第四話「賢の姫?」
村の中を少し進み、遠くからでも見えた巨大な館、その門を潜る。
白と青を基調とした荘厳な屋敷に、広い庭園‥‥‥‥
本来ならコヨミが生涯をかけても見ることは叶わなかったであろう光景が
そこには広がっていた。
ひらりと、髪を揺らす爽やかな風が、近くの木々を通り過ぎていく‥‥‥
その感覚は、頭では理解していても今の今まで実感はなかった、
『異世界』という物をコヨミに理解させた。
「暦様、こちらに――」
そう館の扉に手を掛けながら、狐っ子は先に進むように勧める。
それにコヨミは少し躊躇うも深呼吸をし、息を吞み、覚悟を決め足を踏み出す。
――目の前の扉が開かれた。
「‥‥‥凄いな。」
館の中は想像したよりも遥かに広く、豪華な内装で玄関ホールだけで何畳あるんだと、言葉にならないスケール。天井には淡い光を放つシャンデリアが吊るされていて、奥に続くであろう廊下も、とてつもなく長かった。
唖然としつつも、前にある階段から誰かこちらに降りてきていることに気が付く。
「――あれ、客人?」
コヨミの目に入ったのは、白いローブを纏った少女。
耳にかかった癖のない白色の髪に、少しジト目の青い瞳。
その視線はこちらに気づくや否や、コヨミに対して明らかに嫌悪感を示しつつ
探るような目を向けた。
――どこかで見た雰囲気だ。少し心当たりがある気がする。
「お前は‥‥‥」
「‥‥えーっと、昼間に会って俺をガン無視した少女、で合ってるよな‥‥‥?」
異世界に来て初めて対話を試みた時、あえなく大失敗を経験した相手。
それが目の前の少女だ。そう気づくと、コヨミの据わっていた眼は緩んでいく。
「‥‥あ、違うか?」
「ちょ、それ以上、話さないで。」
少女は、コヨミの発言を聞きなぜか焦りだし、これ以上話させまいと制止しようとする
このやり取りを横で見ていた、狐の少女は話が読めないのか輪に入れず
きょとんとした表情で、二人に質問した。
「あの‥‥お二方はお知り合いで?」
「知り合いっていうか‥‥できれば忘れたい、嫌な思い出溢れる相手、というか‥‥‥」
そう言葉に出した後、頭にいやな想像が浮かぶ
――話す相手は、この国の貴族にあたる人物だ。
そんなお偉いさんを相手に、思ったことをそのまま口に出してしまった
これは、非常にまずいのではないか‥‥‥
そう思いコヨミは動揺し冷や汗をかく。
「‥‥‥」
その様子を見透かして、白髪の少女はコヨミに焦燥の含まれた、釘を刺すかのような視線を飛ばした。
「‥‥ああ。悪い。人違いだったみたいだ」
それに気づいた、コヨミは、咄嗟にごまかし少女の意図に合わせる。
ここで、恩を売れれば、多少融通を利かせてもらえるかもしれないが
逆に反発すれば、後々厄介ごとになる可能性が高いだろう。
口裏を合わせておくのが最善だ。
「‥‥で、どういう経緯で、こいつを連れてきたの?」
「‥‥‥いや、やっぱり言わなくていい。」
少女は、狐っ子に経緯を問いただそうとするが
すぐに状況を理解する
何か行き当たる節があったようだ。
「白髪の男が、城に招かれた。で、合ってます?」
「はい。その通りです」
そう言うと、少女は少し考え込んだ後
どこかに連れて行くべく、『ついて来て』と一言だけ言葉をかけ一瞥すると奥に歩いて行った。
「では、私はこれで」
そう言い残し、狐っ子は館から去っていく
コヨミは少し迷った末、どうしようもないので白髪の少女の後を追うことにした
「‥‥‥なあ?お前は一体何者なんだ?」
ずっと思っていた、当然ともいえる疑問。
昼間に話しかけた相手が"偶然"コヨミが辿り着いた霧の先に居て、
そのうえ、この国では高貴な存在に当たる人物だった――なんてことはありえない。
一つ、二つならともかく、ここまで偶然が重なることはないだろう。
何か理由があって、昼間彼女はあそこにいて、コヨミはここに居る
それが最も自然で納得のいく形だ。
「‥‥はぁ、私は『人間』、名前は白乃。」
「貴方に興味はありません。何も聞かず黙ってついてくるだけでいい」
その発言を聞き、コヨミは心の内で多少の苛立ちを覚えた
だが、何かしらの理由がある可能性もある今、声を荒げ文句を言っても仕方ない
そのうえ現状況は、コヨミはこのシノという少女に不本意でも助けられている状態。
黙って付いていくほかないだろう
コヨミは自分にそう言い聞かせ、状況も解らないまま、少女の後ろについて行く。
そうして、暖色のカーペットを踏みしめ、廊下を進んだ先の小さな執務室のような部屋に着いた。
着いたとたん荒々しくシノは扉を四回たたき、中にいるであろう人に声をかける
「今日は居るかしら‥‥ホルン!!」
そう呼ぶと数秒後に小さな声で、気だるげな返答が返ってくきた。
「‥‥入るなら、勝手に入って。」
その声は、コヨミが今まで聞いたことがないほどきれいな声だった
アニメの声優が、キャラクターを演じているときのようなそんな声。
日本にいたならその道で、飯食って生活できる、と断言できるほどに落ち着いていて、澄んだまさしく天使の声だった。
コヨミは少し驚き動揺する
そうしているうちに、シノは部屋の扉を開け、そそくさと中に入っていった。
それに続いてコヨミも入っていき、声の主の少女を目にすることになる
「相変わらずですね。今日はずっとここで研究してたの?」
「‥‥‥邪魔しないで。今、新しい元素が見つかりそうだから‥‥」
シノが話しかけても、筆を進める手を止める様子がない、
目の前の"ホルン"という名の少女。
彼女は蒼と白銀が絡まり合ったような配色の髪を持ち、三つ編みで金色の縁でできた丸い眼鏡をかけている。
本が似合う文系少女と言って差し支えない見た目をしていた。
だが、顔よりも眼鏡は大きく幅があっていない。
体格はコヨミの横にいるシノよりも小柄で、
羽織っている白いワンピースと茶色いローブ、それに頭に被った大きな黒い魔女帽子も"服に着せられている"ような洋装。
着ているものが全てオーバーサイズで、それを着崩して身にまとっている。
その姿は、コヨミがこの世界に来て見た誰よりも"異世界人らしい"と言える、そのまま漫画から飛び出てきたような容姿をしていた。
「悪いけど、今回はだめ。」
「困った事態になったの。この人を調べてくれない?」
コヨミが愕然としていると、シノは状況をホルンに伝える。
そうすると、よほどのことと理解したようで、しぶしぶシノの方へ目を向けた
シノの隣に立つ白髪の少年。
それの姿を目にした途端、ホルンはすぐに立ち上がり、そそくさと無言でこちらに近づいてくる。
「‥‥なんなんだこいつ!?」
「――動かないで。」
そう言うと、彼女はぺたぺたとコヨミの体を弄り、嗅いだり不思議そうに見つめたり
多種多様な身体検査を行い始める
一言だけかけられた言葉と、あまりに接近し寄ってくるホルンの様子に戸惑いつつも
コヨミは言われた通り動かないようにするしかなかった。
「‥‥ほんとに、白髪の男‥‥しかも人間‥‥‥」
「あなた、霧の外から、来たの?」
「一人で?」
よほど興味を惹かれたのか
しばらく同じような動作を繰り返した後、彼女はコヨミに質問をする。
それに動揺しつつも、
「あ、ああ。一人で、普通に歩いてたらいきなり霧の門が現れて・・・・」
「入ってみたらここだった」
コヨミは聞かれたことを、ありのまま、素直に答えた
その様子を見ていたシノは嘆息しながら、
「はぁ、本当なんですね。‥‥‥面倒なことになった。」
想定通りだったようで、不愉快そうに言葉をこぼす。
コヨミはただただ、意味が解らず、依然答え合わせができていない状態で
話が見えてこない様子。
何故、ここまで自分が注目されているのか、何故自分はここに通されたのか
全てが推測の域を出ず、謎のままである。
「なあ?そろそろ、俺がどういう状況か説明を求めてもいいか?」
「状況についていくのも、限界なんだが‥‥‥」
そうコヨミが言葉を溢すと、ホルンが先に反応し問いに答えてくれた
「‥‥伝承。」
「伝承?」
「そう。白の家に三百年前から代々伝わっている伝承であり予言。」
「『白の家に属さぬ白髪の男が、どこからともなく霧に招かれ現れる。その人間は世界を超越し、来る災厄を撃ち滅ぼすであろう』‥‥‥そんな感じの予言が残ってるの。」
いきなりスケールのデカい話が飛び出てきて、コヨミは当然付いて行けてはいなかった。
だが、理解はしなくてはいけない
そこでコヨミは頭をフルに使い、冷静に分析するていを保とうとし始める
要約すると、この予言とやらは異世界物あるあるの勇者の予言というやつだ。
信憑性はどう考えても皆無だが、現にこれが差している"白髪の男"とは俺の特徴と酷似している。
その英雄ともいえる世界を救う者が、いきなりこの場に現れたかもしれない‥‥‥
――と、こいつらは疑っているわけだ。
「‥‥‥は?俺がその話に出てきた英雄様勇者様なわけがないだろ?」
いくら考え直しても、コヨミは思考の末、辿り着いた結果に納得できはしなかった。
"自分がそんな大それたもののはずがない"と、心から思っていたからだ。
そのコヨミから出てしまった浅はかな疑問に、仕方なしとシノは答えた
「だから、困っているんです。魔力はよく言ってもそこそこ、覇気もない生気もあまり感じられない、そんなただの人間が"白髪である"ということ。」
「たとえ、予言通りでなくてもそれだけで大問題ですから‥‥‥」
少女がそう険しい顔で告げると、二人はしばらく沈黙する
ホルンは、むむむ‥‥といった声を出しながら考え事をしていて
シノは頭を抱えている。
そんな場の空気を打ち破るがごとく、コヨミは当然の疑問を投げかけた。
「‥‥‥いや、それだけで何が問題なんだ」
予言があるということも理解できる。
霧の外から、突然人に入ってこられた、ということも何か重大なことなんだろうとコヨミは理解した。
だが、"白髪である"ということだけでなぜ問題になるのかは意味が解らない
ここに来る途中の村でも髪が白い者は少なからずいた。
――俺だけそんな問題になるか?
「‥‥決まっているでしょう。人類で白髪であることは、白の家の者特有の"証"なんですから」
「いやいや、人間誰であれ年老いれば、白髪になるし、アルビノとかもあるだろ。
村のやつにも髪白い奴いたし、なんで特有の証になるんだ?」
一通り、思っていたことを並べ捲し立てるコヨミ。
だが、それを聞いていたホルンは意味が解らないといった様子で
コヨミの発言を疑問視する。
「‥‥‥ん。そんな事象は、存在しない。別に人間は年をとっても、髪は白くならないし‥‥」
「その‥‥‥アルビノ?ってなに。そんなものがこの世界にあるの?」
本を読みながら答えるホルンの言葉を聞いて、コヨミは思い出す
――そうだ。ここは異世界なんだった。と
「‥‥‥あ゛ーもういやだ」
「そうだな。確かにこの"世界"にはないわな‥‥はぁ‥‥‥」
何度も、再認識させられる。
今がどれだけ非現実なのかを。
コヨミの常識は、ここでは通じない
「意味の解らないことを言って、話を逸らさないでください。」
「まだ、ホルンへの話は終わっていませんから、貴方は大人しく黙っていて」
あまりの言いようにコヨミは苛立ち、
そう言ったシノに向けて、文句を一言言ってやろう。
そう考えた瞬間、
「うぐッ‥‥‥」
突然口に、何かが纏わりついてきた
目を下に向けると、それは黒い養生テープのような物が、顔に一回り二回りと巻きついていた
この目の前の少女は物理的に黙らせてきたのだ
コヨミはそのひどすぎる扱いに、抵抗して見せようとするも――何故か剝がせない。
粘着性は感じられないテープなのに、剝がそうと爪を入れようとしても掠るだけ
「危害を加えるつもりはありません。これ以上話の邪魔をしないでください」
この状況にコヨミは確信する
漫画などのフィクションでは、人間が超えられない"理不尽"という物が度々描写される。
この世界にもあったのだ
――魔法や異能力といったバカげたファンタジーが。
(ざッけんな‥‥!)
シノに対し、コヨミは動かせる足で蹴りを喰らわせようとする。
しかし、
「大人しくしていろ。といったでしょ」
攻撃が顔に当たる直前に、目にも止まらぬ速さで手を間にいれられ、コヨミの攻撃は難なく止めてみせられた。
多少鍛えているような風貌であったにしろ、コヨミよりも小柄な少女。
そう舐めてかかったものの、腕はびくともしていない。
「汚い足で、私に触れるな!!」
事態に驚き、コヨミが動揺している一瞬の間に、少女は腰にある剣を鞘から前にずらし
コヨミの鳩尾に一撃入れた。
「ッつ・・・・・・」
懐にもろに喰らってしまい
コヨミはあまりの痛さに悶絶する間もなく、その場で卒倒する。
‥‥‥段々と意識は朦朧としてきて、闇の底へと沈んでいく
「ここで、そんな暴れないでよ」
「‥‥‥すみませんでした。」
一連のやり取りを見ていたホルンが、不満げにシノへ苦情を伝える。
そんな様子と二人の声を聞いたことを最後に、コヨミの意識はプッツリと完全に途切れてしまった。
――なんて、理不尽なんだ
と、そんな心の声を最後に‥‥‥‥