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第一幕 不死になった異世界転移  作者: hubuki
第一章
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第五話「揺らいだ空気と朝の匂い」

眠りから覚める。コヨミはその行為が大嫌いだ

昨晩、疲労し体力も尽きて本日はこれにて仕事完了。

一日を終えて、やっとの思いで寝られた。というところで、いつも悪夢に魘される。

ずっと、ずっと昔の夢が恐怖となって迫りくる

そんな地獄を逃げ切ったと思った瞬間に、

重い重い、まるで体中が水で覆われているような感覚で、朝日と共に目が覚める

そんなことが毎日毎朝続くものだから、コヨミは"目覚め"を忌むべきものだと思っていた。

少なくとも、今までは。


「――あ。起きた」


暖かいふかふかのベット。

本屋で漂うようなそんな独特の香りに、

いつも感じる不快な目覚めとは程遠い、すっきりとした気持ち。

そして、横から聞こえる声。


「‥‥‥は?」


耳元で囁かれたのは、寝起きの頭にすんなり入ってくるほど澄んでいて、曇りが一切ない少女の声だった。普段なら絶対にありえない状況。


――今隣に少女がいる。

そんなことを考えているうちに、ここが自分の部屋ではないことにコヨミは気が付く。


「知らない天井‥‥‥」


そんな定番のセリフを口に出す。

少しずつ、曇った目が晴れていき、コヨミは意識を失う前の出来事を思い出していった。

今、自分が置かれている現状。

そこにたどり着いたコヨミは、隣にいる少女に質問する。


「‥‥‥なあ?なんで、お前は隣で寝てるんだ‥‥?」


「え。眠かったからだけど。」


答えが答えになっていない返答をするホルン。

意味が判らない‥‥‥知らないやつと同じベットで寝るか普通?

――と、正常な思考で思うも、ここまでのとんでも展開で感覚がマヒしたコヨミは、理解を放棄し納得することにした。


「まあ、それはいいとして。お前は誰だ?」


「昨日、会ったでしょ。私は、ホルン、だよ。」


誰、という文字が、一瞬頭をよぎるもすぐに思い出す。

シノに着いていった先の変な小部屋で研究をしていた、蒼銀の髪の少女だ。

確かに眠る前、コヨミはこの少女に会っていた。


「悪い忘れていた。で、これはどういう状況なんだ?」


そう言いながら、少し重い体を持ち上げ、ベットから出ていこうとするコヨミ。

だが、何かに手を引っ張られて、うまく布団から抜け出せない。


「えーっと、‥‥‥手を放してくれ」


――ホルンが、俺の手を強く握って離さない。


コヨミは少し腕を動かし、逃げようとする。

だがホルンの手が、鋼鉄のように固くてびくともしない‥‥‥

そんな力んだ腕を振るわせ、少し動揺するコヨミに対し、ホルンは意を介さぬように話を続ける。


「昨日、あなたがここにきて、そのあと、白乃は私に全部まるなげして、部屋を去っていった。以上」


「なるほど‥‥‥てか、俺そんなに寝てたのか」


ホルンは端的に経緯を説明し、コヨミはそれに頷くしかなかった

理不尽に黙らされ気を失い、挙句の果てには完全放置。

シノはとても、助けてもらえる人物とは思えない。


「‥‥‥やっぱ頼れるのは自分だけだな」


「‥‥‥なに、独り言?」


「いやまあ、それもそうだな。言ってても仕方ないか」


一晩寝たからなのか、心は静まり返った水面のように落ち着いている。

だが、なぜか体が重い

手を握られていることを抜きにしても、体の中心に鈍い痛みが残っている。

コヨミはその理由を思い出した。


「でも、あいつは一発ぶんなぐってやる」


それと同時に、シノへの苛立ちが募っていく。

あの時何故、自分が実力行使を受けなければならなかったのか

そう、一瞬考えたが、こちらから蹴りにいったことも思い返すと

そこまで、不思議ではないかと納得する。


「‥‥‥とにかく、あなたの調べは付いた。」

「一見すると、この世界の人間みたい、だけど、どんな亜人にも、属さない型がある。それに魔力は使えないほどじゃないはずなのに、魔法への適正が、ほとんどない。」


魔法という非科学的な物の構造を、いまいち把握していないコヨミでも

思い当たる節があった。

街で見ただけではあるが、水を運ぶ用途で使われていたものや

先日体験した、口の周りを一瞬のうちにテープのような物で固めていた、あの事象のことだろう。



「そりゃそうだ。俺は昨日まで"魔法"なんてのは架空の物だと思ってたわけで、

使ったことなんて一度もないからな」


「違う。そうだとしても、適性がない、のはおかしい。それに、魔素への耐性も皆無。明らかに、生物として破綻してる」


「なるほど‥‥‥」


魔素とは、漫画などでよく見かける単語だ。

ある作品では、空気中に漂っている物でまたある作品では、魔物が放っている物。

多種多様ではあるが、多くの作品では架空上の元素や粒子といった設定がとられている

現実である以上、当てになるかは解らないが少なくとも予想は付く。


「そんな破綻した生物が、なんでまだ生きているんでしょーか?」


「うーん。そこまでは、解らない。もとりあえず、仕事はやった。今から、研究の続きを、やる」


そう言うと、ホルンは握っていた手を離し、離れたところにある机に向かっていった。

机の上には、設計図のようなものが置いてあり、何かの作業の途中だったようだ。

コヨミはその様子を目で追いつつ、辺りを見回す

よく考えると、昨日コヨミが倒れた場所とはずいぶんかけ離れた部屋。

大きな図書館というか、それに研究所が合わさったような場所。

機材類や本が空中に浮かんでいて、訳の分からない巨大な装置なども見える。


「おい、ちょっと待てよ。ここは一体どこなんだ?」


「‥‥‥ここは、私の魔導書庫、研究部屋。もう研究に戻るから、邪魔しないで。」


ホルンはそう告げると、椅子に座り、筆を進め始めた。

コヨミは言われた通り邪魔をしない、なんてことはできなかった。

何故なら、これからどう動けばいいのか皆目見当がつかないからだ

昨日、二人から聞かされた話によると、少なくともコヨミはシノにとって、重要かつ厄介な人物ということらしい。あの様子からして、勝手に館から出ていこうものなら、力でねじ伏せられて、即刻連れ戻されることになるだろう。

よって、これからどう動くべきなのかホルンに尋ねなければならない。


「邪魔しないは無理だ。だが、簡潔に話すよ。」

「俺はこれからどうすればいい」


「‥‥‥知らない。でも、扉から出た先を、真っすぐ、歩いたら‥‥シノの部屋がある。そこに行って‥‥‥これを‥‥見せたら‥‥説明してくれる、と思うよ。」


作業を続けながら、何だかんだ聞かれたことに答えてくれるホルン。

その説明が終わり、"これ"と言ってコヨミに差し出したのは丸まった書簡。

紐で結んであり、赤い封蝋がしてある。

コヨミはそれを自分の鞄に入れて、言われた通り部屋を出た後まっすぐ行った先、シノの部屋に向かうことにした。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


部屋を出ると、岩がこすれるような音がした後、バッタンと勢いよく扉が閉まる。

何かの仕組みが作動したのかもしれない


「こっちで合ってるよな‥‥‥」


そう言いつつも、ホルンに言われた通りに進んでいるのだから間違えようはない。

見慣れない建物だからこそ来る不安なのだろう

真っすぐ、最短距離で歩き約三分

他の扉とは明らかに違う、白い扉の部屋。

ここが、シノの部屋だろうとコヨミは確信する。


扉を四回ノックし、声をかける


「白乃ー?ホルンに言われてきたんだけど、いるかー?」


ちゃっかりと呼び捨てで呼んでみるが、暴虐の姫に敬称をつけるのも癪。

そう思いコヨミは、呼びやすい方法をやり返しと言わんばかりに使うことにする。


呼んでから数十秒。

中からの応答はなく、代わりに慌ただしい物音が聞こえてきた。


そこから少しすると、その音は止み、足音が早々とこちらに近づいてくる。

それに心なしか扉の前で「ッチ」と舌打ちが聞こえたと思う


「‥‥‥朝早くから、何の用‥‥貴方でしたか」


「何だよ、その如何にも嫌そうな顔は。」


不機嫌そうにコヨミの顔を見ているシノは、すぐに視線をずらし体の向きを変える。


「‥‥場所を移しましょう。ついて来てください」


「またかよ」


スタスタと早足で、シノは廊下を進みどこかへと向かい始める。

この流れに慣れたのかコヨミは少女の後をついていき、目的の部屋であろう所に着いた。

入り組んだこの館には、多くの部屋があり、その数だけ扉がある。

ホルンの部屋の扉も、他のものよりかは幾分か大きかったが、これは今まで見たどの扉よりも巨大だ。

人生でここまでの物を見たのは初めてかもしれないな、とコヨミは思う。


「‥‥‥外観で見たよりも、この館はデカいのか?こんな部屋、収まりきらないだろ普通。」


「いちいち驚かないでください。世間知らずも甚だしいですよ」


どこまでも見下したような目で、コヨミに吐き捨てるように嫌味を言う。

それに何か意図が込められているのでは、と初めはコヨミも考えていたが、そうではなくシノの"これは"純粋なまでの悪意。

一見すると汚れ切った貴族のような立ち居振る舞いだ。

だが、どこか寂しげで何もかもがつまらないとでも言いたげな心の内が、その目の奥には見える。


――コヨミは、人とというものを心の底から嫌悪している。

どんなに良い人物でも、いつかは裏切ると考えているのだ。

だからこそ、昨日まで人を避けて生きてきた。

不慮の厄介ごとに巻き込まれ、他人に頼らざる終えない状況になったからこそ関わっているだけ。


だが、その実コヨミは人をよく見ている。

分析し続けて、わずかな『人の善性』という可能性にすがり続けてきた。

そのため、誰であろうと一目見るだけで、その人物の人間性と、今抱いている感情が大体解るようになってしまったのだ。

それは体に纏わりついたオーラのように、感覚で理解できるもの。

コヨミは最近、それを見ないようにしていた。


――だが、ふと魔が差す。

この少女は何を思って今生きているのか、ここまで悪態をついて自分に何を思っているのか、と。

そう考え、真剣に相手を見てみることにした。


するとそこに有ったのは、

――ただの静寂。

暗闇の中、ただ風の音だけが木霊するようなそんな形のオーラを彼女は纏っていた。

一糸乱れず有るその陰には、どこか諦めているような感情も感じ取れる。


全てが切り離されている。まさに孤高で虚構。

何もない、今までシノが発した感情ある悪態も全てはそう演じている

あるように錯覚しようとしているだけ。

あるいは、切り離そうとしているのだ。

ただただ、白く何の色もない

こんな人間は初めて見たと、コヨミは思う。


「‥‥‥こいつなら。」


「何、ぶつぶつ言ってるんですか。早く席に着きなさい」


そう促されコヨミは中に入る。

中は食堂のようだ、縦に長いテーブルに横に並んだ多くの椅子。

その奥には巨大な青いランタンのようなものが、空中に浮いている

それは、くるくると回転し続けて粒子状の物を吸収していた。何かの動力に変えるように。


とにかくコヨミはシノが指で指した、向かいの椅子に座る。


「‥‥‥で、俺はこれからどう動けばいい」


――ひとまず思ったことも、こいつのことも後回し。

今は、自分がこの世界で生き残ることに思考を絞る必要がある、とコヨミは判断した。

シノはコヨミの言動に少し驚いた後、冷静にこれからのことについて話す


「‥‥少しはマシになったようで良かったです、これで話を進められます」

「‥‥‥貴方には、誰にも知られず、とりあえずは二カ月間。この城でこれから生活してもらいます。」


コヨミの問いに対して簡潔に、シノは要望を超えた命令を下す。

だが、コヨミはそれに反対することはできない

昨日、追加の情報としてこの世界には、元居た世界での並の人間では、到底太刀打ちできないであろう『魔法』の存在をはっきりと理解できた。

それなのにコヨミはこの世界の常識も文化も、一部しか知らない。

そんな現状で、一文無しかつ武力を持たないコヨミはすぐに死ぬだろう

何も抵抗できず昨日、気絶させられたのがいい証拠という物。

――だから、この提案はチャンスでもある。


「解った。だが、一つこちらからの頼みを聞いてもらいたい」


「‥‥‥何でしょう」


一瞬間を開け、コヨミは今できる最善を取る、そのための要望をこちらからも伝えることにした。


「――俺に、生き残るための術を教えてくれ。」


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