怖いタクシー
コメディです
雨が降り続ける暗闇の中。
俺は今、タクシーの中に居た。
社会人になってから初めてのタクシー。これはこれで仕事とは違う緊張感があった。
そう、前から夢だったのだ。
信号が赤になったのを見計らって、恐る恐る挑戦してみる。
「運転手さん。なんか、怖い話とかありませんか?」
失礼かな、と思いながらもなるべく笑顔で言った。
「ああ。あるよ」
運転手さんもニヤリ、と俺に笑い返す。どうやら、運転手さんの方も聞かせてかったらしい。
「じゃあ教えてあげよう。あ、ちょっと待ってね、お客さん」
言って取り出したのは、携帯だった。
へ?携帯?何で?
そう思ったのもつかの間、運転手さんは俺にもギリギリ聞こえる声で呟き始めた。
「やべぇよ…怖い話なんかねぇよ…ちょ…えっと…怪談シリーズ…あ…駄目だ…こんなんじゃ…次…」
すんげぇ急速に空気が重くなった!!
え、マジで?無いの?怖い話無いの?無いのに「ある」とか言っちゃったの?じゃああの笑顔は一体何だったんだ!!
うっわーどうしよう…今更「やっぱいいです。疲れたんで寝させて下さい」とか言えないし…
かなり真剣に考えていたら、運転手さんが、
「あ!!ありましたよ!!…っじゃなくて、すいません待たせてしまって。では拝聴願います。タイトルは『洞窟の奥』」
パタン、と携帯をしまって顔が真剣になった。どうやらいいのがみつかったらしい。てか携帯しまっていいんだろうか…?暗記出来たのか?
「うー、ゴホン」
運転手さんは緊張しているらしい。汗を拭って、切り出した。
「むかーしむかーし、ある所に」
出だしが日本昔話じゃん!!
「おじいさんとおばあさんが居ました。おじいさんは山へドライブに」
おじいさんがドライブ!?しかも山で!?ドライブするならするでもっといい場所選ぼうよ!!
「おばあさんは川へドライブに行きました」
まさかのドライブ攻め!?川にドライブへ行ったらおばあさんが逝っちゃうよ!!
「おばあさんが川でドライブをしていると、ドンブラコードンブラコーと、山からハイスピードで下りてきたおじいさんが流れてきました」
年相応に生きようよ!!若者でもそんな無茶しないって!!
「どうやら川に流れた時点で二人ともエンストしてしまったようです」
だろうね!!だから無茶するなって言ったのに!!
「しかしこれも人生か…。そう悟った二人は川の流れに身を任せました」
深いようで実は浅いんじゃねーかこのセリフ!!浅いのは川も同じってか?バカ野郎!!
「そうして三十秒後」
単位がおかしい!!そこは「時間後」とか「年後」とか入れようよ!!…ってあれ?これどれ入れてもおかしいじゃん!!
「おじいさんとおばあさんは洞窟の前に到着しました」
一体二人に何があったんだ!?
「おじいさんは言います。『ああ…これも人生か…』」
同じセリフ言ってんじゃねーか!!実は気に言っただろそのセリフ!!
「おばあさんも言います。『何言ってんだい。どうするんだよお前さん』」
やけにしっかり者のおばあさんだけど一応あんたもおじいさんと同じ理由でそこに居るんだからね!!あれ?そう言えば車はどうしたんだ?
「さっきまで乗ってた車は廃品回収のおじさんに渡しました」
廃品回収ってエンストした車も回収してくれるんだ!?未来は明るいなーうん!!
「おじさんは空き缶が大量に入った袋を五つ持ち運んでいました」
ホームレスじゃん!!ホームレスにエンストした車上げてもどうにもならないって!!何考えてんのさこの話の登場人物全員!?
「おじいさんは言います。『探検しよう』」
どうしちゃったの!?いよいよ老化ですか!?いや、山へドライブしに行って川入ってエンストするくらいだからその時点で老化か!!ん?違くないかこれ?
「おばあさんは言います。『探検じゃなくて冒険だろう?全く、お前さんは馬鹿だねぇ』」
ツッコむ所が違う!!あんたも似た様な頭のレベルだよ!!何だ馬鹿って!?おじいさんに謝れ!!
「二人は意気揚揚と洞窟の奥へと入って行きました。おしまい」
え!?終わり!?
「いやーどうでしたお客さん?」
最初と変わらず真剣な表情で聞いてくる運転手さん。うえー、マジかよー。もうこの際だ。ビシッと言ってみよう。
「どうでしたって…これ、そもそも怖い話でも何でもないですよね?内容も薄っぺらかったし」
すると運転手さんは、ニンマリとして言った。
「当たり前でしょ?だって、これはあなたの為の話しなんですから」
………はぁ?
「え…言ってる意味がよくわかんないんですけど」
何言ってんだこの人。頭大丈夫か?
「『何言ってんだこの人。頭大丈夫か?』」
「!?」
俺は驚く。
わかりづらいと思うが、今、この運転手さんは俺が思ったことをそのまま口にしてみせたのだ。
「どうです?私は人の心が読めるんですよ。ですから、お客さんの心の叫び…所謂ツッコミって奴ですかね?全部聞かせて貰いました」
笑いながらそんなことを平気で言う。
「いやーまいりましたよお客さん。あなたは素晴らしい!!合格です」
「…はひ?」
思わず腑抜けた声を出してしまう。何だって?合格?
「私はね、お客さん。あなたが働いている会社の社長さんに頼まれてたんですよ。『×××君にツッコミのセンスがあるか審査してくれないか』ってね」
「ツッコミ?」
「そう。ツッコミ」
何だそりゃ?意味がわからない。
「何で社長がツッコミのセンスを審査したがってるんですか?」
「社長さんはね、お笑い芸人を目指しているんですよ」
「…」
余りに想像出来なかった回答に一瞬志向が停止してしまった。
お笑い芸人?舐めてんのか?
「舐めていませんよ。本気の本気。冗談抜きで、です。それでは改めて社長さんの方に報告しとくんで、これをなめて下さい」
そう言って運転手さんの手から渡されたのは一粒の小さな飴だった。
「これは社長の話と何か関係あるんですか?」
「いえいえ、これは私からのささやかなプレゼントです。どうぞ、口にしてみてください」
…もう何かどうでもいいや。仕方ない。食べてこの話を忘れよう。
パクリと口に入れる。
「う…ッ…!!」
その瞬間、強烈な痛みが口の中一杯に広がった。
どうなってやがる!?これもう不味いとか旨いとかそんなレベルじゃねぇぞ!!もはや毒物の類だ!!舐めるどころか口の中に入れておくなんて考えられたもんじゃねぇ!!
だ…駄目だ…どこかにこの飴(?)を廃棄しないと呼吸さえままならない…どうにかしないと…
何処に捨てる?窓の外?駄目だ。雨の中窓を開けるのは不自然過ぎる…。
タクシーの足場に捨てる?それも駄目だ。社長がこの話を切り出したんだ。この運転手に悪い印象を与えたらどう言われるかわかったもんじゃない。
そんな俺の目の前に、ある物が目に止まった。
煙草の回収箱だ。
座席の後ろに付けられているこの黒いパコパコする存在。
こいつに入れればばれない…!!
確信して開けたそこには、
「!!」
大量の飴玉がギッシリと詰まっていた。
「いやぁ、残念ですねお客さん」
グルリと後ろを振り向いた運転手さんは、いかにも残念そうな顔をしていた。
「あなたで15人目です。精進して下さい」
家の目の前に下ろしてもらい、タクシーが見えなくなるまで待って、呟いた。
「いやー…怖いタクシーだった」
初期に書いた作品です。小説におけるルールもわからず、ただひたすらに面白いこと書こうと思い立って書いた覚えがあります。改行等もそのまま添付させてもらいました。「これはヒデーな」と笑ってくだされば幸いです。しかし……こりゃヒデーな(泣笑)