第三話「狐っ子の使い」
目の前に突如として現れた白い霧でできた門。
それは、コヨミに『この先へ足を跨いで進め』と言わんばかりの魔力を放っていた
得体のしれない謎の現象
そんな出来事に何度もコヨミは遭わされている
しかも、一日の内に。
「‥‥クエスト、イベント、試練。しかも強制‥‥‥?こういうのは前のをクリアしたら出てくるもんだろ!!!!」
コヨミはその場で唸り声を上げつつ、ストレスが限界突破していた
「同じ日の間に起こりうるトラブルの許容限界を知らないのか!?」
当然のことだ
コヨミは日本で、家にこもりっきりだった十七歳の少年だ
そんな彼が考えることができる範囲など、精々が一つ二つの宿題を片付ける程度。
こんな異常事態が立て続けに起こって、"最善で対応しろ"というのは無理な話だ
‥‥だが、この場で踏みとどまっていても意味はない
何も進まないのだ
そういうものだと、割り切る事しかできない。
「‥‥霧に入った途端"即死"とか言われたら、流石に詰みだぞ。」
可能性を考えていてもキリはない
――ここは潔く挑戦しようじゃないか
「‥‥‥行こう」
気持ちに踏ん切りをつけ、目の前の霧に潜る。
不可思議な霧はひんやりとした感触がした
そうして警戒しつつ、勢いをつけて足を進めた先には――
「‥‥‥」
またもや、知らない土地が広まっていた。
先ほどいた場よりも、暖かく空気が辺りを包んでいる
周りにあったはずの建造物はなく、代わりに木々が生い茂っていて
昔想像した、アルプスの森のような場所。
「えー‥‥もう考えるのはやめたい」
状況がころころと変わる
一つ整理したら、また新しい情報が解禁されて、また整理して‥‥‥‥その繰り返し。
疲れきった少年の脳に思考する余地は、もう残されていなかった
コヨミは、一度考えることをやめ、ぼーっと辺りを散策し始める
砂利や砂であまり舗装はされていないが、木々が生い茂っていない道が長く続いている
そうして、数分歩き続けていくと、
向こうの方、道の先で、一人の少女が屈みながら花を摘んでいる様子が見えた
その少女はコヨミの存在に気が付いたようで、ひどく驚いた様子だ
「君は、だれですか?」
涙ぐんだ少女の顔
その姿をよく見ると、黒い狐の耳らしきものが頭から生えている
腰まで届く綺麗な黒色の髪に、華奢な体格。だが、同種の人間ではないのだろう
眼に入った情報を、ぼーっと頭に入れていたコヨミは
はッと、我に返り、話しかけられたことにようやく気が付いた
「‥‥あー、怪しいもんじゃないから一旦話を聞いてほしい」
「俺の名前は、鷹城 コヨミ。見ての通り人間だ」
「目の前に突然霧が現れて、それを潜ったんだが‥‥‥」
「気が付いたらここに。知らない土地なもんで、できればこの場所のことを教えてほしい」
コヨミがこの世界に来て初めて話した時は、
情報を得られず相手に怪しまれ、軽蔑されただけだった
だからこそ今回は、同じ轍を踏まないよう、出来るだけ誠実さを欠かないよう話している。
簡潔に、相手が逃げ出してしまわないように
「‥‥門が、城の外に、ですか?」
言葉を詰まらせながらもコヨミの言葉に、一生懸命返答する狐耳の少女。
だが、まだ警戒しているのか、こちらから一定の距離をとっている
「城?ここはその中なのか?」
ここら一体は見たところ完全に森。
集落などがあっても不思議はないが、ここが城の中だという話はさすがに信じがたい。
そのため、コヨミは頭を抱えて一通り考えを巡らすが、納得のいく答えは見つからなかった
その様子を疑り深く、見ていた狐耳の少女は見かねてか、
あるいは信用してくれたのか、
『ここから少し先にある、ケンキ様の館へ案内いたします』とだけ言い、
コヨミを目的地まで案内し始めるのだった。
数秒前とは打って変わり、ものすごく落ち着いた表情を浮かべている狐耳の少女。
歩き方も綺麗で、さっきまで慌てていたのが嘘のようだ
「んーっと、とりあえず、丁寧な対応をしてくれて、ありがとう」
コヨミは、あまり言い慣れていない感謝の言葉を伝える。
こんな見ず知らずの怪しい恰好をしたコヨミに対して、ここまで即座に対応してくれているのだ
そりゃ、感謝の一つも言わなければ罰が当たるだろう
「‥‥いえ、感謝されるようなことはしていません」
「当然のことだと思います。それに――」
と、何かを言いかけ、咄嗟に少女は口元を手で抑える
「いえ、なんでもございません」
少し血の気が引いた青ざめた顔を一瞬見せた後、再び冷静を装う少女
その様子を見て、赤の他人であるコヨミは聞こうとせず、
話題を変えるべく疑問に思っていたことを、道すがら少女に聞く
「あー、少し気になっていたんだが、ケンキ様?っていうのは誰なんだ?」
そういう名前なのか、はたまた何かの異名や役職なのか
それは言葉だと理解しにくいものだ
――もっとも、ここは異世界。文字に書かれても解らないだろうが
「ケンキ様は、この国の"王族"に連なる家系の中でも、最も崇高で最も権力を持っている、
白の家系で『姫』と呼ばれている方です」
「王族で‥‥姫‥‥」
ものすごい奴と会うことになっている。その事態にコヨミは困惑した
――この国の、姫?
「え、いや、なんで俺をそんな高貴な方に会わせることになったんだ!?」
「てか、会えるのか?」
ここのことを教えてほしいとは言ったものの、そんな人物に会うことになるなど
だれが想像できただろうか。
少なくともコヨミは考えつかなかった様子。
だが、そのようなコヨミを差し置いて、さらっと当然のように少女は問いに答える
「?当然です。貴方様が会えないのであれば、この国であの方を目にできる者はいないでしょうから」
「はえー、俺が知らない文化盛りだくさんだな」
――いや、何言ってんだこの狐っ子?
狐なのか人なのか、人狐と呼べばいいのか判らないので
"狐っ子"と仮称をつけさせていただくことにした。
それはさておき、何故コヨミはここまで重要人物扱いを受けているのだろう。
確かに一応異世界人?で、霧の門を潜ってここに来た不審者ではあるものの
前者は少女が知る由がないだろう
ならば、『霧の外から来た』ということが重要なのかもしれない
「‥‥着きました」
「ここが、城の中心。『ファルブレスの村』です」
「へえこれが‥‥‥」
考え事をしながら歩いていたせいか、
コヨミが思っていたよりも早く、着いた『ファルブレスの村』。
そこは広大な土地と、ところどころ空に光が舞っている光景が広がっていて
まさに秘境、楽園と言って問題ないほどの場所だった。
一つ先の山まで土地は続いていたが、その中心には大きな館が見える
館の周りには川に架けたアンティークな橋と紅葉林があり、その先まで並木道が続いていて、手前には小規模の村と呼べるほどの民家が建ち並んでいた。
この少女が連れていきたい場所はほぼ間違いなく、あの遠くに見える館だろう
「で、おそらく、あの館に俺を連れて行くんだよな?」
「そうだよ。‥‥違った、そうですね。
貴方様にはあの館に住まわれる姫様に会ってもらいます」
狐っ子の敬語が少し外れ、すぐに話し方を戻す
別段敬われることもしていないコヨミが、『別に楽な話し方でいい』という旨を伝えると、
「‥‥いえ。私はそのようなことが許される立場にありませんので」
ときっぱり断られてしまった。
先ほどから、狐っ子は"自分とは身分の差がある"と割り切っているように見える
どう考えても今助けられているのはコヨミの方。
もしかしたら、これが異世界から来たものが得れる特権だったりするのだろうか。
‥‥‥という考えがコヨミの脳裏に浮かぶが、すぐにそんな馬鹿なことはない
と考え直すことになった
どう考えても、他に理由があるのだろう
「‥‥そうか。まあ、言っても仕方のないことなんだろうが‥‥‥俺はお前に助けられている立場なんだ。いつでもやりやすい話し方に変えてもらって構わないからな」
そうコヨミが声をかけるものの、狐っ子は黙り込んだまま俯き
そのまま館への歩みを再開した――