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帰宅部の卒業式

作者: 南ゆう

みなさん。卒業おめでとう。

これまで3年間、クラスの人々が様々な部活に就いていたことだろう。

野球一筋にやってきて、俺の多彩な変化球は誰にも打つことはできないと豪語していた中村は地区大会の2回戦でコールド負けした。

ついでに成績があまりにも悪すぎてほぼ留年が確定していたが数多の追試を経て卒業までこぎつけた。

知ってたか?この高校は留年ってないんだ。卒業は必ず今日って決まってたんだよ。


水泳部の天津は今オーストラリアの世界大会に出場していて今日は欠席だ。

今日の5時から試合が中継されるから必ず見るんだぞ。俺は必ず見る。

試合ばっかりであんまりクラスに馴染めていなかったけど同窓会くらいは呼んでやってほしい。

その頃にはクラスの人気者として持て囃されて、今後の君たちの人生の自慢になっていることだろう。

私のクラスメートに水泳選手がいてさ、って風に。


部活に入って勤しむものには必ず仲間がすぐそばにいる。

中村も、天津も一緒に切磋琢磨したり、喜んだり、悲しんだり、喧嘩した仲間がいた。

ところが君たちはどうだ。

家に帰ることを第一の目標にしている帰宅部だ。

「部」というのも何か変だ。全員が家に帰ることを目的としていながら、方向は全くのバラバラだ。

毎日1秒でも早く家に帰るために自転車のペダルを多く漕いだり、一本早い電車に乗ろうとしたりしている。またあるものは信号を越えたらすぐのところに家があるから、周りから5m走と揶揄されていた小林もいた。


誰からも褒められることなく、淡々と自分のやりたいことをするために帰る。

その姿を馬鹿にする者もいたが、君たちが努力していたことを知っている。


小林は家に帰ってから実家の自転車屋を手伝っていたことを俺は知っている。

みんなに知られたくないからと油に塗れた手を必死に洗っていたのだろうが、黒いシミのようなものがいつも手の甲に付いていた。


徳田は家が金持ちだからと言ってボンボンらしく、金のかかる遊びをし尽くしていた。

ブランド品を女子に買い与えては酒池肉林の限りを尽くしていた。

正直同じ男として羨ましいと思ったよ。

でも、徳田には徳田なりの苦しさもある。

親が仕事ばかりで全く家にいなかった。

進路相談でレンタル父親を連れてきた時は感覚が麻痺しているとしか思えなかった。

いつか代わりができない存在に出会えるといいな。


木村はYouTuberになろうと投稿回数が全く上がらなそうな動画を延々と上げ続けていたな。

洗剤の泡が弾けていくだけの5分の動画なんて誰が見るんだ?

一応俺は見た。その上でいうが、こんな虚無な時間は今までなかったぞ。

でも、それでもいいんだ。

自分が面白いと思ったものを追求していればそのうち共感してくれる人もいる。

正直何が面白いのかわからないが毎日投稿している姿には尊敬する。

いつか有名になったら教えてくれ。



同じ方向に向かっていなくても、君たちはそれぞれの世界でこの3年間を活動した。

ずっと寝ていた者も、ゲームし続けた者も、ゲーセンで音ゲーに途方もない金額を使った者も。

なぜこんなことに時間を費やしたのだろうと後悔するかもしれない。

怠惰に、贅沢に使った時間はこの時のあなたに必要だったからそれを選んで行動したんだ。

嘆くことも、卑下することもない。

誰かと何かを共にしなかったこの時間はあなたを形作る。


これから、帰れないような圧力がかかるときが何度も押し寄せる。

会社に入ったら、上司からの誘いや残業など、仕事で帰れないことがたくさん出てくる。

過半数が帰らないと、自分が帰っては行けないような雰囲気を感じ取り、言い出しづらい。

楽しくもない会に呼ばれては、ご機嫌と相槌のタイミングを測り続けるだけの時もある。

今まで求められてきた連帯感は、今後も増して求められる。

こういう時こそ、今までの経験を思い出して欲しい。誰に何を言われても一目散に帰っていた君たちの姿。


自分の思いに一直線な君たちは、これからもその姿勢を貫いてほしい。

まあ、こんなことを考える必要はないか。

既に君たちは俺の前にいない。

卒業の証書を受け取って、教室に帰る頃にはもう姿はなかった。

体育館に集まる時、カバンを持たせたのが迂闊だった。

最後くらい話したかったのにな。

まあいいさ。

これからもこうあり続けろ。




あと、木村。

証書だけは燃やすなよ。それは面白くないからな。

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