女神の気がかり
「あの人、大丈夫かしら」
転生の女神が気にしているのは、少し前に転生した、老衰の男のことだ。
彼は異世界転生と知るやいなや、ものすごいはしゃぎ様だった。
自分がいかに、異世界転生を望んでいたか、ずいぶんと熱弁されたものだ。
「すごい熱意だったものね。ふふふ。」
今思い出しても、笑みがこぼれる。
これまでも女神は、たくさんの人を転生させてきた。
しかし大抵は、幸運な最期ではなかった。
また、魔王がいる時代や、混乱の時代に転生させることも多かった。
「でもあの人は...ふふ。
珍しく、円満な転生だったわ」
転生者の選定基準は、女神にもわからない。
女神は、
上位の意思にしたがって転生させること
特別なチカラや知識を与える
のが役割だ。
この"特別なチカラ"は、転生者の間では"チート"と呼ばれているらしい。
気がかりと言うのは、そのチートのことだ。
「そう。あの時は、確か...」
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「おめでとうございます。
あなた、運がいいですね!」
今回の転生者に声をかける。
どうやらまだ病室にいると思っている様だ。
(まぁ、いつものことね。)
「違いますよ。
あなたは死にました。」
「え!?」
転生者が驚きの声をだす。
「おめでとうございます!
念願の異世界転生ですよ!」
転生者の情報は、ある程度把握している。
(将来の夢 異世界転生 か。ふふ。)
状況を理解するとすぐ、いかに異世界転生を望んでいたか、熱弁してきた。
最初はあっけにとられていたが、徐々に嬉しくなり、男の話に耳を傾けた。
男の語りがひと段落したところで、私は説明を始めた。
「あなたには、
特別なチカラ、
自分の能力を確認する能力、
言語理解力、
若くて、現地に馴染む体
が与えられます。」
男は終始大きく頷いていたが、浮ついた様子だった。
「説明を続けますね。
転生先には特に大きな問題はなく
剣と魔法の世界というやつです。
目的は決まっていないので、お好きに生きてください。」
このあたりまでくると、男は何か別のことを考えている様に見えた。
(安全な場所へ転生させるから、その後いろいろ試しても問題ないでしょう。)
「さて、今から新しい身体を作り、能力を付与していきますね。」
まずは、体を作る。
次に言語理解を付与。
ここまでは良かった。
ステータス画面と、チート能力が体に定着しない。
何度も挑戦するが、一向に成功しないのだ。
(こんなこと、今までなかったのに...)
「確認してくるので少しお待ちくださいね。」
どこかへゆく素振りを察してか、男がこちらに向き直る。
「あ、そうそう、これは支度金です。」
「ありがとうございます!」
「それと、この身体に触れると転生が始まりますが...」
「わかりました!!
女神様、ほんとうにありがとうございました!」
「え!?ちょ、ちょっと!!」
男は満面の笑みで転生していった。
その後の調べによると、"運"の能力が高すぎて、言語理解しか付与できなかったようだ。
世界を作り変えてしまえるほどの強運。
悪用すれば、史上最強の魔王にだってなれるだろう。
上位の意思はなぜ、彼を転生者に選んだのか。
(まぁ、考えてもしかたないわ。
あの人なら...うん。大丈夫でしょう。ふふ。)
男が語った夢の話を思い出し、再び笑みがこぼれる。
「それでは、良い人生を。」