誰も気が付かないのは良しとして
メガネを新調した翌日から、私は函館遠征組に参加してボーリング場の改装作業が再開しました。
しかも、この遠征は現地に宿泊しての作業になるそうです。
ちなみに私はトミーさんと同じ部屋で四泊五日、毎日が現場作業。
まあ、自宅から近所に通うのと変わらないよなぁと思った私が甘かったです。
「よ〜し、今日の現場は終了です。また明日、よろしくお願いします」
「お疲れ様でした!!」
仕事は順調。
担当の方々とも普通に雑談ができるレベルで仲が良くなりました。
まあ、旭川からスタートして、白石、ススキノ、北12条、南郷と次々と改装作業を繰り返し、私の現場としてはこの函館がラスト。
他のメンバーの方はこのあとは道東方面での改装だそうですけれど、私は大学が始まるのでここまでです。
「さぁ、今日はどこに飲みに行く?」
「は、はぁ……昨日も飲みましたよね?」
「何を言っているんだい? 遠征の楽しみは仕事の後の飲み会じゃないか」
うん、ウィルプラスの高尾さんもはっちゃけてますし、伊藤さんや大川さんも参加するそうですから、これは断らない方が良いですよね。
そもそもみなさん、身持ちが硬い方々ばかりなので女性陣としても安心して付いていけます。
「まあ、ミコシーはまだ未成年だからアルコール禁止で。でも会社から支払われる食費+少しだけ自前で、結構いろんなものが食べられるんだからさ」
「そうですよね。朝イチのイカ刺しも食べたいですし、ラッキーピエロにも行かないとですよ」
「ラッキーピエロかぁ。それは明日だな、今日はまず、函館といえばここっていう場所に案内するので」
ふむふむ。
伊藤さんたちはよく函館遠征に来るそうなので、飲み歩く場所も結構吟味しているようで。
それではプロの方々に案内してもらって、今夜は楽しむことにしましょう!!
明日も朝早いのですから、そんなに遅くまで飲み歩くようなことはありませんよね。
そして飲み会は二次会へと突入、誰かの部屋で深夜のスポーツ観戦。
朝は早いから早めに寝ろと話していた高尾さんまで参加しているそうですが、私とトミーさんは早急に撤収。
翌日の仕事に差し支えないようにしなくてはなりませんからね。
………
……
…
「あの、なんで平気なのですか?」
翌日、朝。
朝食を食べにホテルのレストランへと向かったのですが、すでに伊藤さんたちが楽しそうに朝食を食べつつ打ち合わせの真っ最中。
いや、あのあとさらに飲んだのですよね?
「お、ミコシーもこれから朝食か。しっかりと食べて体力をつけるように」
「は、はぁ……それよりもみなさん、お酒は残ってないのですか?」
思わずそう問いかけてしまったのですが。
伊藤さんはニィッと笑って。
「ある程度は制限しているからね。流石にへべれけになって現場なんて出られないからさ」
「プロですねぇ。伊藤さんたちのへべれけレベルって、どれぐらいの酒量なのか教えて欲しくなってきますよ」
「はっはっはっ。まあ、ミコシーもお酒が飲めるようになったらわかるさ」
そういうものなのかなぁ。
と思って別の席に目を配ると、高尾さんが二日酔いの薬を飲んでいます。
うん、あれが正解なんだろうなぁ。
「それじゃあ、早く食べて現場に向かいましょう……って、ミコシー……今日は眼鏡が違うのね?」
「あ、トミーさんならわかりますよね? 外作業用に丈夫な眼鏡を買ってきたのですよ」
「ふぅん。まあ、ミコシーならどんなメガネも似合いそうだね。さ、一緒に食べましょう」
「はい!!」
うん、トミーさんって、ナチュラルにジゴロな気質を有していますよね。
これで彼女が男性だったら、コロッと騙されそうですよ。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
──新学期
楽しかった遠征も、事故も何もなく無事に終了。
三日目からは一部メンバー交代で、伊藤さんと熊沢さんが入れ替わった程度で特に問題はありませんでしたよ。
ええ、函館からの帰りの車、熊沢さんが必死に私やトミーさんを誘った程度ですよ、男は載せたくないなぁとか話していましたけれど。
速やかに男性を乗せてやや不機嫌そうな熊沢さんは敢えて放置して、帰りの道中は楽しいドライブになりましたよ。
そんなこんなで夏季休講も終了。
さっそく大学に向かう時からメガネを着用したのは良かったのですけれど、そもそも私、大学では友達と呼べるような方がほとんどいません。
YOSAKOIチームのみなさんと、あとは講義で顔を合わせる人たちぐらい。
そもそもサークル活動に興味がなく、ひたすらにアルバイトで現場と自宅を往復する毎日が続いていますが。
「ま、まあ、逆転の発想よね、似合わないって笑われるよりは良いです。それに、気が付かれていないということはすなわち、より自然に見えたという証拠ですからね」
講義が終わって。
席で小さくガッツポーズを取ったら、あとは片付けて帰るだけ。
帰るだけ……。
「あ、あの、御子柴さんってサークル活動に興味ない?」
そう私に声を掛けてきたのは、同じ講義を受けていた男性。
顔を見たことがある程度で、話したことなんてなかったのですけれど。
「んんん? サークル活動ですか? どんなサークルでしょうか?」
「文芸部なんだけど。小説とかに興味無いかなぁと思ってさ。ほら、御子柴さんって見た感じ文学系だから」
「はぁ……まあ、小説は読みますけれど、それ以外は特に何かあるということもないですし」
好きなジャンルはラノベ系ですが?
アニメや漫画、特撮もある程度嗜む程度ですが。
ええ、嗜む程度ですよ、特撮のDVDは古いものからかなり網羅していますし、東京の遊園地のショーとかで販売されていたものについてはネットで落札する程度ですから。
「それじゃあさ、ためしに見学に来ない?」
「う〜ん。夕方からはアルバイトがある時があって、そうそう顔を出すことはできないのですけれど」
「へぇ、アルバイトもやっているんだ。どんなバイト?」
「え、イベントの設営ですが?」
「……」
その沈黙は何かな?
イベント設営に何か文句でもあるのかな?
私の外見から察するに、知的美少女とでも思っていたのかな?
どっこい私の仕事は体力勝負、自慢ではありませんけれど上腕と足にはそこそこ立派な筋肉がありますし、このたび腹筋も割れ始めましたが?
「そ、そうか。苦労しているんだね……それじゃあせめて、これを渡しておくから興味があったら顔をだして」
そう涙ぐみつつチラシを手渡して、男性は立ち去りましたが。
今の会話のどこに涙ぐむ要素があるのか、ちょっと説明してくれませんか?
ことと次第ではレンチで殴りますよ?
「はぁ……今日は何もないから帰って工具の手入れでもしようかな。それとも、新しい軍手を買い足そうかな……」
思わず呟きましたが。
この会話でドン引きする男性がいることを初めて知りましたよ。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






