Story2
闇。前後も左右も分からない、暗闇。その中に、存在感を放つ扉がそびえ立つ。その扉の向こうからは、水の流れる音と人間の賑やかな声が聞こえてくる。
扉の前には、黒猫が丸まっている。ここは、「未成年者の自殺者の魂」がやってくる空間。この黒猫は、この扉の門番である。ここへ来た魂に選択肢を与え、送り出す役割をしている。
今日もまた、一つの魂がやってきた。
「・・・問おう、何故に自ら死を選んだ?」
黒猫はいつもの質問をする。
「ここ、どこ?」
「あぁ・・・まぁ、まずはそう思うよな。ここはお前のように、自らの生に絶望した若者がたどり着く場所だ。私の問いに答えてもらおう。なぜ自らここへ来た?」
「ウチは・・・、クラスメイトをいつもいじる側だったのに、ある日突然仲間からも他のクラスメイトからもハブられてさ・・・。」
「ふむ・・・、お前はいわば不届きモノの集まりの中で長をしておったのだな。それがいつの間にか、指示ばかりで己はあまり直接手を汚さぬようになり、それを良く思わなかった仲間たちに返り討ちにされた、ということで合っているか?」
「ん、そゆこと。」
面倒な奴が来た、とでも言いたげな顔で黒猫はため息をついた。黒猫はこのようなワルだった魂を今までに何度も対応した。黒猫はこのテの魂が大嫌いで、対応するたびに面倒そうに接していた。魂は痛みと悲しみの色を放ちながらふわふわと浮いている。
「ではまずお前の名を聞こう。」
黒猫がひと鳴きすると、虚空から名簿とペンが出現する。魂は一瞬、驚きの色を放つ。
「名は?」
「西川 綾音。」
「女子か。年は?」
「女よ。分かるでしょ?高2。」
いちいち面倒な人間だな、と黒猫が思っている横でいつものようにペンが勝手に名簿に名前を記していく。魂はいちいち驚きの色に変わる。
「では次に現世を見せてやろう。」
「は?何それ?」
「はぁ・・・、お前が今ここにいる間の現世を見れるのだ。」
黒猫が有無を言わさずにひと鳴きすると、魂の足元が光る。
「これは蓮池鏡といってな。先ほど言うたように現世が見れる。己の目で確認してみると良い。」
そこには学校と思しき建造物が映し出された。女学校だと思われる。映像が切り替わると、一つの教室内を映し出した。
「ここがお前のいたところか?」
「うっそ、ホントに・・・?そう、ここウチのクラス。」
魂は驚きの色から恐怖と怒りの色に変わり、小刻みに震えている。
『ねぇ、どうすんの?アンタたち。綾音のこと。』
『どうすんの、って、どーせ生きてないから、ウチらのことなんかバレないって!何、ビビってんの?もしかしてアンタら、綾音のこと心配なの?』
『いや、そんなんじゃないけど・・・。』
『綾音は死んだの!化けて出てきたって、実体が無いワケだし?バレないって!』
『・・・そ、そう、だよね!』
笑い声が響く。静かに消える蓮池鏡を眺めていた黒猫が魂の方を見ると、光の雫を落としていた。
「悲しいか?悔しいか?」
頷くように魂は小さく上下に動く。光の雫は、実体の無い魂の流す涙である。静かに泣く魂をじっとみつめ、黒猫はいつもの質問をする。
「ではお前に二つの選択肢をやろう。必ずやどちらかを選ぶことだ。」
「・・・は?」
「一つ、生き返る。二つ、その姿のまま先を進む。要するに死だ。さて、どちらを選ぶ?」
「え・・・。」
突然問われる生死の質問に戸惑う魂。しかし、答えが出るのにそう時間はかからなかった。
「ウチは・・・、生き返りたい・・・!」
「・・・迷いはないか?」
「うん!」
「承知した。だが、道は険しいぞ。」
「分かってる。でも、ここでアイツらの思うようにはなりたくないし、何より自分に負けたくない。」
「ふむ、良かろう。」
黒猫が後ろの扉の下まで行きひと鳴きすると、扉は重い音を響かせながらゆっくりと開く。その先は、陽の光が優しく包む美しい清流と、草花と蓮華が咲き乱れる空間が広がっていた。
「その川の流れに身を任せろ。少々退屈ではあるが、そう長い道のりではない。気付けばお前は現世へ行ける。」
「・・・分かった。」
魂が川のほとりへ近付き、黒猫は蓮の花びらを浮かべる。上に乗るよう誘導し、小さな前足で押してやる。そのまま流れていく様を見届けて、黒猫は扉から元の空間へ戻る。
黒猫がいつものように退屈そうにしていると、目の前が突然まぶしくなる。驚いて飛び上がって毛を逆立てると、光の正体が蓮池鏡だと分かる。映し出したのはどこか見覚えのある学校、見覚えのある部屋。
『噓でしょ・・・、綾音!?』
黒猫が近寄ってみると、そこにはいつぞや現世へと送り出した魂が、無事に現世へと戻った姿があった。
『あら綾音、まだ生きてたの?しぶといわね。』
彼女は再びいじめられる。黒猫が哀れむような眼で眺めていると、急に部屋のドアが開き、教師らしき人物が入ってきた。
『な、何をやっているの!?』
興味深い展開に黒猫は惹かれた。
『西川さんが自殺行為に至ったのも、最近クラスの雰囲気が悪かったのも、全部あなたたちのせいだったのね!?』
級友たちは驚きと焦りの顔をしている。この後彼女をいじめていた主な集団は全員、彼女が隠し持っていた証拠も有り退学処分となった。他の級友たちは反省したのか、それとも集団が居なくなったことで安心したのか、よそよそしさは残るものの彼女と親しげに接していた。そこで蓮池鏡は静かに閉じ、再び静寂が訪れる。黒猫は微笑んだ後に伸びをする。いつのまにか出現していたいつもの名簿とペンは、「生」に丸を付けると音もなく消えた。
さて第二作です。校内配布フリー冊子用で書いていたので、このシリーズは全編短いです。
同時進行で書いてるやつは、すごろくだと2マスぐらいしか進んでいません。
私の作風は完全自己満ですのであしからず。