赤ん坊を抱いていたってラーメンは食べたい!
子供を産んだら食べられないもの第一位、ラーメン。
しいなここみさん『麺類短編料理企画』参加作品です。しいなここみさんありがとうございます。
もう、限界だった。
ずっしりとしたビニール袋を下げて、私は喘いでいる。麦茶の2ℓペットボトル、ネギや豆腐、他たくさん。
胸の抱っこ紐には産んで2ヶ月の赤ん坊がいる。
『産んだら美容院はいけないよ』というのは本当だった。
美容院どころじゃない。睡眠すら取れない。
実家に戻らないことを選択した私には、頼るものがない。
夜中に赤ん坊が泣く。抱っこしてあやす。母乳はどうしても出ない。
台所に走って粉のミルクにお湯を少し溶かす。調乳用の水を80ミリまで入れる。
あとはひたすら哺乳瓶を回して冷ます。赤ん坊は泣き続ける。
「もう少しですよ〜。もう少しですよ〜」
左手にミルクを少量こぼす。『熱っ』となったら哺乳瓶を水道水にかけて冷ます。
早く、早く早く早く人肌の温かさになれ。
赤ん坊がやっとミルクを飲み終わる。オムツを取り替えて眠るのを待って自分も眠りにつく。
そして3時間経たずに赤ん坊が泣く。
◇
赤ん坊は爆弾だ。
ランチはもっぱら冷凍食品。スパゲティにもパンにも飽きた。
カップラーメンすら食べられなかった。お湯を入れた途端に赤ん坊が泣く。戻る頃には冷め切って伸びた麺。
できたての、温かい物が食べたい。
もはや子供を可愛く思えなかった。
◇
私は買い物袋を抱えて商店街を横断していた。
急に赤い暖簾が目に飛び込んでくる。
あ……できたばかりの……。
1ヶ月前に開店したラーメン屋。いつも行列なのに、たまたま誰も待っていなかった。
抱っこ紐の中の赤ん坊を見る。
寝ている……!
気がつくとラーメン屋の扉を開け、券売機の前に立ち『塩ラーメン』を押していた。
ソワソワと椅子に座る。
どうかどうかどうか起きないで。それしか考えられなかった。
「お待ちどうさまでした」
白い丼が目の前に置かれる。
『ありがとうございます』声を出さず会釈した。
湯気の温かさに目が潤む。
わあっ。
黄金のスープだ。輝いている。丼の底まで見えそうな透明度。
スープのすぐ下に割と太めの麺がお行儀よく並んでいた。麺の上には半分に割られた玉子。ちょうど良い量のネギ。そしてシナ竹。
2枚乗せられたチャーシューは見事な桜色だった。
今から教室で好きな男の子に告白しようとする女の子の頬の色。
柔らかくて、美味しそう。
『いっただっきま〜す!』
髪をゴムでまとめると後ろに流した。そしてこれが一番大事。赤ん坊の頬を左手でホールドする。
絶対に、火傷させてはいけないのだ。
丼は中央よりやや右に寄せた。自分の顔も右に向ける。
レンゲでスープを注意深く口に運ぶ。
ふー。ふー。
2回息を吹きかけると口内に流し込んだ。
美っ味ぁぁぁぁぁ〜〜〜〜い!
何を隠そう私はラーメンフリークなのだ。
学生時代から様々なラーメン屋で舌鼓を打ってきた。中でもこのスープ、別格の旨さ!
鶏を始めとしてたくさんの野菜が煮込まれている。香り付けの芹が爽やかに鼻に残る。
五臓六腑に染み渡る神のスープだ。
勢い込んで麺を啜った。
ズルルルル〜ッ。
これまた美味〜〜〜〜い!!
『ツルツル』と『シコシコ』の絶妙な塩梅。飲み込んだ途端に次の麺を掴んでしまう。
口に入れて楽しい麺なんて初めて!
本丸のチャーシューは楽しみにとっておいて玉子を箸で割った。半熟の黄身がとろっと白身に溢れる。
口に入れれば絶妙なコク。麺と黄身が溶けあって新しい味になる。
さらにシナ竹。
ぶっとい!
この太さはスーパーじゃ手に入りませんよ。専門店だからこその太さだ。
味が染み込んでてシャキシャキと歯応えが楽しい。いいねぇ! これ以上太くても細くてもダメだ。このラーメンにはこの太さで決まりだ。
いよいよチャーシューに取り掛かった。
驚いたのは柔らかさだ。ひと噛みで難なく切れる。溢れ出る肉汁。
こういうのなんだっけ? 『レアチャーシュー』っていうのかな? 肉の野性味は姿を消し、舞踏会に躍り出る淑女のような上品さ。それでいながら肉であることをクリアに主張してくる。
あ〜〜〜っ。『チャーシュー』追加トッピングするんだったぁ! あと5枚は余裕で食べられるわ〜!
私は夢中になって麺、スープ、具と口に運んだ。
最後にどこまでも透き通る黄金のスープが残った。
両手で丼を掴むと一気呵成に飲み干す。
ゴクゴク、ゴクゴク。
ぷはぁ〜〜〜〜〜〜!!!
塩分? 脂分? 『奇跡のラーメン』を前に無粋なことを言わないでよ。
これで死んでも思い残すことなし!
身体いっぱいの幸福感を抱えて私は立ち上がった。眠る我が子がいなかったら『ご馳走さま! 美味しかったです!』と叫んでいたろう。
外に出ると秋が風に乗ってきていた。
最後まで寝てくれた我が子にお礼が言いたい。
あれ?
…………うちの子。可愛い。
なんて可愛いのかしら。フクフクとして最高に可愛い。
また、子育てにつまづくときがあるけれど。きっと大丈夫。
あの暖簾をくぐって黄金のスープを目にすれば私は生きていける。
赤ん坊の頬を突いた。
柔らかい。さっきのチャーシューみたいだわ。
何より温かい。
「美味しそう〜〜〜〜」
私は笑った。
全国のお母さん、頑張りましょうね。
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