食物連鎖の下の下
人物、情景描写を一切しておりません。多分、一回読んだだけではわからない部分があると思います。
「通れない」
ふと出たのはこの言葉だった。
「通れないんじゃない。通さないんだ」
彼らはこう返した。
見ると、数十の数に及ぶ彼らが一列に一陣の円と化し、私の向こう側を奥行きとして動き続けている。私はそこを通ろうとするが、彼らの一部に邪魔され、行動に移せない。
「通さないとは何事だ。先刻まで共に動き続けていたではないか」
そうだ。私は今の今まで、彼らが構成する円の中に居た。
「外からの干渉のせいで、奴がいなくなっただろう? その流れで起きた審査の結果、次の標的はお前になったんだ」
彼らはそう言い、先刻まで共に動き続けていた私を迫害した。
「酷いではないか」
母親においてきぼりにされたような感情で、私は意義を唱える。
「酷い?」
すると、円になっている彼らは私を一度に見据えて、こう言った。
「お前も先刻まで同じことをしていたではないか」
まるで、この世の者では無い者を見る眼で、彼らは続ける。
「そう言う時点でお前は論外だ。迫害の対象に当たる」
彼らは動き続ける。
「奴が居ない間、お前は一人でいろ」
どうやら、これは私の償いらしい。しかし、私は思い出す。
「君達も奴を迫害していたではないか。何故私だけ罪を流さなくてはならないのだ?」
再び動き出した彼らは、私の言葉にもう一度止まる。
「何故も何もない。これは必然なのだ」
彼らはこの姿勢を崩すつもりは無いらしい。私は諦めた。別に、一人で居ても不自由は無い。目の前で彼らが円になって動き続けていても、私には関係のないことだ。
――十分が経った。
私は限界に近付いていた。
この小さな世界の中、動くしか能がない私が動かないのは重りを体に巻き付けるよりも苦しい。それに加え、彼らは私に一切干渉しようとしない。まるでいじめを受けているようだった。
――いじめ?
そうか、私は今、彼らに迫害という名のいじめを受けているのだ。納得だ。この胸の苦しみの理由はそれに違いない。そして私は、この拷問に等しい行為を奴にしていた過去がある。奴はこんな気持ちで今まで居たのか。そう思うと、先刻の苦しみとはまた違う苦しみが私の胸にのしかかってきた。
「すまなかった」
自然と口に出した。
すると、それを見越したかのように、音を起てて外部から誰かが侵入してきた。
――奴だ。
――奴が帰って来た。
奴はやつれた様子だった。当たり前だ。今まで奴は、私達が住む世界とは別の世界に居た。住み慣れない世界は、一種の拒絶反応を示す。
「……」
奴は私とその奥に動き続けている彼らを見ると、無言で表情を固くした。しかし、ふと考える様子に入り、私と彼らを見比べた後、奴は笑う。
「そうか。今は君なのか」
姿形が私とそんなに変わらない奴に言われたが、否定は出来なかった。今や、奴と私の立場は同等にある。
そう考えると、ふと、ある感情が私の胸に芽生えた。
「すまなかった」
さっき呟いた台詞と同じ言葉を奴の目の前で吐いた。
奴は元々丸い目を、一層丸くして驚いた。
「……ようやく……わかってくれたか」
奴はにこやかに笑った。先程の笑みとはまるで違う、暖かみのある笑みだった。
そんな私達をよそ目に、彼らは動くのを止め、審査とやらを始め、すぐに終わる。
彼らは非情な判断を下した。
「これから私達はお前かお前、どちらかを迫害する。先にこちらの円に入った者を仲間の対象に。遅い者を迫害の対象とする」
彼らは私達を見て嘲笑っていた。笑いながら、審判をした。
何だこれは。この感情は一体何だ。黒く、赤く、何にも代えられない、彼らに対するこの感情は何なんだ。
奴を見ようと、横を見た。
――奴は先刻まで居た場所にいなかった。
奴は裏切った。
奴は円の中に居た。
「おめでとう。これで君は僕達の迫害の対象だ」
奴は先刻まで同等だった私を、上の存在であるかのように見下した。
私は、そんな奴を見ても、不思議と何も感じなかった。何故だろう。今までの私なら、確実に激昂し、叱咤していた筈だ。
――ああそうか。
――私は自分がわざと遅れることで、奴への償いにしようとしたのだ。
今までの長い年月。私は、彼らと同じになって奴を迫害してきた。それはとても歪んでいて、認められる行動ではない。
だから私はわざと遅れた。そして、彼らにある行動をして一矢報いようとしたの
だ。
「決定した」
彼らが奴を取り囲むかのように動き出す。奴はうっとりとした表情で上の位へと階を上げる。私だけが、世界の外れに居た。
――ように見えた。
「お前が、迫害の対象だ」
そう言う彼らの目は、奴を向いていた。
その言葉に、奴と私が驚く。
「お前は、唯一得た共感者をあっさりと裏切り、私達に取り入ろうとした。その行動は目に余る」
彼らは、奴の周りを一周した後、私の元へと動いた。
「最初で最後のチャンスを、お前は裏切りという形で棒に振った。お前は、永遠に迫害の対象となるがいい」
彼ら全員が、私を囲むのに完了した。
彼らの間から見える奴の表情は、複雑過ぎて読み取れなかった。
真の審判が下されたその瞬間、奴は上へ上がった。文字通り、上へ、上へ。
音が起こり、奴は跳ねる。私が住む世界とは違う世界に飛び出した。
奴の姿は見えなくなった。
「残念だな。所詮、奴はその程度の存在でしか無かった」
そう言った後、彼らは動くのを一度止める。そして、集まる。
――私を除いて。
私はこの時点で、彼らが何を話しているのかわかった。彼らが次に何を言うのかもわかった。
審査が終わったらしい。彼らは私をもう一度囲み始め、宣言する。
「お前を迫害の対象とする」
私は、次に起こす行動を予め決めていた。奴が彼らに仲間として迎えられた時に、起こそうとした行動だ。それが、追い詰められた奴と同じ行動だとは思わなかったが。というよりも、私が一矢報いても、この流れから行ったら奴への償いにはならなかったな。奴は最終的に死ぬことになった。まあいい、結果良ければ全て良しだ。
私は、奴と同じ様に上へ上がり、違う世界へ飛び跳ねた。滞空時間はそれ程無かった。ビチン、と身体に衝撃が走る。前には、横たわってもう動かない奴が居た。
私も直に動かなくなるだろう。こんな一生を望んではいなかったが、最後に一つだけ教訓を得れた。
――いじめはこの世にあってはならない。
胸にこの言葉を深く刻み込み、ぶざまにビチビチ動く自分の身体を呪いながら、生体機能を停止させた。
死ぬ前に見た映像は二つ。
「はぁい皆さん!! お魚さんの世界でもいじめがあるんですぅ!! いじめを受けていたお魚さんを取り除いても、別のお魚さんがいじめられてしまうんですよぉ!!」
見たこともない丸々とした仲間を模した帽子を被り、大声で叫ぶ男と、ピチャン、と飛び跳ね、私の横に着地した彼らの内の一匹だった。