Story3
闇。前後も左右も分からない、暗闇。その中に、存在感を放つ扉がそびえ立つ。その扉の向こうからは、水の流れる音と人間の賑やかな声が聞こえてくる。
扉の前には、黒猫が丸まっている。ここは、「未成年者の自殺者の魂」がやってくる空間。この黒猫は、この扉の門番である。ここへ来た魂に選択肢を与え、送り出す役割をしている。
今日もまた、一つの魂がやってきた。
「・・・問おう、何故に自ら死を選んだ?」
黒猫はいつもの質問をする。
「私は・・・、自分で言うのも変だけど、周りよりは成績が良くて、でも普段は読書ばかりしてるような根暗な人間だから、いじめられたの。」
「ふむ・・・。人付き合いはあまりしないお前はそれをネクラとやらと自覚し、そして周りからもネクラとやらとして扱われ、一匹狼のような生活をし、堂々としておるお前を鬱陶しく思った級友たちからいじめられ、飛び降りなんかしたのだな?」
「私はそう言ったわよね。」
冷徹に返された黒猫は、呆れ混じりの小さなため息を漏らす。
「だが不思議だな。一匹狼のどこが気に食わなんだというのか。」
「知らないわよ、そんなの。気味悪がったか、お高くとまってるように見えたのがムカついたとか、そんな理由じゃないの?」
「先ほどからのお前の口振り、いじめられたことに対する怒りや恐怖が感じられないな。もう一度問おう。何故飛び降りた?」
「あーもう、うるっさいわね!アイツらがどんな反応するか知りたかったの!!度胸試しみたいなものよ!良いとこ植物状態で済むように計算したけど、失敗したみたいだけどね。」
「どのような仕打ちを受けたかは知らんが、命は粗末に扱うものではない。」
不満を口にしながらも、黒猫はひと鳴きして名簿とペンを呼び出す。
「まぁ、ここに来たからにはこちらも対応せねばならん。名はなんという?」
「安西 寛和よ。」
「性と齢は?」
「そんなこと1回で聞きなさいよ。女、高2よ。17ね。」
「ではお前も一度で答えればよかったではないか。」
黒猫は思わず本音を口にしてしまい、一瞬だけ「しまった」という顔をした。魂は、言動とは裏腹に不安の色が混ざっている。彼女は感情を表に出さない人間なのだな、と黒猫は察した。
「ではお前に現世を見せてやろう。」
黒猫が再び鳴くと、魂との間に光と共に蓮池鏡が出現する。
「これは蓮池鏡。お前がここにいる間の現世を映すものだ。見てみると良い。」
蓮池鏡は2人の大人を映し出しており、魂は安堵の色を放っている。
『本当、何であの子が・・・。』
『家では何もなかったというのに・・・。』
『あの子の変化に気付かなかった私が悪いのよ。あぁ、何てことをしたのかしら・・・っ!』
『いや、僕も気付かなかった。全部が全部君が悪いわけじゃないんだ。そんなに自分ばかり責めるな。』
『でも・・・、でも・・・っ!』
「お母さん・・・、お父さんも・・・。」
蓮池鏡はさらに教室と思しき部屋を映し出す。
『ヤバいって!どうすんの!?』
『知らないよ!』
『うちらがやりすぎたから・・・。』
『俺らは悪くない。アイツのメンタルが弱かった、てことで良いんじゃねw?』
『確かに!うちら悪くないじゃん!ちょっとからかっただけでさw』
『でも、親にチクってないかな・・・。』
『それはないだろwだって、何の反応もなかったじゃん。』
そんな勇気、アイツにあるわけない・・・。最後にその言葉が響き渡り、蓮池鏡は消える。魂は怒りの色を放っている。黒猫は少し間をおいて、いつもの質問をする。
「お前に選択肢をやろう。二つだ。一つはこのままこの先を進む。要するにこのまま死ぬことだ。もう一つは現世に戻る。生き返るということだな。」
「・・・は?」
「さぁ、選べ。」
黒猫は魂の困惑を無視して問いかける。すると、1分も経たないうちに魂は答えた。
「この先へ進みたいわ。死を選択するわ。」
「後悔は?」
「そんなもの、無いわ。意を決して飛び降りたんだから。今更考えは変えられないわ。」
「分かった。意志は固いのだな。」
黒猫は門の下へ行き、ひと鳴きして扉を開ける。魂は以外にも黒猫におとなしくついていき、扉を抜ける。生前の姿に戻った彼女は気難しい顔をしていたが、扉の先の《人間》が自分と同じ境遇を送ってきた者たちということが分かったのか、《人間》の輪の中に少しずつではあるが馴染んでいく。黒猫は後姿を見送ると、扉の外へ戻る。背後で扉が重たい音を響かせながら閉まると、再びいつものような静寂が訪れる。
虚空に浮いていたペンは、同じく浮いていた名簿に「死」に丸を付けた後、消えた。
「人間とは、脆い生き物だな・・・。」
黒猫はあくびを一つ、名簿が浮いていた虚空を見つめていた。
さて3作目です。相も変わらず加筆修正したものでございます。
同時進行中のやつは2,3日で0.5~1ページしか進みません。
ダレカタスケテ・・・