ep.30 恋人との無人島旅行というイベントへの出会い④
この島には動物が警戒する何かがある?
木々の隙間から、ちらちらと日差しが漏れていた。
私たちは、森の中のわずかに開けた斜面の脇で、地面に腰を下ろしていた。
葉っぱが湿っていて、座ると服が冷たくなったけど、そんなこと気にする余裕はなかった。
ただ、生きている。
それだけが、はっきりとした実感だった。
肩で荒く息をしながら、私は背中を木に預ける。守もその隣で黙り込んでいた。
しばらく、お互い何も話せなかった。脳の奥がまだ現実を処理しきれていない。
息も上がって思考がうまくまとまらない。
少し時間が経ったところでようやく、少し口が動いた。
「…ねぇ」
「ん?どうした?」
「虎はどうして…あのままこっちを襲って来なかったんだろう」
守は少し考えてから、静かに口を開いた。
「さっき…風が吹いただろう?」
「そうだね、急に風が吹いた...それが何か関係あるの?」
「あれで、人間の匂いか人工物の匂いがあいつに届いたんだと思う」
「匂い…?」
「人間の匂いって、動物にとっては嫌悪感があるものらしい。洗剤とか、シャンプーとか、靴のゴムとか。ああいう匂いって、自然界の生き物にとっては“異質”で、“警戒すべきもの”なんだって」
「じゃあ、私たちが異質だって思われたってこと?」
「そう。最初は“何か動くものがいる”って本能で近づいてきたけど、匂いで“これは面倒そうだ”って判断したんじゃないかな。狩りって、命がけだし。無駄な労力はかけない」
私は自分の腕の匂いをかいでみた。
汗と、日焼け止めと、あと何か薬草の匂いが混じってる。
なるほど、と思った。
でも、それだけで本当に助かったのなら、あまりに運が良すぎる気もした。
「…でも、あいつさ。ずっと私たち見てたよね。じーっと。なんか、“考えてる”って感じだった」
「うん、わかる。普通の動物とは違った。人間みたい…いや、違うな。なんか、“何かを見極めようとしてる目”だった」
守が小石を拾って、地面に投げた。乾いた音がした。
「俺、あいつが逃げた瞬間……嫌な予感がしたんだ」
「どういうこと?」
「なんとなくなんだけど、あいつ、“何かを感じて逃げた”っていうより、“今はやめた”みたいな感じがして…。たとえば、別にもっと危険な存在が他にいるとかさ」
「…怖」
私は鳥肌が立った。
虎が“狩る気があった”という可能性すら、今となっては現実味を持ってしまう。
「でも逆に言えば、あそこで逃げるように走ってたら終わってたよね」
「うん、間違いなく。瀬奈、俺のことを落ち着かせてくれてありがとう。俺、一人じゃパニックになってどうしてたかわからない」
守の手が、無意識に震えていた。
私も、今さら足がじんじんしてきた。あのとき、息を殺して虎とにらみ合っていた時間が、今になってず
しりとのしかかってくる。
「風が吹いて、匂いが届いて、虎が判断を変えた。…きまぐれで助かったってこと?」
「そうだね...野生相手に次はどうなるかわからない...」
守は立ち上がって、近くの木の幹に手をつく。
そして空を見上げた。
「ここで俺たちが生きてる事が奇跡だよ、それだけで十分だ」
「…うん、ほんとに」
私もゆっくりと立ち上がる。膝がわずかに笑っていた。
それでも、なんとか歩ける。
なんとか、次へ進める。虎は去った。今のところは。
「……ねえ、守」
「ん?」
「この島、やっぱり変じゃない?」
「…そうだな」
私たちは顔を見合わせて、小さく息を吐いた。
「調べに行こう、次に襲われた時にも奇跡で生き残れる可能性は低い」
「そうだね、少しずつ調べていこう」
そして、再び森の奥へと、一歩を踏み出した。
読んでいただいた方ありがとうございました。




