Story1
闇。前後も左右も分からない、暗闇。その中に、存在感を放つ扉がそびえ立つ。その扉の向こうからは、水の流れる音と人間の賑やかな声が聞こえてくる。
扉の前には、黒猫が丸まっている。ここは、「未成年者の自殺者の魂」がやってくる空間。この黒猫は、この扉の門番である。ここへ来た魂に選択肢を与え、送り出す役割をしている。
今日もまた、一つの魂がやってきた。
「・・・問おう、何故に自ら死を選んだ?」
黒猫はいつものように同じ質問をする。
「えっ、あ、えと・・・ここは、どこ・・・ですか?」
「まぁ、そう思うのも無理なかろう。ここはお前のような若者が絶望した末にたどり着く場所さ。」
「あの世・・・てやつですか?」
「ふむ、細かく言えば違うが、まぁそういうことにしておこう。さて、私の質問に答えてもらおう。何故にここへ来た?」
「・・・僕は、中1からいじめられていて、3年生までは頑張ってみたけど、耐えられなかったから、首を吊ったんだ。」
魂は悲しみに満ちた色を放ち、静かに語った。
「それだけではなかろう?言うてみろ。」
「・・・分かるんですね。僕は、・・・成績は良い方で、先生から褒められてたけど、父さんから暴力受けてて・・・。」
「そして母親は自分を置いて出ていき、頼れる人間がいなくなり、自死。」
「・・・そうです。」
魂は悲しみと怒りの色を放ちながら語る。
「ふむ。ではまずお前の名を聞こう。」
黒猫がひと鳴きすると、虚空から突如として名簿とペンが出てきた。
「橘 白雉です。」
「お前は男かね。年は?」
「は、はい、男です。15歳です。」
ペンは名簿の上を勝手に動いている。
「では次に、お前に現世を見せよう。」
「え?現世?」
魂が問い返した直後、魂の前が白くなる。
「これは蓮池鏡と言ってな、お前がいない今の世を見ることができる。今ここに映っているのはお前の通っている学校とやらか?」
「すごい・・・、そうです、僕の行ってた学校です。」
「そしてこれがお前のいた部屋だな。」
「・・・そうです。」
広い学校の一つの教室を映し出した時、魂は怯えたような色を放つ。
「ちょいと話を聞いてみるか。」
黒猫のひと鳴きで、蓮池鏡から声が聞こえてくる。
『なぁ、バレたらどうすんだよ!ヤバいって!』
『い、いや、アイツが遺言残してなかったら・・・。』
『絶対残してるって!親からの扱いも酷かったらしいし・・・。』
『クソッ、何でアイツ死んだんだよ・・・。』
『で、でも、まだ死んだて連絡は無いらしいよ?』
『山ん中で首吊って、見つかって救急車だろ!?死んだに決まってんだろ!』
『ねぇヤバいって、どうすんの!?』
『どうにもできねぇよ!』
会話を聞いた魂は、恐怖や悲しみ、怒り、負の感情が魂の色をころころと変える。
「お前の親の今も見れるが、どうする?」
「・・・見せてください。」
「・・・無理するでないぞ、途中でやめても構わない。」
「いいんです。この際、見たいんです。僕がいなくなった周りの環境。」
「・・・分かった。」
黒猫が再び鳴くと、彼の家と思しきものが映し出された。同時に声も聞こえてくる。
『あの子、結局死んだのね。』
『あぁ。結局アイツには頭脳だけで、あとは何もなかったんだ。意気地なしだったんだよ。』
『もうちょっと私たちの憂さ晴らしを請け負ってほしかったんだけどね~』
『アイツの存在が邪魔だったからちょうどよかったんだけどな!』
男女二人の笑い声が響き渡り、蓮池鏡は静かに消えた。魂は怒り一色になっていた。
「あの女はお前の知っている人間か?」
「はい・・・父さんの浮気相手で・・・二人一緒に僕を殴ったりしてた人です・・・。」
怒りに満ちた魂を見つめ、一呼吸おいて黒猫が話しかける。
「お前に二つの選択肢をやろう。どちらか片方を選べ。」
「え?」
「一つは現世に戻る。現世じゃお前は意識は無いがまだ生きておる。よって現世に戻って息を吹き返すことが可能だ。もう一つはこのまま亡き者になるか。」
「はぁ・・・」
魂は突然の選択肢に戸惑っているようだ。しばらくの沈黙の後、魂は答えを出した。
「後者で。」
「迷いはないか?」
「はい。僕はいてもいなくても変わらないような人間ですから・・・。」
「承知した。後悔はするなよ?」
黒猫が後ろにそびえたつ扉の下まで歩きひと鳴きすると、扉は重々しい音を響かせながらゆっくりと開く。開かれた扉の先には、数多の《人間》がいた。「亡き者」を選択した場合、魂が扉をくぐると生前の姿《人間》でこの世を自由に過ごすことができる。黒猫は魂を扉の向こうへと誘うと、この魂も例外なく生前の姿《人間》となり扉の向こうの世界へと踏み入れた。周囲の《人間》は歓迎するように彼を囲み、彼もまたそれに応えるように混ざっていき、扉から遠ざかっていった。
「・・・人とはいつの世も醜いものだ。」
黒猫はそう呟き、扉の外へ出る。そこにはあの名簿とペンが浮いていた。名簿には一番端に「生・死」の欄がある。ペンがひとりでに「死」に丸を書くと、名簿と共に消えていった。そして黒猫は、あくびを一つして再び扉の下で丸くなるのであった。
久々に筆を執ったので、これを機に過去作あげてみるかと思った次第です。
これは学生の時に書いていた小説で、加筆修正を行った状態です。
シリーズ物で書いておりまして、結末まで書いているんですが気が向いたら話数を増やすのもアリかな、などと思っています。
学生の頃はノート何冊分も書いてたなぁ・・・もう捨てちゃったなぁ・・・