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一人暮らしを始めよう

 まだ私が小さかった頃。


 小学校に入学したばかりのお兄ちゃんと一緒に見た、遊園地のヒーローショーが今でも頭の中に残っている。

 お兄ちゃんはずっとヒーローを応援していたけれど、私は違う。

 ヒーローと一緒に戦って、見ていた私たちをマイク片手に応援していた司会のお姉さん。

 その格好良さに、私は目が離せなくなった。


「はーい!! みんな元気かな〜!!」


 笑顔でステージに現れた司会のお姉さん。

 その姿は、いつもキラキラしていた。

 悪役に捕まったりすることもあるけれど、ヒーローが必ず助けに来てくれると信じている。

 その信じる力に、私はずっと憧れていた。


──13年後

 大学に合格し、私は一人暮らしをするために札幌へ引っ越して来た。

 学費とアパートの家賃とかは仕送りで賄えるけれど、その他の交際費などはアルバイトで稼がなくてはならない。

 

「はぁ〜、ウエィトレスは時間的に無理。休みの日とか夕方の仕事なら良いのだけれど、何かないかなぁ……」


 学食でアルバイト情報誌を眺めていた私。

 講義の合間とか夕方以降のバイトを探してみたものの、目ぼしいものは殆ど埋まっている。

 入学したばかりという時期的なものもあったのだろうけれど、どうしても希望するアルバイトは見つからなかった。


「う〜ん。体力的には自信はあるのだけれど、だからと言って警備とかは嫌だなぁ……」


 そんなことを呟きつつ、ページをめくっていた時。


『急募:イベント関係業務。設営、その他。ぬいぐるみアトラクター』


 そう書かれていた募集を見つけました。

 

「え? イベントってあれだよね? 小さな頃にお兄ちゃんと見たヒーローショーだよね? 業務の募集? ぬいぐるみアトラクターって、つまりあれだよね?」


 小さな時に見たヒーローショーが頭の中に駆け巡る。

 そうか、あのお姉さんみたいになれるかも。

 ううん、多分そういうイベントの仕事もあるんだろうなぁ。

 

「よし、このアルバイトに決めよう!!」


 善は急げ、すぐに履歴書を用意してアルバイトの連絡先に電話を入れる。

 

「あの、アルバイト募集の広告を見て連絡したのですが。まだ募集していますか?」

『はいはい、まだ空いてますよ。それでは面接を行いますので、いつ頃来れますか?』

「明日の夕方でお願いします』


 電話口の男性が、淡々と事務的に説明してくれる。

 私はアルバイト情報誌に書いてあった希望面接時間の中で夕方が空いていることを説明すると、すぐにその時間の予約ができた。

 よし、あとは急いで履歴書を仕上げて……と、写真も撮って、あとは面接に着ていく服装は……。


 あの煌びやかなステージが頭の中に蘇る。

 私の夢は、イベント会場でヒーローを支える司会のお姉さん。

 その担当がMCと呼ばれていることは、中学校の時に学んだ。

 そう、私のMCデビューはもうすぐ!!



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



──株式会社ウィルプラス

 北九州に本拠地がある、大型イベント設営会社。

 その札幌支店で、私の面接はありました。


「初めまして。面接担当の大野です。では、さっそく始めましょうか」

「は、はい、よろしくお願いします」


 やばい、緊張して来ました。

 薄らと手に汗が滲んでいるのが分かります。


「本日はアルバイト希望ということでしたが、当社の業務については、どこまで理解していますか?」

「はい、イベントの設営業務及びぬいぐるみアトラクターなどなどと伺っています」

「その辺りはご理解していましたか。なにか実務経験は?」

「実経験はありませんが、小さなころからヒーローショーなどをよく見ていました。そこでぬいぐるみショーとかを見ていました」


 そう説明すると、担当の方が一瞬だけ、頭を傾げたように見えましたが。


「ええっと、お名前は御子柴優香さん、ですね。当社の業務については先ほどの通りですが、ぬいぐるみ関係の業務はたまにしかありません。それ以外では、設営やイベントの当日スタッフなどをお願いする事になりますが、宜しいですか?」

「はい、大丈夫です! できればぬいぐるみ関係の業務につきたかったので、いずれは経験したいと思います」

「ははは、慣れて来たらお任せすることもあるかもしれませんね。では、採用となりますので。こちらに詳しい注意事項などが書いてありますので、時間のある時にでも目を通しておいてください。それと、研修もありますがどうしますか?」


 研修!!

 これは何知らない私にとっては、イベント業務のノウハウを学ぶ良い機会です。

 何事も経験、下積みは大事。

 気がつくと私は、次の土曜日の午後で研修の予約をしていました。


「……はい、それではこれで本日は終わりです。それでは、研修でまたお会いしましょう。当日は動きやすい服と、あと軍手を用意しておいてください」

「はい、よろしくお願いします」


 深々と頭を下げて、私は事務所を後にします。

 くる時のドキドキ感は、今ではワクワク感に変化しています。

 

「よ〜っし!! やるぞ!! 頑張るぞ!!」


 気合い十分。

 時給はそれほど高くありませんが、それでも今のご時世で900円は大きいです。

 イベント業務ということもあり、毎日のように出番があるわけではないのですが。日祝日は半日勤務もあるそうですし、何よりも北海道各地を回って作業することもあるそうですから。


「うん、夏休みのヒーローショーとかも、北海道縦断とかありましたからね。やっぱり忙しいんだろうなぁ」


 小さな時に夢見ていた、格好いい女性。

 そのための第一歩が、今、始まりました!!



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


──土曜日午後・研修

 予定時刻は午後3時。

 その15分前には事務所に到着。

 定刻よりも少し早い時間に辿り着くと、そのまま事務所の受付へ。

 アルバイトの研修で来たことを告げると、面接担当だった大野さんが別室へ案内してくれました。


──ガチャッ

 少し大きめの会議室。

 そこには私以外に二人の男性が座っています。

 どうやら私以外にも研修を受けた方がいらっしゃったようです。


「では、ここで待っていてください。3時には研修が始まりますから」

「はい……女性って、いないのですね?」

「まあ、いないことはありませんけれど、体力勝負の業務ですからね」

「体力勝負……そうですよね」


 ステージの上を縦横無尽に駆け抜けたり、マイク片手に子供達に元気を与えたり。

 そう、MCの仕事には体力は必要です。

 それに、何度か設営しているところも見たことがあります。

 ステージ横に白い壁を立てて、そこに荷物を運び込んだり。

 音響機器を設置して音出しをしたり。

 開演前にはヒーロー番組のオープニングとエンディングを延々とかけていたり。

 そしてショーが終わると、ヒーローとの握手会や写真撮影会、おっと、サイン会もありましたしグッズの販売もありましたよ。


「まあ、他にも登録している女性はいますので、安心してください」

「はい、よろしくお願いします」


 思わず大きな声を出してしまいました。

 前に座っていた二人がビクッと反応して、恐る恐るこっちを見ています。


「あ、あは……失礼しました」

「ん、頑張って」

「よろしく」


 二人の男性も笑顔でそう告げてくれたので、私も少し気が楽になります。

 これから一緒に仕事をするのですから、コミュニケーションは大切ですよね。

 そんなことを考えているうちに、いつのまにか研修を受ける方が一人、また一人と増えていきます。

 気がつくと大きな会議室に10名ほどの研修者が集まっていました。


「はい、それでは研修を始めます。まずは資料をお配りしますので、まずはそれに合わせて説明を行います。その後で、実際に設営を行なってもらいますので。初めての方もいらっしゃるとは思いますので、まずは流れだけでも覚えるようにしてください」


 研修担当の社員さんは、面接担当だった大野さんではなく高尾というおじさん。着ている作業服に名前が刺繍されていましたので、間違いはありません。


「それでは、説明をしますね……」


 はい、説明が始まりました。

 ふむ、まず大切なことは安全確認と声出し。

 わからないことはすぐに担当もしくは現場のリーダーに聞くこと。

 請負の責任者もいるので、常に礼儀正しく。

 この辺は当たり前ですね。


「では、設営で主に扱うものについて……」


 ん、この白い壁は。

 【オクタノルム】というシステムだそうです。

 長いポールと短いビーム、そして壁になるパネルを組み合わせて壁を作ると。

 これは知っています、イベントの会場でよく見るやつです。

 ほら、ゲームショーなどでブースが区切られたいますよね? あれがシステムです。

 それとはべつに、四角く大きな骨組みもあります。

 これが【トラス】、これは会場の入り口とか、あとは天井から下がっている照明器具を固定したりするやつですね。


「なるほど、これはかなり大規模な設営ですか」


 資料には、これまでに撮影された会場などの写真も添付されています。

 ええ、どこかの広場でのイベントらしくぬいぐるみやMCのお兄さん? の姿もありましたよ。


「……では、実際に設営をして貰います。まずはオクタから始めましょうか」

「オクタ……あ、オクタノルムですか」

「ええ。私たちは普段、システムと呼んでいます。それ以外にもアルファパネルとかバンテとか、色々なタイプがありますけれど。今日はます、システムから始めましょう。工具はこれを使います。では、順番に教えますので……」


 そう説明されて受け取ったのは、実家の父が持っていたラチェットレンチ。

 でも、これはかなり小さくて、手のひらサイズですよ。

 そんなことを考えつつ、他の皆さんの作業を見ていますと。


「は、早いっ!!」


 思わず声が出てしまいます。

 慌てて口を閉じて、次々と作業をする人をじっと観察して。

 気がつくと、私の出番です。


「それじゃあ御子柴さん、やって見ますか?」

「はい!!」


 ラチェットレンチを受け取って。

 まずはしゃがんでポールを立てて、それを肩に担ぐように固定して両手でビームを繋がる。


「あ。あれ? ラチェットレンチがまわらない?どうして?」

「それは逆回転になっていますね。ピットの下のスイッチを切り替えて」

「ピット? あ、この先っぽ?」


 慌ててスイッチを探し、それを切り替えると。


──カチカチカチッ

「うわ、回った!!」

「まあ、回りますよね……」


 私の独言にツッコミを入れる高尾さん。

 あはは……よし、独り言も気をつけよう。

 そう心に誓って作業を続けます。

 他の人のように早く作業はできませんけれど、それでも初めてにしてはうまく行ったかと思います。


「うん、この辺が斜めですね。このパネルがしっかりと溝に入らないと、上のビームが固定できませんよ。でも。初めてではこんなところでしょう」

「はい……」


 素人の上手くできた感は、プロから見たら当たり前のようにダメ出し満載な仕上がりでした。


「まあ、女性でシステムを専属でやるような人は、そうそういませんからね。うちでもシステム担当の女性は数人程度ですからね」

「あ、そうなのですか」

「ええ。大抵は備品配りだったり、設営補佐とか間配りと言った作業がありますから」


 間配りとは、システムを建てる場所にあらかじめ材料を配る作業です。

 力のない男性や女性スタッフが間配りを行い、ベテラン作業員がシステムを組むというのが基本的な流れらしく。

 まだ初心者にも毛が生えた程度の私では、最初は下積みの作業からのスタートです。


 でも、目標は出来る女性、MCのお姉さん。

 そのためにも、まずはじっくりとこの仕事を学んで行かなくてはなりません。





 

 



 

 


 

いつもお読み頂き、ありがとうございます。


・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。


・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。



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