表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すぐに読める短編の集  作者: 狩人二乗
学生時代の短編
16/16

侵略者のバースデイ

 僕の身に普通では有り得ない事態がふりかかったのは、コンビニで立ち読みしていた漫画を買うかどうか悩んでいた時だった。

 普段だったら買う気はなかった。才能云々がテーマの野球漫画。この漫画の主人公の姉がまたいい感じの姉で、日焼け対策はばっちりよんとか言いながら麦わら帽子を被り直す様にみとれていたのは今では懐かしい思い出と化してしまっている。

 しかもそれだけでは飽き足らずその漫画は内容も面白く、ああ今日も良い作品を読めたと満足感に浸りながら何も買わずにコンビニから立ち去ろうとした所。

 僕の背中越しに、「ありがとうございました」という女性店員の声が響いた。

 最初は皮肉だなと思った。そりゃそうだろう。何故なら僕は何も買っていない。客ですら無く、例えるとするならばスーパーの試食コーナーで新発売のウインナーだけ食べて立ち去るような迷惑な人物だったのだから。そんな人物にわざわざ「ありがとうございました」と感謝の気持ちを述べるなど、僕の常識では考えられないことだから。

 でも。

 ちら、と振り返ってみると僕の考えは一新された。

 とんでもなく美人な人が、とんでもなく明るい笑顔で僕を見ていたからだった。

「……コンビニの売上はバイト店員のクオリティで上下するんだなあって感慨深く思った、あの時は」

 そんでもって、その後。

 あの店員の笑顔みたさに先刻立ち読みしていた野球漫画を買うかどうかをコンビニの裏の誰も通らない路上で本気で考え出して。

 気が付いたら――僕は『ここ』に居た。

「だから言っておるだろうが! 人類を滅ぼすにはまずネットワークを破壊すべきなのだと!」

「ハハハ、これだからロートルは困る! どうせネットワークがどんなものなのかもわかってねーんだろ! そのくせにネットワークを破壊とか戯言吐いてんじゃねーよ!」

「何をいうか若造が! わかっとるわいネットワークごとき! あれであろう、地球人の一部を液晶画面にくぎづけにし、「働いたら負けかなとか思ったら負けかなとか、昔は思ってた」と涙ぐみながら家にずっといる青年をつくりだすあの悪魔のような空間のことであろう!」

「あながち間違ってねーけどなんか悲しくなるよそれ聞くと! てかそれ破壊してもイコール人類滅亡には繋がんねーじゃねーか!」

「繋げてみせる! さながらネットワークの如く!」

「上手くねーんだよそのドヤ顔止めろやこのロートル!」

「ロートルロートル言うのをまず止めんかこの若造が!」

「若造っていうのも止めろよロートル!」

 目の前には老人と青年が円形の机を挟んで会議というか罵倒のやりあいをしていた。「お主からまず止めんか」「いやまずあんたが止めろ」とどちらも罵倒を止める気配はなく、故に『ここ』に連れてかれてからというものの僕はまだ何も喋れていない。というかコミュニケーションとれるんだろうかこの二人と。

 『ここ』。

 こことはつまり今現在僕がいる場所であり、摩訶不思議な現象のさなかに居るということが容易に知れる場所でもあった。

 さて。

 実際問題、これは拉致監禁以外の何ものでもないだろう。

 漫画を買おうか迷っていたら、突然僕の頭上から光りが降り注ぎ。

 浮遊感が僕を包んだと思ったら、いつの間にやら宇宙人だと思われる人物達が乗っている宇宙船に乗っていたんだから。

「…………」

 一応ここに来た当初はギャーギャーと喚いてはみたのだが、目の前で僕よりも大きな声でギャーギャーと罵倒をやりあう老人と青年が居たせいで何だかいつの間にか冷静さを取り戻してしまっていた。

 というよりも、まずその宇宙人達の外見が明らかに地球人とそっくり過ぎて騒ぐのが馬鹿らしくなってしまった。小学校の教室並の大きさで、その中央に設置されてる円形の机で声を荒立てる宇宙人達。外壁は黒色で染まっており、けれども蛍光灯すら天井には設置されていないのに明るいという矛盾めいた空間。

 しかも、だ。

 物騒なことを話題にする宇宙人二人が僕を無視したまま話を続けるだけならまだしも、なんとなんと、円形の机の向こう側にもう一人宇宙人が居た。金色の長髪を円形の机に張り巡らせながら寝ており、「そもそも人類滅亡計画っていう名称からして古臭いんだよこのロートル!」「じゃあ人類補完計画にしてやろうかこの若造が!」「それも古臭ーよロートル!」というやけに地球のことを知っていそうな騒ぎの中、「むにゃむにゃ」とかわいらしい寝言が聞こえてくるのに気付いて、どうして宇宙人に恐怖しようか、いやない。反語。

「むにゃむにゃむにゃむにゃ。何度夢をループしたら君にあえるのー」

「急に本格的な寝言になり出したっ!」

「だーかーら、今は時代の最先端を行くべき……って、おいロートル。何だこの地球人はおい」

「は? そんな、ここに地球人が居る訳……って、なんだお主。どうやってここに入った」

「え」

 寝言に指摘をと周りの目もはばからずに大声で叫んだら、同じ様に大声で叫ぶ宇宙人二人に流石に気付かれてしまった。「あ、えーっとですね。」

「……おいおいロートル」

「なんだ若造」

「これ、まずいんじゃねーのか。何もしてねー内に地球人に気付かれたぞ俺達の存在」

「確かにな。更に、だ……」

「ああ……」

 僕が言い訳をする前に何やら真剣な顔で話しあいを始める老人と青年。ちなみに言い訳の候補として、ピザの宅配便とか新聞の押し売りとかを考えたのだけど、実行しなくて良かったと心から思った。

 何故なら。

 恐怖したから。

 真剣になり始めた老人と青年に、ではない。

 決して、ない。

「何度貴方を思えば、貴方を手に入れられるのー。――何度地球を思えば、地球を手に入れられるの」

 沈んだ声と、机を枕にして寝ている姿からとは思えないくらいの威圧感を纏いながら。

 その女性が、僕と老人と青年の存在を無視して物騒な寝言を語り始めたせいだった。

「何度も何度も地球が欲しいと思ったのに、地球は私なんか無視して、知らんぷりしたままそこに有り続けるの。むにゃ。私は全力でやろうって言ってるのに、仲間は――使えない奴らばかりだし」

「う」「ぐはあ」

 女性宇宙人の寝言に本気でグサリときていそうな二人が僕の目の前にはいたが、それは何も女性に自分を低評価にされることに対しての屈辱からではなかったようだった。

 その二人は。

 ――口でふざけていないとその場に立っていられないくらいに顔を青ざめていたから。

「は、はは、おい、ロートル」

「……なんだ若造」

「ここはよう、一時休戦としてよう、とっとと俺達の不備って奴を取り除くってのはどうだ」

「別段、悪いことはなにもないな。何も、無い。地球人がこの船に居たことなど、無い」

「えっと、え、は?」

 冷静に老人と青年を眺めていたように振る舞ってはいたが、内心は女性宇宙人に恐怖しきっていた僕だ。だから、今現在、僕がどんな状況で、このまま何もしないでいたらどうなるかもすぐには予測することが出来なかった。

「さてっと」

「悪かったな地球人。すまない、我々のミスだ」

「俺からしちゃあ何の痛手もねーんだけどよ。悪ぃな。この女、結構ガチなもんで。地球人を間違えてここに呼んで、揚句の果てに俺達の計画聞かれたとなると、もうどうしようもねえ」

「そう。所謂これがあれなもんでという奴だ」

「一々言い方が古臭えよな、ロートルは」

「一々言い方がゲスなのか、若造は」

「なんだと」

「なんだと」

「……まあ、いいや。また後でやりあいましょうや」

「そう、その通り。今優先すべきなのは」

「「お前の処遇についてだ」」

 そう言いながら椅子から腰を浮かせ、見ていてこちらが恥ずかしくなるくらいピチピチの正式の黒い衣装を着ている二人。腰のベルトに装備していたのは、一丁のこれまた黒光りする拳銃に似た物体だった。

 明らかに攻撃用途にしか使えないような代物の先端が、僕の方へと向く。

 やばい、と思った。

 先程の女性ほどではなかったが、それでも確かに感じる本日二度目の威圧感。

 恐怖。

「いや……ちょ、ちょっと待ってください」

 ようやくここにきて命の危機とやらが明確に見え始めている気がした。だから、僕は。逃げ腰になりながらも、命拾いに転ずる。まだ僕は死にたくない。コンビニのあの美人店員にまだ何も挨拶していないし、何よりこれから先、あの野球漫画の先が読めなくなるとか有り得ない。

「お、おかしくないですか。僕なんかが貴方がたの操縦する宇宙船に居ることとか、あと、あの、僕が貴方がたの話を聞いてずっと黙っていたこと、とか!」

 前半は僕もおかしいと思っていることだった。後半については僕は何もおかしいとは思っていないけれど、今は何でもいいからこの二人の気を紛らせたかった。

「気にすんな」青年は言う。

「そんなことは、たいしたことではない」老人は言う。

 ――僕を見ながら。

 真っ黒で真っ暗な両目で、僕がうろたえている方向を見ながら。

 二人が椅子から離れた。じりじりと距離が詰められていく。

「初っ端からつまづくとは思わなんだが、まあ、いいや。地球侵略の第一歩だと思いましょうや」

「そうだな。私のネットワーク破壊作戦始動の第一歩だからな」

「……ったく、まだそれいってんのかよ。ちげーだろ。そんなんじゃあ地球は侵略出来ねーよ」

「まだ口答えするか。じゃあお主はなんだ。どうやって地球を侵略しようとしている」

「そうだなー、やっぱり、あれじゃね! レーザーで! こう、ドガガガーっと! 一蹴すんだよ、地球人を! すっげースカッとすると思うぜ! 実行したら!」

「夢見がちな……これだから中坊は……」

「……若造より一回り若い年代にされちまった感があるぜーこのジジイ狩りの対象!」

「どんなだそれは! 鬼畜過ぎるだろうこの中坊!」

「なんだよ! やんのかこら!」

「やってもいいぞ、なんならな!」

「…………」

 あの女性宇宙人がこの人達を使えないとかなんとか称した理由がよくわかった気がした。

 要は、油と水なんだ、この二人は。

 協力とかそれ以前に相入れない為に、地球侵略とかそれ以前に僕一人どうすることも出来ない。現に今も、「わかってねーよなやっぱり年寄りはよ! グロじゃねーんだよ、スプラッタって言うんだよ!」「スプラッタったって何だそれは! ラッタッタとは違うのか!」「ラッタって何だよポケモンかよ!」とまたまた地球のことをよく知ってそうな会話をしている。侵略する相手の細かい云々を知るのも侵略の過程に必要なんだろうか。よくわからない。

「……えっと」

 気付けば二人は僕という異分子をほったらかしにしたまま罵倒のしあいに再度転じていた。心の底ではなんじゃこりゃと思いながらも、とりあえず二人の近くから離れようとゆっくりゆっくり外壁を背にしながら忍び足でその場を移動する。その間にもネットワーク破壊だのスプラッタだの頭が悪そうな単語の羅列が聞こえてくる。

 地球侵略、ねえ。

 本気の本気で考えるんだったら、色々やり方はあるだろうに――。


「何度君達を試せば、地球侵略に移れるのー」


 やけにあれな単語の羅列が聞こえたと思った。

 その時には既に、遅かった。

「まさかとは思ったけどさー、君達さー、地球人一人すら侵略出来ないんだね」

 やっとこさ二人の反対側に行けたと思った時だった。

 円形の机には誰も居ない。移動する瞬間の挙動どころか、音さえ、予感さえ、全く何も彼女という存在を掴むことが出来なかった。

 机の向こう側に居るのは、三人の宇宙人。

 老人。青年。――金髪の女性宇宙人。

 一人が。

 二人の頭を掴んでいた。

 掴んで、二人の体を浮かしている。

「ふう、やれやれだぜー。地球王に俺はなる! とか、地球を舞台にした戦争ごっこを私は行おうと思う、とか言ってくれたらまだ希望はあったのに。がっかりだよ君達二人には」

「あ、が」「ちょっと、待て。待って」

「待たない」

 鈍い音がした。

 右手と左手で掴む顔を外壁にたたき付ける女性が居た。

「わざわざ私、寝たふりまでしてさ」鈍い音が。「地球の人を拉致してさ」鳴り響く。「君達をテストしてあげたのにさ」宇宙船という場所に。「何なんだろうねーこのザマはさー」鈍い音に悲鳴と鳴咽が混じりはじめた。「私はさー地球が欲しいだけなんだけどなー」響く。響く。彼女が声を発する度に。「君達に貸してあげたよね。地球のゲームとか漫画とか音楽とか。文化が大事なのー」徐々に音が大きくなっていく。「わざわざ地球人に化けちゃったりして。なのに本気なのは私だけ」鈍い、音が、僕の頭に、鈍痛を走らせ始める。「忘れたの? ――私が君達の星を侵略したのは、地球を手中におさめる協力がして欲しかったからなんだよ?」

 痛い。

 痛いのに。

 逃げられない。

 僕は見た。彼女の背中越し。彼女の今。一瞬、彼女の顔を見た。これ以上ないくらいの真顔だった。

 音が響かなくなった。

 響かせる必要がなくなったから。

 女性が手を開くと、二人の体が宇宙船の床に堕ちる。

 宇宙船の外壁にこべりついた痛々しい血の跡は、黒色だった。

「知ってるよ。君達の血は黒いんだ」

 ふぅー、と一つため息をつく女性。

 逃げ場はない。

 だから、僕も彼女にならって自然とため息をついていた。

「あれ? 意外と余裕?」尚も真顔で、彼女は僕に聞く。

「どうせ貴女はこれから地球を侵略するんでしょう? 一人でも出来たくせに」

「……ん。まあね。私一人でも出来たけど、やっぱり友情努力勝利って大事だと思うの」

 やけに少年漫画が好きな宇宙人だなと、半ば呆れた。

「こう、熱い展開? その為にはさ、友情を育みながら努力して、勝利を勝ち得なきゃいけないなって思ってね」

「……その結果、他の星の人達を強制的に協力させて偽の友情を育みながらその人達を動かすのに努力して、地球侵略を勝ち得ようとしたんですか」

「そうともいう」

 彼女は笑いながら僕に言う。

 対して僕は、笑うしかなかった。

「僕を拉致監禁したのは何故ですか」

「二人のやる気を見る為。実を言うと君で千人目くらいなんだよ、拉致監禁するの。その度に二人消して、記憶消してるから証拠なんて残らないけど」

「……僕を地球に返してくれるんですか」

「とうぜーん。愛する地球の人達だもの。悪いようにはしないよー」

 ニコニコと明るい笑顔で彼女は言う。

 僕は。

 笑うしかなかった。

 笑って、ごまかすしかなかった。

 ごまかす必要があった。

 ごまかさなかゃいけないことがあった。

 それは僕が地球の人間として思ってはいけないことで、僕がこれからも地球人として生きていく為の証明。

 軽く思っただけなのに。

 頭の中にはもうこのことしか存在していない。

 ――もし地球を侵略するとするならば。

 もっといい方法は、ないんだろうか。

「……ねえ、君、どうしたの?」女性宇宙人が心配した表情で僕に聞く。

「はい? 何がですか?」僕は何もわからないままに返答する。

「だって君、さっきまであんなに怯えた顔してたのに」女性宇宙人は怯えたような表情になりながら、僕を震えた指でさしながら、呟いた。「凄く、ニヤケてる」

「へ」

 気付いた時には遅かった。

 悪い予感は、大体当たる。

 『手駒』なら眼前に有る。

 頭の中は美人店員の笑顔。

 何をすることにしたのか。

 友情努力勝利の三大原則。

 眼前の侵略者と僕の友情。

 侵略者と共に侵略の努力。

 勝利した先には美人店員。

 想像するだけで、妄想するだけで、少し手を伸ばした先にその栄光があると確信してしまったが最後、僕なんかにはもうどうしようもなかった。

 ズレてるんだ。

 つまり、僕という人間は。

 宇宙船に拉致監禁されても極力冷静で居られた時に気付くべきだった。

 ――さて。

 今から何をしようか。

 何をすれば、事をすませられるんだろうか。

 まあ、そうだな。

 手始めに、この宇宙人と話し合いをすることにしよう。

 それから先の未来において。

 僕という個人の行く末を横目で見るのは、やめて欲しい。

 これは僕がこれからも地球人して生きていく為の証明に失敗する直前に思う、地球人らしい最後の願い。

 僕は。

 こうして、侵略者になろうとした。

 完全なる侵略者になれる日が来るのかどうかは、まだわからない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ