが初めに言ってない時点で、直接的な解決方法に繋がる霊晶術は、おそらく今はないのだろう。
だが、整理すれば組み合わせ次第で使えるものがあるかもしれない。
――もしかしたら、この見えない壁も壊せるかもだしな。
そう考えたコヨミは、ヨウコが持つ霊晶の効果内容を一つ一つ整理し始める。
『飛翔』:弱い言霊を封じ込めた使い捨ての霊晶。合計で三分間願った方向へ任意で飛ぶことができる。(三人まで)
『盾』:この霊晶の上限まで魔力を溜めた状態なら、"一度だけ"身に着けた対象に向けられた攻撃を、"どんなものでも"無効化することができる。
『守護』:発動すると、結晶を中心とした半径十メートル範囲に円球のバリアを張ることができる。内部にいる生物をある程度まで治癒し、外部からの攻撃を一定まで防ぐことが可能。
『地界特攻』:自然や大地を媒介とした精霊術を一時的に、燃やし尽くすことができる。ただし、対象を目に入れていないといけないうえ、魔力消費が大きく最大でも二度しか使えない。
『伝心』:同種の霊晶へ、声を届けることができる。コツが必要で、強く念じてから使用しないといけない。だが、何度使用しても壊れることのない優れもの。
『媒介』:どんな言霊でも、封じ込めるとができる霊晶の元素材。ヨウコが改良したものを使えば、霊晶を即席で創ることも可能。(ただし、一度使用すると壊れる)
今、手元にある霊晶はこの六つだそうだ。
コヨミが理解できない、知らない単語も出てきたが、大体の効果はわかった。
その中でも特に、コヨミが気になったのは、
「この、"盾の霊晶"ってやつをつけてれば、二人とも即死ってのはなさそうだな」
聞いた限りでは、かなり無茶苦茶な性能をしている"盾の霊晶"。
例えるなら、命のストック。どんなダメージも一度だけ肩代わりしてれる、
なんて、どんな仕組みで成り立っているのかはさておき、これさえあれば一応は安心できる。素人目で見ても完全完璧な代物だろう。
「ヨウコはこれを肌身離さずもってろよ?どんなことがあるのか判ったもんじゃないしな。」
「‥‥‥え」
突然困惑に満ちた、拍子抜けた声を出すヨウコ。
直前まで真剣でこわばった表情だったのが嘘のように変わり、コヨミもそれを感じとる。それと同時に、自分が常識知らずなことを言ったのかもしれないと、疑問に思い、ヨウコに尋ねた。
「どうしたんだ?」
「‥‥いや、この霊晶があれば死ぬ心配が減るんだよ!?」
「お前の説明からして、まあ、そうなんだろうな。よかったな」
コヨミの返答を聞き、さらに唖然とした表情をするヨウコ。
思っていた答えと違い、戸惑っている様子だ。
「こんな人もいるんだ‥‥‥てっきり、教えたら力づくで奪いに来るものだとばかり、希少な物だし‥‥‥」
コヨミの人物像をうまく把握しきれていなかったのか、ヨウコはコヨミの顔を見つめたまま固まっていた。
どうやら、その霊晶は中でも希少な物らしく、それを見せたら血相を変えて奪ってくるものだと勘違いしていたようだ。
少なくとも、この世界ではそうなのかもしれない。
それを理解してもなおコヨミは、
「いやいや、いくら俺が屑でも、そんな情けない真似しねえよ!!ってか戦っても負けるの俺だろうし、死ぬのが嫌で駄々こねて人の物奪うとかそれ正気じゃないだろ……」
とツッコミを入れる。
コヨミは自分がそのように見られていたことに、多少のショックを覚えた。
いくら何でも、"その評価はあんまりだと"。
だが同時に、元の世界であったとしてもそう見られるのは仕方ないのかもしれない、とコヨミは納得してしまう。
目つきも悪く、怪しい人相にぼさぼさの髪。
そのうえ、得体のしれない人物なのだから、そう思われるのも当然だと言える。
コヨミがそんな風に考えているうちに、少しづつヨウコの表情は緩んでいきくすくすと笑いだす。
「ごめんごめん。少し偏見が過ぎていたみたい。」
「‥‥少しは信頼してくれよー?」
コヨミ側が勝手に大きな信頼を置いていただけで、本来ヨウコには関係のないことなのだが、そこは人が良い為すぐに謝ってくれた。
それだけで、コヨミが一瞬思った落胆もすぐに消え去る。
「っていうか、こんな話してる場合じゃないんだよ」
コヨミは話を戻すべく、思考を切り替え現状の打破の方にシフトする。
先ほど、ヨウコが説明してくれた霊晶の数々。
それらを駆使する方法と組み合わせは、すでにコヨミの頭の中にぼんやりとだが浮かび上がってきていた。
「とりあえず、思いついた方法をいくつか試してみようぜ。どうにこうにも、」
「やってみないと解らない、そうコヨミは言うんでしょ?」
「その通りだ。」
「‥‥少しだけ、君のこと判ってきた気がするよ」
嬉し気に微笑む表情を見せるヨウコは、ひとまず自分が知っている霊晶の扱い方をコヨミに話していく。それを基に、コヨミはすでに思いついていた方法の粗を削っていき、いくつかの作戦を立てた。
そんな廊下での知恵交換会は、先刻中庭であったことを忘れさせるほど楽しいもので、久しく忘れていた感情をコヨミに取り戻させてくれる。
果たしてこんな二人の作戦会議は身を結ぶのだろうか‥‥‥