Story5
闇。前後も左右も分からない、暗闇。その中に、存在感を放つ扉がそびえ立つ。その扉の向こうからは、水の流れる音と人間の賑やかな声が聞こえてくる。
扉の前には、黒猫が丸まっている。ここは、「未成年者の自殺者の魂」がやってくる空間。この黒猫は、この扉の門番である。ここへ来た魂に選択肢を与え、送り出す役割をしている。
今日もまた、一つの魂がやってきた。
「・・・問おう、何故に自ら死を選んだ?」
「私、同級生の男子からは暴力を受けるし、女子からは陰口言われたり物を隠されたり捨てられたりとかされて、嫌になったから・・・」
「分かった。ではお前の名を聞こう。」
魂は突然出てきた分厚い本と羽ペンに驚く。
「名前は?」
「黒木 七々です。」
「歳と性別を。」
「えっと、14歳です。女、です。」
「・・・楽しそうだな?」
「えっ!?あっ、いや、その・・・しゃべる黒猫さんとか、勝手に動くペンとか、空想の世界だと思ってたので・・・」
「ふむ。ではこれはどうだ?」
黒猫はいつものようにひと鳴きした。
「こ、これは・・・?」
「蓮池鏡といってな。お前がここにいる間の現世を見ることができる。」
魂は所々で子供っぽさを見せる。蓮池鏡にも興味津々で、でも怯えた色をしながらもゆっくりと近寄る。「現世が見える」という言葉に反応したのだろう。魂が覗き込んだ鏡の中は、教室と思しき部屋が映し出されていた。
『ちょっとアンタら、やりすぎたんじゃない?何やってんのよ!』
『そーゆーテメェらだって一緒じゃねぇか!笑ってるだけだったりモノ隠したりとかよ!』
『そうだけどさぁ・・・』
『責任はウチらだけじゃないからね。男子たちはウチらの倍くらいはあるよ。』
『はいはい、責任転嫁てやつですかぁ?同罪だろ、どう考えてもw』
『まずクラス全員生徒指導は当たり前だな。』
『邪魔者が消えてくれたから、生徒指導だろうがなんだろうが受けてやるわよ。』
『だな。邪魔者がいるだけで俺らの楽しい学校生活が台無しだもんなw』
笑い声が後を引き、蓮池鏡は閉じる。黒猫が魂の方に目をやると、少しばかり嬉々とした色を含んでいた。不思議さを抱えつつも黒猫はいつもの質問をする。
「お前に選択肢をやろう。この門の先を進むか、彼らに復讐するか。」
「それは、つまり・・・?」
「このまま死ぬか、現世に戻るか、だ。」
生か死か、突然目の前に突き付けられた選択肢を前に特に驚く様子もなく、無言ではあるがなぜか明るい色を含ませる魂。
「私、言い返したいことがあるんです。」
「それはつまり?」
「でも、私は死にたい。」
「どっちだね。」
「・・・言いたいことを言った後、またここに来ます。生と死、どちらも選択、ていうのは・・・可能ですか?」
「・・・1日だけ猶予をやろう。」
「ありがとうございます・・・!」
こういう選択をする魂は、極めて稀ではあるが今までもいた。前例が全くないというわけではないので、黒猫は猶予を与えることにした。魂は歓喜の色に包まれる。黒猫は扉を開き、魂をその先へ誘導、見送った後、定位置へ戻った黒猫の前でペンは「生死」と自動で書き留めて消えた。
ある日。
黒猫がいつものようにウトウトしている時だった。蓮池鏡はそんなのお構いなしに黒猫の前に出現する。驚くこともなくゆっくりと目を開けた黒猫がのぞくと、教室と思しき空間が映し出されていた。
決意を固めたような顔の七々。彼女の登校に驚くクラスメイト達。一人の男子生徒が得意げに拳を構えながら、喧嘩を売るように接近。七々はそれを真顔で見つめ返し、気味悪がった男子生徒は仲間の元へ戻る。女子はおそらく主犯格のメンバーであろう三人組で取り囲み、口々に何かを言っている。それすらも真顔で無言で見つめ返して退かせた。彼女はまっすぐと教卓へ行き、手にしていた紙切れを叩きつけた。そして彼女は叫ぶ。
『今から皆に面白いものを見せてやる。アンタ、さっきからずっと動画撮ってるよね。そのまま最後まで、ずっと撮ってて。終わったら共有しても良いわ。クラス全員でも、学校全体でも、ネット上でもどこにだって構わない。この紙切れはその後で読んでね。あ、今から動画撮影始めてくれても良いよ。面白いものが撮れるんだもん、盛り上げるには撮影者が多くないとね。』
そういうと彼女はおもむろに窓を開け放ち、振り返る。
『ここから先は、何も言わなくても分かるよね?』
彼女は足をかけ、そのまま飛び降りた。悲鳴が響き渡り、窓際に一斉にクラスメイトが押し寄せる。地面には彼女がうつ伏せに横たわっていた。現場を目撃してしまったクラスメイト達は、突然の出来事に思考停止して固まっている者もいれば、泣き出す者、教師を呼ぶ者、色々と阿鼻叫喚していた。そこで蓮池鏡は閉じる。黒猫があくびをしたとき、何かの気配を感じ取る。彼女の魂がやってきたのだ。
「なかなか、荒事をするのだな。」
「へへ・・・柄にもないこと、しちゃいました・・・。でも、これで心置きなく死ねます。」
「・・・分かった。」
黒猫のひと鳴きで扉が開く。その先の光景を見た魂は察したように自ら進んでいく。生前の姿に戻った彼女を見届けた黒猫はその場から去る。が、ふと彼女が持っていた紙切れが気になった黒猫は、扉が閉まり切った後にある場所へと向かった。それは図書館のような場所。ある一つの小さな本棚の前へ行くと、勝手に一冊の本が出てきて開かれる。そこにはあの紙切れの内容が記されていた。
『クラスのみんなへ
私は全然楽しくなかったけど、みんなが楽しめたならそれで良いです。とりあえず、みんなは私よりも下等な人間ということがわかりました。いじめという、しょうもない方法でしか自分の優位性を見いだせないような人間だもんね。それが分かったおかげで、私の学校生活はちょっと楽しかったです。ここに戻ってきたらみんながどんな情けない顔をするか見てみたかったんだよね~。
ま、とにかく、短い間だったけど、なんか色々ありがとね。邪魔者が居なくなった後の学校生活、心の底から楽しんでね!
黒木 七々』
黒猫は表情一つ変えずに本を棚へ戻した。その後いつもの場所へ戻り、ウトウトし始める。
月初から忙しい日々を過ごしておりましたが故、かなり遅い更新となってしまいました、申し訳ない・・・
何一つ片付いてないのに、「あれやりたいこれやりたい」が出てくるのをどうにかしたい。