夏到来、なのにかまくらをつくり始めました
二百文字小説に挑戦。
「ねぇよっくん」
ある夏の日。熱い日差しが僕の体温をあげるが為に降り注ぐ。
僕達は、ここらで一番大きい家の庭にいた。辺りには雑草が刈られた地面が広がっている。
「何だよ、君子」
そう僕は返した。
――君子は僕の『幼なじみ』の内の一人だ。
君子は僕に毎日寄り添ってついてくる。何をするにしても君子は僕の近くにいた。
君子は毎日赤い着物を着ている。模様も何もない、真っ赤な着物。短い髪を後ろに一つに纏めた角みたいな髪型も相成って、君子が小さい赤鬼に見えたことが僕にはある。
「結局さ」僕は、君子の顔を真正面に見た。「何がしたいんだよ、君子」
すると君子はニコニコと笑う。
「聞いて驚くなかれよっくん。私はね、とんでもない事を思い付いたのさ」
「……何だよ、それ」
僕がそう言うと、君子は大きく口を開いた。
「今は夏だね」
「そうだな」
「そうめんが美味しい夏だよね」
「そうだな」
「てな訳で、かまくら作りをしましょー」
「……どういう訳だよそれ」
苦悩で顔を歪めた僕の必死の問い掛けを君子は無視して、ニコニコ笑いながら「かまくらかまくらかっまくらー」っていう不可思議なリズムをとっていた。その様子を見てため息をつくと、僕は「ちょっと聞いてくれ、君子」って言って君子の注意をひく。
「なーに、よっくん」
「……実際に、君子はどうやってかまくらを作るつもりなんだ。道具は。理由は。方法は」
「うーうー」言いながら頭を両手で押さえる君子。「そんなに一辺に言われてもわかんないよー」
「じゃあ、まず夏にかまくらを作ろうとした理由を教えてくれ」
僕がそう言うと、君子は明るい顔で僕の方を見る。
「ある日のことでした。私は思ったの。『よし、かまくら作ろう』って」
「その不愉快なフレーズは何」
僕はまたため息をついた。
ということは……なんだ、君子の思い付きってことか。
だったら、今すぐにでも君子の言動を止めるべきだ。思いつきで振り回されちゃ、こっちの身がもたない。
「夏にかまくらなんか無理だって。どうやって作るんだよ」
「何が何でも作るんだよ」
「僕の質問に答えきれてないだろそれ」
「うるさい」
「…………」
思わず口を開けて呆れる僕。無言になった僕を見ながらも、真剣な表情で「何が何でも作るんだよ」って繰り返す君子。仕舞いには「はい今からかまくら作ろっか」って断言し始めた。
「……ま、いっか」その姿を見て諦めた僕。「どうせ暇だし。君子の言う通り、かまくら作ろう」
めんどくさかったけれど、君子がニコニコ笑いながら僕の横で頑張ってかまくらを作ろうとしている光景は、多分、良いものだと思うから。
まあ当然まくらなんて作れる訳がないけれど、君子は、あらゆる方法でかまくらを作ろうとした。
僕も色々案は出したけど、結果――全て失敗に終わった。
「……ヒグッ」
夕暮れ。
僕は、「もう帰ろうよ、君子」と言いながら頭を撫でて、泣きじゃくる君子をなだめようとした。
そしてようやく泣くのをやめる君子。それから無言のまま歩き続ける僕達。君子の赤い着物には、茶色が少し染まっていた。
「ねえ、よっくん」
家の門の前に着くと、赤い顔をした君子が、僕に話しかけてきた。
「何だ」
「私ね、諦めないから。かまくら作るから」
「…………」
「かまくら絶対に作ろう。大きくて立派なかまくら、絶対に作ろう」
お願いだよ、と消えそうな声で呟く君子。僕はその姿を見ながら、「わかった。僕も諦めない」って言って、去っていく君子を見送った。小さくなっていく背中には、哀愁が漂っていた。
「どうかなされましたか」
高安の低い一言で、私は意識を取り戻した。
どうやら私は一瞬意識を失っていたらしい。慌てて気を取り直し、畳しかない大きな一室の中で座る多くの重鎮達を眺めた。
「ん……。大丈夫だ。何でもない」
言うと私は、君子のことを思い出す。
いつも私の後ろをついてくるくせに、時折無理難題を押し付けてくる――そんな彼女。
私は、そんな彼女に「かまくらを作ろう」と言われたのだった。
「ようやく作れるかもしれないよ、君子」
これまでが長かった。出世に出世を繰り返し、私はついにこの位にまで辿り着くことができた。
――彼女は、三年前に死んでしまった。
寿命、だった。あまりにも呆気なく、彼女らしくない死に方だったと思う。
君子。
こんなかまくらで満足出来るか?
大きくないじゃんとか、立派じゃないじゃんとか言うのなら、私は君が満足出来るまでこのかまくらを発展させよう。
「おめでとうございます、頼朝様」
高安の言葉に、私は大きく満足気に頷いた。
さて、これからだ。君子の願いをこれから叶えよう。
ある夏の日。
私は鎌倉に、都を移した。