恋人との無人島旅行というイベントへの出会い②
この無人島の違和感を少しずつ感じ始めた。
私たちは、再び足を踏み出した。
森の奥へと進むに連れて、空の色は木々の葉に遮られ、昼間だというのに少しずつ薄暗くなっていく。
湿った土の匂いが鼻をくすぐり、踏みしめるたびに枝や落ち葉がぱきりと乾いた音を立てた。
「なんか、ちょっと冒険っぽいね」
守が笑う。
彼の声も、葉のざわめきに吸い込まれていくようだった。
「こんな森の中なら道に迷うかもしれないわね。ちゃんと目印つけて進まないと...」
私はポケットから赤いリボンを取り出し、近くの枝に結んだ。
風に揺れるリボンが、ささやかな安心材料になる。
「用意がいいね。さすが」
守は感心したように言ったが、私はただ心配性なだけだった。
スマホの電波も届かないような場所で迷子になるなんて、ごめんだ。
さらに進むと、周囲の木々が少し開けた場所に出た。
そこにはぽっかりとした空間があり、中央には何かの石碑のようなものが立っていた。
苔に覆われており、何か書いてあるように見える文字は判別できない。
「…何これ?」
「祠、かな? でも屋根とかはないし…」
私は近づいて、手で苔を軽く払ってみた。指先がひんやりと湿り気を帯びた石に触れる。うっすらと、何かの模様のようなものが彫られていた。だがそれが何を意味するのかはわからない。
守が周囲を見回す。
「このへん、やっぱり昔は誰か住んでたんじゃないかな。こういうのが残ってるってことは」
「でも、こんな奥まで来ないと見つからないなんて…よっぽどの理由があったのかしら」
私は石碑の前にしゃがみ込む。どこか懐かしいような、けれど言いようのない不安もこみ上げてきた。祠ではないとすれば、墓標? あるいは何かを封じるもの?
「ねぇ、そろそろ引き返したほうがいいかも」
私は立ち上がって言った。ふと、守の顔を見ると、彼はある一点をじっと見つめていた。
「どうしたの?」
「あれ……建物じゃない?」
守が指さす方向を見ると、確かに木々の間に人工的な影が見えた。
私たちは無言で顔を見合わせ、そして頷く。
草をかき分けながら進んでいくと、やがて姿を現したのは、古びた建物だった。
石と木でできた構造は年季が入っていて、崩れかけてはいるが、明らかに人の手で造られたものだった。
建物の前には苔むした階段があり、そこを上ると、開け放たれた扉が迎えるようにこちらを向いている。
「まさか、こんな場所に……」
「誰かが住んでた家……?」
私は息をのんだ。扉の向こうは薄暗く、しかし差し込む光に照らされた埃の粒がふわりと舞っているのが見えた。
中に入ると、床板がぎし、と音を立てた。
「気をつけて、崩れそうよ」
守が手を伸ばしてくる。私はその手を取った。少しだけ安心する。
中には棚や机、割れた茶碗のようなものまであった。
まるで誰かがここに住んでいて、ある日突然姿を消したかのように、生活の痕跡だけがぽつりと残っている。
「これ、日記……?」
守が棚の上にあったボロボロのノートを手に取った。
表紙はすでに剥がれかけており、ところどころカビている。ページを開くと、手書きの文字がびっしりと並んでいた。かろうじて読める部分を、守が声に出して読んだ。
「“…三度目の夜、またあの声がした。森の奥から誰かが呼んでいる。あれは…あの祠のせいだ…”」
守の声が震える。私は思わずノートをのぞき込んだ。
「“…戻れない。もう遅い。目を合わせてはならない…”」
ぞくりと背筋が凍る。先ほど見た石碑が脳裏によみがえった。
「これって…」
私たちは言葉を失った。これはただの廃屋ではない。何か、見てはいけないものに触れてしまったのかもしれない。
そのとき、どこからか「パキン」と枝の折れる音がした。背筋に冷たいものが走る。
「戻ろう…」
私は小さく呟いた。守も何も言わず、ただ頷いた。
後ろを振り返らずに、私たちは森の奥から引き返すために歩き始めた。
しかし背中から私たちをじっと見つめている視線を感じることになった。
読んでいただいた方ありがとうございました。




