とあるバレンタインデーの裏話
「最近の全校生徒の遅刻数は半端じゃない」と会長さんは言いました。
私は、「はい。そうですね」と一応の相槌をうつと会長さんから視線を外します。
会長さんが、私の会長さんへの関心のなさっぷりを把握すると、会長さんは直ぐさま「君。会議中だぞ」と叫びました。
「うるさいですよ。黙ってください近所迷惑です」
「近所迷惑も何もない。大体この生徒会室は防音設備だ。従って、僕の声が漏れることはないんだよ。故に叫ぶ、君の堕落生活を諌めるために」
すると会長さんは、「これを見たまえ」と生徒会室の真ん中にある大きな机の上に一枚の紙を置きます。会長さんの熱意が熱すぎて逆に怖い。仕方なしに私は嫌々立ち上がってその紙を見ると、そこには何やら円グラフが描かれていました。
「どうだ。わかったか」
「……いえ。何が何だか」
「はあ。君は一体小学校で何を勉強してきたんだ」やれやれとため息をつきつつ私に辛辣な言葉を投げかける会長さん。その口をナイフでぶっさしたいなあと考えていると、会長さんはそんな私に気付かずに会話を続けます。「このグラフには全校生徒の遅刻回数の統計が月毎に書かれている。しっかり見たまえ」
「え?」
言われて気付きました。成る程確かに円が四つに区分されていて、その一つ一つの中に数字が書かれています。時計回りの流れでその数が増えているのです。
この数が遅刻回数だということはわかりました。ですが、「何故、円グラフにしたんですか? 棒でも線でも、というか棒とか線の方が良かったと思うんですけど。小学校で何を学んだんですか、会長さんは」
「ここでまさかのカウンターかね」
君の言葉は尖ったナイフの様だよと会長さんはぶつぶつ呟き始めました。尖ってないナイフってもうそれナイフじゃないですよね的な指摘は心の中に留めて、「で、本題は何なんですか」と私は話を元に戻そうとします。
「遅刻数のグラフを私の前に差し出すなんて。会長さんじゃなかったらナイフで刺してますよ、私」
「そのナイフは尖ってないとみた」
「じゃあ尖ってない先端で目玉をクリクリします」
「言い方は柔らかいのにやってることはえげつないな、君」
何も僕は君だけを責めている訳ではないんだ、と会長さんは自分で作った円グラフに慈愛の目を向けます。
「その目をやめてください会長さん気持ち悪いです」
「気持ち良いです? そうか。ならば仕方ない、君にもこの視線を向けよう」
「スタッフが後で美味しくいただきました」
「ここには僕と君の二人しかいないのだけど! あ、ということは君が美味しく頂いたのか。いやー悪いね、なんか」
「スタッフを後で美味しくいただきました」
「共食いしちゃってるよそれだと!」
「うるせえよ会長とっとと本題喋れや」
「……なんか今、幻聴が聞こえたぞ。君、僕のことを物凄い口調で急かしたりしてないよな」
「してませんとも」精一杯の笑顔と共に、会長さんに返答する私。「会長さんが話すことを、私は聞きたいだけですし」
「そ、そうか。仕方ないなあ」
会長さんはニヤニヤと見るからに嬉しそうにしたまま、語り始めます。「グラフを見てわかるように、最近、遅刻の数が増えてきている。これは遺憾だ。なんとしてでも食い止めなければならない。そこでだ! 僕は対策案をここに提示する!」
「……その心は」
「何も整ってないぞ! ハードルを上げるなハードルを!」
私が「なかなかのツッコミでした」と満足そうに頷くと、会長さんは何だかやり切れないような顔になりましたがそのまま喋ります。
「いいかね。要は、生徒が早朝に来たがるような何をすればいい。そうすれば、自ずと遅刻は減る。そこで、だ!」会長さんは机をバン、と強く叩きました。「明後日が何の日か知ってるかね」
「明後日、ですか」
言われて考える私。頭の中ではポクポクポクというような擬音が繰り返されています。チーン。閃きました。「お菓子産業の悪巧み、ですね」
「バレンタインデーって素直に言ってくれよ頼むから!」
とうとう涙目になり始めた会長さん。その姿に哀れんだ私は、「で、バレンタインデーがどうしたんですか」と話を促します。
「あ、ああ。バレンタインデーというのは女子が男子にチョコやらなんやらを渡す日だ。しかし一概には言えない。友チョコなるものも存在するし、最近だと男女の逆パターンもあるらしい」
「そうみたいですね」
「そこでだ」そう言う会長さんの顔は、いつの間にか真剣な表情になっていました。「君と僕。幸い、美男美女だ」
「その口を八つ裂きにしてやろうか」
「もはや脅迫になっちゃったな君の言葉!」
ふざけてしまってすまない、でも僕は真剣なんだ。
会長さんは、私に言いました。真剣な表情のまま、言いました。「僕はあれだが、君は間違いなく美少女の部類に入ると思う。そして、明後日はバレンタインデー。遅刻を無くすには早朝にイベントが必要。……それならば、やることは一つしかない」
「何でしょう」
「僕と君で。明後日の早朝に全校生徒にチョコを配ることを、明日宣言しよう!」
「…………」
会長さんの案を聞いた瞬間、私は、成る程と思いました。「確かに私は絶世の美女。私がチョコを配るとなれば男子生徒だけじゃなく女子生徒も含めた全校生徒が来ることは確実……。凄いです、会長さん。ナイスアイディアです」
「……まあそれでいいか。肝心要のチョコは、市販のチョコでごまかそうと思う。決行は明後日。やってくれるかい?」
「アイアイサーです会長さん。これで遅刻が減りますね」
翌日。バレンタインデー当日での生徒会活動を発表。
その翌日。私は眠気を感じつつも、校門の前で、群がる男子生徒達に五円チョコを渡し続けました。気になったのは、女子生徒達が私なんか目もくれずに会長さんの方にならぶことです。というより、会長さんにチョコを渡す人ばかりのような。
何だかその様子を見ていらいらしながら、でも会長さんはニヘラニヘラ笑っているので私の様子に気がつかないまま、生徒会活動は終わりを告げました。
私達が見る限り、遅刻は零。
会長さんの目論見は成功したのです。
「やりましたね会長さん」
「ああ。まさか本当に遅刻数を減らすことが出来るとは……」
「あれ。自信なかったんですか」
「いやいや。男子生徒は間違いなく来ると思った。しかし、女子生徒達も全員来てくれるとは思わなんだ」
「…………」
私は無言になります。ええ、無言ですとも沈黙ですとも。冷たい視線を会長さんに向けますとも。
「ど、どうした。何か不満でもあったか」
「……いえ、何でもありません。か、かか」
「か?」
しどろもどろになる私。ですがくじけません。真っ赤になる顔を隠しながら、私は会長さんに聞きたいことを聞きます。
「か、会長さんは、本命からチョコを貰えましたか」
「本命? うーむ」会長さんは唸ります。「いや、貰えてない。多分貰えないだろう。常日頃から暴言はかれているし」
「貰えてないんですか……。じゃ、じゃあ」
「うん?」
「これ、どうぞ」そう言う私の両手の中には、五円チョコがありました。「残ってたので。義理チョコです、義理チョコ」
「……義理チョコかあ」
「はい。あの、迷惑ですか」
「いや、有り難く受けとっておくよ」
そう言うと、会長さんは私の手から五円チョコを取り、直ぐに食べました。
「うん。うまい」と言う会長さんは私と視線を合わせようとはしませんでした。
その様子を見ながら、「喜んでもらえて良かったです」と私はニコニコしながら言いました。
――この日の遅刻者は、二人。
残念ながら、私と会長さんは時間が経つことに気付けなかったのでした。
時期外れな時に投稿。まあ、本番の時には悲しすぎて投稿出来なかったというのが本当のオチです……。
おそらくこの短編が最後です。
ここまで読んでくれた方は少ないとは思いますが、読了、ありがとうございました。