美女と悪漢
(まずは、薬草採取だな)
こういうところも、しっかりラノベで予習してあったのだ。
"おじいちゃん、ラノベよんでる〜"と、孫たちから笑われたのも良い思い出だ。
(さて、冒険者ギルドは...)
昨日、服屋さんを探して迷ったおかげで、この街の地理もだいぶ詳しくなった。
(商業ギルド...魔法ギルド...えーと、傭兵ギルド...あれ?)
ギルドが立ち並ぶ通りを何度も往復するが、冒険者ギルドはない。
(おかしいなぁ...)
冒険者ギルドが無い。
これは困ったことになったと立ち止まると、周りの視線に気付く。
(しまった!)
鋭い眼はただでさえ目立つ。
さらに、昨日買った真っ黒なマントを着ている
そんな男が何度も、早足で往復していたら、目立つのは当たり前だ。
俺は恥ずかしくなって(しかし、鋭い眼で)、さも当然のように路地へ入っていった。
(いかんいかん。)
カッコ悪いことをしたと、反省する。
しばらくギルドの通りには戻れないので、路地を進んだ。
「やめてください!」
向こうの方から、女性の声が聞こえる。
間違いなく、あのイベントだ。
急いで声のする方へ向かう。
この世界に馴染む若い身体 というだけあって、前世では考えられないスピードで走ることができた。
(女神様、ほんとうにありがとうございます!)
現場に着くと予想通りだった。
女性がガラの悪い男たちに絡まれていた。
しかし、ラノベでしっかり予習していた俺は、状況把握に努める。
なぜなら、女性が悪い という展開もテンプレなのだから!
(えーと、"こんにちは"じゃないよな。
寡黙でカッコ良い男なら...)
俺は全員の視界に入る位置まで移動し、無言で立ち止まった。
女性と男たちはこちらに気付き、口々に叫ぶ。
「ああ?なんだてめぇ」
「に、逃げてください!」
「逃げられると思うのか?」
「聞いてんのかおい?」
(こ、怖い。)
なにしろ前世の日本は平和だった。
殴り合いの喧嘩なんて、したことがない。
ヒーローに憧れて格闘技はやっていたが、それはルールのある闘いだ。
あまりの怖さに、眉間にさらにチカラが入る。
耐える様に拳を握り締めると、ブルブルと右手が震え出す。
震えを止めようと、足の指を握り締める。
後ろに倒れそうになったので、左足を半歩前に出してバランスをとった。
「な、なんだよ?
やんのかよ?」
もちろんやらない。
俺は浮かれてさえいなければ、結構慎重な性格なのだ。
前世で格闘技をやっていたとはいえ、この身体は転生したばかりだ。
まったく馴染んでいない。
まして、相手が刃物をもっていたら...
そんなことを考えていると、相手への返事が遅れる。
(な、なんとかして、戦わないことをつたえなければ!)
懸命にセリフを考える。
「も、もういい、いこうぜ」
男たちは去っていった。
(ふう。運が良かった。)
(強面にしてくれてありがとうございます!女神様!)
女神様への感謝の気持ちを忘れない。
「あ、あの、助かりました
ありがとうございます」
女性は、恐る恐るお礼を言ってくれた。
いまだに、フルパワー眉間モードだったせいだろう。
急いで、通常眉間モードに戻す。
(えーと、ここでのカッコ良いセリフは..)
「怪我はないか?」
「は、はい!ありません!」
セリフは成功したようだ。
女性は、笑顔でお礼を言ってくれた。
「路地は危険だ。大通りまで送ろう。」
「いえ、そこまでは
ここを曲がればすぐですから!」
「そうか。
気をつけてな。」
(ふう。それなら良かった。)
俺は、その場を立ち去ろうとする。
「あ、あの、お名前は!?」
「名乗るほどのことはしていない。」
振り返ることなく、そのまま立ち去った。
緊張して変な歩き方になっていないか、すごく心配だった。