旅立ち
先ほどから気が散って仕方ない。
誰かに追われている気がする。
(探知スキルには...反応なし。)
森を走り抜けている。
それもかなりのスピードで。
本気をだせば、高位ランク冒険者にも追いつかれない自信がある。
足場も視界も悪く、長旅になるため、温存した走りにはなっている。
だとしても。
(森に入る時はなんの気配もなかった...よな?)
記憶をたどるが、確かに誰もいなかった。
(なんだ...気持ち悪い...)
気になって何度も探知する。
いつもは、こんな使い方はしない。
要所を抑えて探知すれば十分だからだ。
(くそ...なんなんだ)
イラつきと焦りが集中を乱す。
時折り、枝や薮で音を立ててしまう自分に驚き、さらにイラつく。
森を進む時、音を立てないようにするのは初歩中の初歩。
いつもの私であれば、これくらいのスピードでミスすることなどありえない。
勝ち目のない魔獣から逃げる時でさえ、ミスすることはなかった。
(あの時との違いはなんだ?)
自問するが、答えはわかっている。
探知スキルを疑っていることだ。
(そうだ。落ち着け。
探知スキルに反応はないんだ。
信じろ。)
"信じろ"などと自分に言い聞かせている事に驚く。
(余計なことは考えるな。
スキルを信じて進むんだ。
気配を消して進むんだ。)
また"信じろ"だ。
(前方に魔獣が数体...
強いが...振り切れないほどじゃない)
初心者の街に隣接する森といっても、奥地には強力な魔獣がいる。
これが、街道を避けた理由でもある。
もし追手が、こんなところで待ち伏せていれば、魔獣との戦闘は避けられない。
ひっきりなしに押し寄せる強力な魔獣を退けながら待つなど、現実的ではない。
もし可能だとして
そんな奴が追手ならば、諦めるしかないだろう。
(よし、このルートなら振り切れる)
魔獣を振り切るルートがイメージできた。
わたしは左足に力を込め、踏み出す。
「え?」
右目の端から影
黒い
魔獣?
小さくて速い
違う、人だ
探知は?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?
1秒にも満たない時間だった。
しかしやつがその気なら、既に終わっていただろう。
動揺が少し落ち着く。
目が合う。
(そうか。こいつか。)
すべてに納得がいった。
路地裏での出来事も。
不快感のわけも。
覚悟とも諦めともとれる感情が湧き上がる。
「私では...勝てないだろうな。
名を聞こう。
最期にそれくらい、構わないだろう?」
しばらくの沈黙のあと、男が指をさす。
「なんの真似だ?」
男は何も言わない。
「そうか。
わたしに選択肢などないな。」
指差した方向を探知する。
「な!?」
大きな魔獣の群れがいた。
(あのまま進んでいたら...)
間違いなく、魔獣のエサだっただろう。
「なぜだ?」
「レディの旅立ちだ。
エスコートは必要だろう?」
「見逃して...くれるのか?」
「見逃す?
なんのことかわからないな。」
「そうか。
恩に着る。」
改めて安全なルートを探知し、私は歩き出す。
「ディーター。
ディーター・フォン・デンツだ。
気をつけてな。」
「...ありがとう。」
感謝など、上部だけのものと思っていた。
本心から言う事など、最期までありえないと。
(ありがとう...か。
悪くない言葉だ。)
先ほどまでの動揺は既になく
感じたことのない解放感に満たされている
追手が途切れたわけではないだろう
しかし私の心には、確かに希望が芽生えた
生まれて初めて抱いた希望。
自分の感情にとまどい
表情がおかしいのではないかと恥ずかしくなる
しかし、悪くない。
(そう。悪くない気分なんだ。)
(ありがとう。本当に。
またいつか。)
私は森の出口、その先へ向かって、速度をあげた。




