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すぐに読める短編の集  作者: 狩人二乗
学生時代の短編
15/16

レイニーデイ

「この街は、もうおしまい」

 そう言ったのは彼女だった。確か昼飯を食べていた最中だったという記憶がある。

 この街とはすなわち、今現在私が居住している街である。

「アタシね、貴方とならいくらでも生きていける気がしたの」

 快活な笑顔を振りかざしながら、以前は千人以上が住んでいたと言われていた街に、私と彼女の二人しか存在しないという事実に直面した時より後に、彼女は私に言った。彼女は笑っていた。

 内心、それに助けられていたところもあったのかもしれない。

 彼女が死んだ翌日、私の横に彼女が居ないという空虚な世界の中で私が導き出した一つの結論だった。

「生きてね。死ぬとか言ってたけど、貴方は、貴方だけは、生きて」

 そう言いながら、彼女は死んだ。彼女は死ぬ時も、私の方を向いて笑っていた。雨の中、雨によって体が徐々に溶けていく中、彼女は笑っていたのだった。

 彼女は何故死んだのだろう。何故、彼女は雨の日に家を出ていたのだろう。もしかしたら、という想像はしているのだが、それを口にしたくはない。




 二ヶ月前の出来事である。

 ある雨の日。傘をささずに雨に濡れながらジャージ姿で走っている若者が居た。私はそれを家の中から眺めていた。最近の若者はやたら内気だと言われているが、こうやって雨の日にも運動に勤しむ若者も居るんだ。ならば、やはり、内気だなんだともてはやすのは間違っているのではないか。

 そんなことを考えながら、その若者を眺めていた。ばしゃばしゃばしゃと小気味よい音を奏でながら走る若者。その先に何が見えているのだろう。応援してやりたい気持ちになったが、それは、永遠に叶わない夢になってしまった。

 溶けだしたのだ。若者の体が、足から崩れていく。若者は悲鳴をあげていた。自分の体の異常についていけていない様子にも見えた。何百度にも熱せられた液体状の鉄のように、若者の体がとけていく。溶けた足に溶けた腰が重なった。その頃には既に若者の身長が五歳児のようになっていた。下半身が、溶け切っていた。

 音もなかった。聞こえてくるのは雨の音と若者の悲鳴のみ。私はここにきてようやく事態をおぼろげながらに理解し、何をしよう何をしようと焦り始めた。その間にも刻々と少年の体は溶けていく。溶けて、崩れて、液状になっていく。最初は肌色だった若者の体が徐々に赤色に染まり始めた。内部の血管も溶けているのだろうか。人間の境地のような形相で悲鳴をあげる若者の苦痛が、計り知れない。

 助けようとした。若者を助けようと、家の外に出ようとした。声もかけようとした。だが、出来なかった。私がそうやって躊躇っている間、無情にも時間は過ぎていく。

 若者から悲鳴が聞こえなくなった。若者が、悲鳴をだせなくなっていた。

 雨が、完全に液状と化した若者流す。私が最後に見たのは、地面に触れていた苦痛で顔を歪めている若者の顔だった。

 その日。街の人口の三分の一が消えた。原因は全員同じだった。体が突然溶け始めて、最後は全身が液状になって死ぬ。

 翌日、街の偉い方々で緊急会議が開かれた。太陽の光りがさんさんと輝く快晴の空の下、私達街の住民の心には昨日の雨雲が未だに立ち込めていた。

「雨に気をつけて下さい」

 ブラウン管テレビの中。

 お偉いさんの一人が、街の住民へと向けて言った。「被害は三百人を越しました。この街だけで、です。街の外に確認してみたところ、昨日の雨によって亡くなった人は誰一人居ないようなのです」

 つまり。

 この街の中だけで発生する、雨による異常。「我々はこれを『雨触』(うしょく)と名付け、天災の一つに位置付けました。雨が原因なのはわかりましたが、何故雨に濡れただけで体が溶け始めるのか、また、どの程度の雨に濡れたら溶け始めるのかもわかっておりません」

「対処方法はないのですか」記者の一人が質問する。

「今の段階において、雨触について我々は何も把握出来ていません。ですが、雨に気をつけてください。雨の日は外に出ずに、家の中にいてください」

 お偉いさんはそう答え、記者団にお辞儀をしてその場を去った。カメラのフラッシュが目一杯たかれていた。

 この日の新聞は、全面、雨触という名前の天災の情報でいっぱいとなった。少し雨に触れただけで溶け始めた事例もあれば、傘を持っていくのを忘れたせいで傘をささずに歩いていたのにも関わらず溶けなかった事例もある。

 いずれにしろ。

 この日より、私達は、雨を恐怖の対象として位置付けた。

 最初は私も焦っていた。怖かった。目の前で溶けていく人間の姿。あんな風になるなんて、考えたくもなかった。

 それから二週間が経った。雨は降らない。曇り空が私達の頭上を一面に占めた日もあったが、雨は降らなかった。

 街の外の記者がこの街を訪れたこともあった。決まって、快晴の日に。家の中で寝ていた私をチャイムで叩き起こしておきながら、「今、どういう心境ですか」といけしゃあしゃあとぬかす記者もいた。チャイムとチャイムの壁を挟みながら、私が迷わず、「貴方たちを欝陶しいと思っています」と答えると、「そうですか」と軽く応対し記者はその場を去った。言われ慣れているのかもしれないな、と私は思った。

 三週間が経った。三週間という期間はあまりにも長い。私達は、雨触のことを気にしなくなってきた。一時期は何十本も傘を持っていた人も居たのに、今では傘を持っている人すら見られない。雨に気をつけてくださいとお偉いさんは言っていたが、気をつける対象が発生しないのだ。これでは気をつけようがない。

 もう大丈夫なんだ。

 そんな風に、街の住民の一部は、思っていたのかもしれなかった。

 その時だった。

 激しい雨の音が、窓の外から聞こえてきた。

 何事かと思った。雨の音。三週間も聞かなかった雨の音が、街を響かせる。その中で、悲鳴が。ありとあらゆる人の悲鳴が聞こえてきた。

 四桁だった街の人口は、こうして二桁になった。

「今回もまた、街の外では誰も亡くならなかったそうです」

 三週間も降らなかったので、雨がまるで雄叫びをあげるかのように、それから一周間降り続けた。その間にテレビの番組で聞いたお偉いさんの報告。これにより、私達街の住民は更なる混迷を極めた。

 私達を死に追いやる雨が止んだ日、街から出ていく人が現れた。二度の雨触により、街の外なら安心なんだという、真偽が不明な情報が蔓延したからだろう。テレビの中のお偉いさんは何も言う隙すらなかった。私はその様子を想像した。荷物を手に取り、恐怖につきうごかされた人達が、一目散に街を捨てていく。

 私も出来ればそうしたかった。

 私は出来なかった。

 だから私は、家の中で一人でいた。

「すいません。アタシと一緒に逃げませんか」

 その時だった。窓から、声が届いた。明るい女性の声。初め、私はそれが私に向けた言葉だとは思わなかった。しかし、「聞こえてますか。聞こえていたら返事してくれるとうれしいです」という女性の声は、明らかに私の家に向いていた。

 私は渋々窓を見た。

 窓の向こうには、かわいらしい女性が佇んでいた。くるくるにしてある長い黒髪をいじっていたが、私の姿に気付くと、まずはぎょっとしてみせる。

「びっくりしました。噂には聞いてたんですけど、貴方ってそういう顔をしていたんですね」

「怖いですか。怖いですよね」

 そういう私の心はすさんですらいなかった。私の顔をみて、ぎょっとしない人間なんて居ないとわかっていたからだ。

「なかなか個性的な顔だなとは思いますが、別段怖いって訳じゃないです」

 目の前の彼女は私の顔をまじまじと眺めながらそんなことを言ってのけた。何、嘘をついているんだ、この女性は。私の顔を見て怖くないなんて、有り得ないのに。

「何でそんな顔になっちゃったんですか」

 彼女は私の顔を見ながら聞く。私のただれた顔を見ながら。

「昔、火遊びをしていたんです。そうしていたら、火がおもちゃか何かに移ってしまいまして。私の目の前で爆発して、私の顔をこんな風にしました」

 激痛だった。その時のことを思い出すと、今でも私の心に激痛が走る。あの一件のせいで、私は外を出歩けなくなった。あの一件のせいで、両親は私を捨てたのだ。

 しかし、この女性の目はこれまでに私が向けられてきたそれとは何か違うような気がした。諸悪の根源であるこの焼けただれた顔を見ながら、彼女は「へえ。それでこのお顔に」と言う。「なんか、年老いたブルドックみたいな顔ですね」

「怖いですよね」

「怖くはないです。ただ、チャーミングだなって思って」

「ちゃあみんぐ?」この女性が何を言っているのかわからなかった。一度理解すると、また訳がわからなくなった。「私の顔がですか」

「はい」

「言っていい嘘と言ってはいけない嘘がありますよ」

「言っていい本当のことだってあります。そうでしょう?」

「それは、まあ、そうですが」

「ま、そんなことはどうでもいいです」

 私の人間性を表すといっても過言ではないこの顔をどうでもいいという言葉で片付ける彼女は、私に向けてこんなことを提案してきた。「遠目で窓を見てみたら貴方の姿が見えました。皆逃げてるのに一人だけ逃げないなんて駄目ですよ。ほら、早くこの街から逃げましょう」

「無理、です」

「それはどうして」

「私はこの街から、いえ、この家から出ることは出来ないんです。ここから出たら、知らない人ばかりです。さっき、噂が流れてるって言ってましたよね」

「はい。この家には昔からもののけがいると」

「そう、なんです。私はもののけなんです。だからここから出られません。街の中の人でさえそんな言われようなのに、街の外に出たら、なんて、考えられないんです」

「へえ。そういうことなんですか」

「そういうことなんです。ですから、私のことは放って、早く貴女だけでも逃げてください。私はずっとこの家の中に居るので、雨にうたれることはない訳ですし」

「衣食住はどうするんですか」

「私をこんな顔にしたおもちゃ会社との契約期間がまだ残ってます。その間は、私が何もせずとも、ご飯や着替えを持ってきてもらうこ」

「この街には、もはや、貴方とアタシしか居ませんよ。そのおもちゃ会社の人達も、多分居ないんでしょう」

「な、あ」

 言われて気がついた。私には衣食住をなんとかするあてがない。それどころか、この街には私以外誰も居なくなるのか。

「じゃあ、私はここで死にます。餓死で死ぬことになるとは考えてもいませんでしたが、街の外へ行き、この顔をさらすよりはましです」

「ふむ。それは困りましたね」

「困る?何がですか」

「私の使命なんです」

「使命?」

「そう、使命。平たくいうと自分ルールというものなのですが、私は、この街の人達皆を笑顔で脱出させるという使命の元、動いていたのです」

「そうですか」

 だからこの女性は今も笑顔でいるのか、と思った。彼女の屈託のない笑顔を見ていると、私までも笑顔になってしまう。そんな気になる、笑顔だった。

「しかし本当に困りました。こういう場合はどうしたらいいんでしょう」

「諦めてください。私のことなど放っておいて、さっさと街から出ていってください」

「いえいえ。そんなのは問屋が許しませんよ」

「私が許しますから」

「貴方は問屋ではないでしょう」

「まず、問屋って何なんでしょう」

「わかんないです」

「でしょうね」

「よし。アタシ、決めました」

 はしにもぼうにもかからない話をする中、彼女は勝手に決めて、私に言った。「貴方が死ぬ時を、アタシが見届けましょう。その時点で貴方はこの街の住民ではなくなります。その後にアタシがこの街を出れば、アタシは使命を達成出来るのです」

「何ですかそれは。私のことなんて放っておいてください。そんな悪趣味なことをされても、迷惑なだけです」

「決定です。今から、貴方とアタシの同棲生活が始まります」

「そんな展開はありません」

「決定です。いいですか?」

 そう言って、彼女はより一層笑った。空の中央で輝く太陽よりも輝かしいと思うほど、彼女の笑顔は光りを放っていた。気がつけば私は首を縦に振っていた。即座に否定しようとしたが、彼女の「よかったです。ふつつか者ですがこれからよろしくお願いします」という言葉を聞き、私は何も言えなくなってしまっていた。

 今。

 今、思えば。異性と話したのは久しぶりのことだった。異性と同棲なんてことは、当然だが初めてのことだった。

 いっぱいの人が街に住んでいた。千人。それなのに、その時は私と彼女しかいなかった。そんな中での、同棲生活。

 彼女のバックの中にはかなりの量の食べ物があった。それでも足りなくなった場合は、彼女が街の外へ出て、買い足していった。そうして住んでいた。私と彼女以外誰もいない死の街の中、私と彼女は同棲という形を為して。




「ごめんね。アタシだけ勝手に死ぬことになっちゃって」

 三ヶ月が経った頃、彼女は死んだ。雨にうたれて。同棲生活も板についてきた頃だった。ずっとこのままでもいいのかもしれない、と思い始めることが出来てきた頃だった。

「アタシね、貴方とならいくらでも生きていける気がしたの」

 彼女は雨にうたれていた。笑顔のまま、痛みが体全身を走っている筈なのに。彼女は笑う。私に向けて。私は唖然としていた。彼女との同棲生活が始まり、雨の日が何回かあったが、彼女が雨が降り始めたと把握した途端、こんな風に突然窓を開け、靴下をはいた足で窓を乗り越したのは初めてだったから。途中、寒いからと言って首にかけていたマフラーが窓にひっかかりもしていた。

 その時でもどの時でもよかったから全力で止めるべきだったと、今でも後悔している。

「生きてね。死ぬとか言ってたけど、貴方は、貴方だけは、生きて」

 こうして彼女は死んだ。突然過ぎる死だった。

 彼女が死んだ後、私は呆然としていた。何日も、何週間も。何も食べなかったし、何も飲まなかった。だから、この時すでに、私の体はぼろぼろになっていた。いつ死んでもおかしくない状況だった。

私は彼女のことを考えていた。何故、彼女は死んだりしたのだろう。何故、彼女は私なんかに声をかけてきたのだろう。何故、彼女は私を放ってこの街を出なかったのだろう。疑問は絶えなかった。結構長い間彼女と過ごしたと思っていたが、私は、彼女の名前すら知らない。




「死のう」

 ある日、私は呟いた。

 ふらふらと体を起こし、窓の向こうに映る光景を見た。曇り空が広がっていた。気温は相変わらず寒い。「死のう」

 元々私は死ぬつもりだったんだ。この街と共に死ぬつもりだったんだ。それを、彼女が止めた。その彼女は、もうこの世界に居ない。

 じゃあ、死ぬしかない。

「死のう」

 再三、私は呟く。窓を開け、窓から家の外に出た。足場はコンクリート。ひんやりとした感触が靴下を隔てながらも足に伝う。周りには何もないように見える。栄養失調の為だろう、視力が落ちている。何も見えない。何かを見る必要はないのかもしれない。

「私は、死のうと思います」

 家の前で、直立不動の状態下。私は誰彼ともなく呟く。

 この街には誰もいない。そう言ったのは彼女だった。そう言ったのは、彼女だけだった。確かに私は街の人とは誰とも会わなかった。けど、それは私が家の外に出ないからだけなのだ。だから、それによって街には私と彼女以外誰もいないと決めつけるのは、尚早だ。

「あなたも死ぬ気ですか?」

 顔をあげて空を眺めながら私は聞く。

「私に死ぬ気は全くないよ」

 と。

 私の家の陰に隠れていた男性が応対した。帽子を被る、おじさんだった。

「しかし驚いたな。まさか君が私の存在に気がつくとは。いつから気がついていた」

「彼女が私を尋ねに来たときです」

 今でも思い出す。あの時の彼女の笑顔は、とても魅力的だった。「使命だなんだと、そんな下らないことで私に話しかけてくる人なんて、居ませんでしたから」

「そうかい。ま、そういうことだ」

「ええ。彼女は確かな目的があって私に近付いた。そうなんでしょう」

「そういうことになる」

 男性は私の発言に対して冷静に対処しながら言う。

「私と彼女はね、雇われていたんだ。この街の異変を調査する人員として」

「調査、ですか」

「そう、調査。雨触にはいくつかの疑問点がある。例えば、雨触の直接の原因は何なのか。最初、学者達は雨だとした。しかしそれだと街の外の人に雨触の症状がでないのはおかしい」

「確かに」

「じゃあ次に人間ではないかという意見が出た。つまり、この街に元々住む人間の方が原因ではないか。しかしこれも違った。何故なら街の外に移住した街元街の住民が雨にうたれても平気だったからだ」

「成る程。人体実験ですか」

「そう、そうだ」

 少し落ち着きを失いつつも、直ぐさま元の調子に戻す男性。それを見ずに、私はひたすら曇り空を眺める。

「学者達は元街の住民を強制的に雨の中に立たせた。結果、何もなし。じゃあ原因は何なのか。次に出たのは、街が原因だという意見だった」

 街が原因ならば。

 その街に住むことにより雨触の症状がでるのなら。

 そういう仮定を立てたのなら、実証するしかない。「そういう理由で雇われたのが、彼女だったという訳だ。彼女は予め、この街の住人にして唯一逃げ出さなかった人間である君と同棲することを命じられていた。だから、彼女は、君と同棲していたんだ」

「やっぱり、そうですよね。何の理由もなしに、私と同棲しようなんて言い出す人は居ません。現に、それまで居なかった訳ですから」

「そうして、元はこの街の住民でない彼女は死に、街自体が原因だいうことが証明されたという訳だ。ま、だからな。君はおおいに死んでくれて構わない。彼女が何を遺言にしたとしても、君はそれに逆らう権利がある。なので私は止めないよ。本来ならば私を雇っている奴から、君を生かすように言われているが、目を離したすきに死んでいたとでもいってごまかすさ。好きにしなさい」

 そう言うと、男性は立ち去った。私の方に目もくれないまま立ち去った。跡には何も残らなかった。

「はい。好きにさせてもらいます」

 男性から真実とやらを聞いても、私の心は全く揺るがなかった。

 当たり前だ。

 何故なら、先程男性から聞いた話は、彼女から聞いていた話と全く同じものだったから。

「彼女は私に嘘をついていなかったんだ」

 同棲が始まって二週間くらいが経った頃であろうか。初めて同じ布団の中で寝て、彼女と私は疲れた。その翌日の朝、彼女は顔を真っ赤にしていた。

 その顔が真剣なものになったのが、その日の夜だった。彼女は私に真実を話してくれた。

「私は雇われてるの。家族の命とひきかえに。この街が後に住むことが出来る街なのかを調査する為に。命令されたら、何でもいうことを聞かなきゃいけない。そうしないと、私の家族が」

 私は驚いたが、彼女は嘘をついているようには見えなかった。私はその話を享受し、その上で私と彼女は同棲していた。至高の時間だった。これまでの人生の中で、あれ程までに充実していた時間はなかった。

「せめて、彼女と同じようにして死にたい。彼女と同じ所に行きたい」

 餓死で死ぬ訳にはいかなかった。

 彼女と同じように、雨触で死にたい。

「あ」

 そして、視線の先から、黒い雲の中から落ち始めた。私を死へと誘うもの。私を彼女の元へ誘ってくれるもの。私はそれを受け入れようとした。受け入れて、死のうとしていた。「あれ?」

 雲からぼろぼろと零れているのは。

 雨という名の水滴ではなかった。

 雪という名の氷の粒だった。

「ははっ」

 私はそれを見て、自分の運命を呪う。結局この人生において、私の思い通りに行ったことなどなかった。最後の最後でこれだ。雨が雪に姿をかえ、私の体を徐々に溶かしていく。不思議と痛みはなかった。雨ではなく雪の場合、痛みは発生しないということが実学により判明した瞬間だった。

 まあ、いいか。

 そんなもんだ、人生なんて。

 雪が私の体を溶かすので、雲がどんどん遠くなる。そんなこと、構いやしない。彼女と僕の距離は、かわらないから。

 生きてって言ったのになあ。でも来ちゃったのならしかたないね。

 彼女の声が聞こえた気がした。幻聴かなとも思ったが、あとで彼女に聞くことにしようと心に決める。



活動凍結しているにも関わらず更新する阿呆がここに。

基本、短編は思いついたら書かなきゃいけないというスタンスなので、夏休み過ぎるまではちょくちょく更新するかもしれません。


因みにこの短編、……(三点コーダ)と、!(なんとかなんとかマーク)を使わないで書きました。表現の制限にチャレンジ。

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