7 思い
バリドゥとジラドは、第2のアジトの近くで3日間野宿を繰り返した。アジトが捕捉され、当局に監視されていないかを見るためである。
この間、ジラドは大胆にもいつものようにゴミ漁りに出た。ボロボロの服を着て、千切れかかったサンダルだけを履き、ゴミの山をうろついている。
そうしていると「戦士」などではなく、そこら辺にいるただのスラムのガキでしかなかった。
そうやってジラドは、彼なりにアジトの周辺に怪しい動きをする大人がいないかを偵察しているのだった。
この偵察はバリドゥには有り難かった。
ジラドはまだ当局には顔を知られていない。どころか、実際にまだ11歳の子どもでしかないのだ。
完全にスラムのガキどもの中に溶け込んでしまい、誰にも警戒されないのである。
安全を確認できた4日目に、ようやくバリドゥとジラドは古い倉庫の中にある第2アジトの中に入った。
そこには車と、それに積み込める折り畳み小型バイクが置いてある。
「ジラド、お前バイクは乗れるか?」
「訓練所で教えてもらった。車の運転も——。」
「よし。必要な時には、あのバイクはお前が使え。体が小っこいからちょうどいいだろう。」
通信設備や端末は、改めて調達しなければならなかった。
「少し遠くなったが、また『スロビア』に行ってもらわなくちゃならんな。」
『スロビア』はあのリサイクル屋のことだ。もちろん、表向きの店名ではない。もっと厳密に言うなら、あの店のおやじのことだ。
おやじはジラドを見ると
「お、ジラドか。しばらく見なかったな。」
と白々しいことを言った。
そこは、ジラドも心得ている。
「ん・・・。」
と相変わらずの無口で、いつも通りの反応をしてみせる。
袋から途中で漁ってきたゴミを取り出し、おやじに見せて値付けをしてもらう。
おやじは店の奥で小銭を渡しながら、机の陰で別の荷物をジラドの袋に入れようとした。
「1つずつ分けて運ぶよ。袋がふくらみ過ぎてると怪しまれるといけない。」
そんなジラドの言葉に、おやじはちょっと驚いたふうを見せた。
「成長したな。」
それから、さらに声を落としてジラドに耳打ちした。
「気をつけろ。軍の動きが活発になってる。今度の長官は、かなりキツいヤツらしいというウワサだ。もっとも・・・」
と、おやじは店の入り口の方を警戒しながら続けた。
「ラカン支隊の連邦軍は、半分くらいが私設軍隊のならず者だ。正規の連邦軍ほどの偵知能力があるとは思えんが——。」
アジトに通信手段が整ってくると、バリドゥは活発に活動を始めた。
「ゴルビアの仇討ちだ。」
そんなバリドゥの言葉に、やや不安そうな表情を見せたジラドを見てバリドゥは、くっ、と笑った。
「心配するな。あの子はターゲットじゃない。」
どうやら前のアジトを襲ったのは、シャンダーバ地方を拠点とする軍閥のグループらしかった。
アジトがどうやって偵知されたか、については、はっきりしたことが分からなかったが、ゴルビアがちょくちょく通っていたらしい女がアパートで殺されていたところをみると、そこから尾行られた可能性が高い。
「仇討ちだ。軍閥の頭を殺ってやる。」
それは意味のある行動だろうか? 連邦軍がテロリスト狩りを強めている中で、目的から外れていくのは危険では——?
ジラドは11歳なりにそんなふうに思ったが、口には出さなかった。バリドゥにはバリドゥの思いがあるだろう。
1台の車が、砂塵を巻き上げて荒野を走り抜けてゆく。
乗っているのはバリドゥとジラドだ。ほんの一刻前、連邦軍内のシャンダーバ軍閥のトップを守備よくバリドゥが暗殺して、ついでにジラドが軍の武器庫を爆破して、現在逃走中である。
この荒野を抜けて山間部に入り込んでしまえば、敵をまいて市街地まで走り込むのは道なき道に精通したバリドゥには難しいことではない。
遮るもののない今が、一番危険な状態である。
もっとも、追手はかかっているが、今のところはるか後方で肉眼で見える位置にはいない。
問題は上空のドローンだった。
「どうにも目障りだな。ジラド、運転を代われ。」
バリドゥは後部の荷物スペースに移動し、天蓋を開けて質量弾ランチャーを上空に向けて構えた。
今ここにあるレーザー銃では出力が不足して、あの高度のドローンは撃ち落とせない。
質量弾ランチャーを使うしかないが、揺れる車の上から飛行するドローンに質量弾を当てるのは相当に難しい。
これは俺でなくちゃ出来ん。
バリドゥは車の揺れを腰で吸収しながら、ドローンの速度を計算し、慎重にその前方を狙って引き金を引いた。
質量弾は火を噴いて上昇し、ドローンに吸い込まれるようにして命中した。一方、命中寸前にドローンもレーザー弾を発射し、それがバリドゥたちの車の後輪に命中した。
ドローンは真っ二つになり、分解した機体がくるくると木の葉のように舞いながら前方の荒野に墜落して黒煙を上げた。が、車の方もひっくり返り、バリドゥは地面に投げ出された。相討ちの形になった。
横転した車の運転席のドアを持ち上げて、ジラドが這い出てきた。
「バリドゥ! 大丈夫?」
「左足をやられたらしい。お前はどうなんだ?」
「オレはなんともない。」
「通信は入るか?」
ジラドは首を振った。
「バイクは無事か?」
ジラドは荷物スペースを覗いて、折りたたみバイクを引きずり出した。開いてスターターをかけると電源が入る。
「無事だよ!」
「この先に訓練基地があるのは知ってるな? お前、ひとっ走りして応援を要請してこい。」
「でも・・・」
「ぐずぐずしてると追手がくるぞ! この状態で2人では戦えん。急げ!」
ジラドが走り去るのを確認すると、バリドゥは足を引きずって横転した車の陰に入った。
銃のエネルギーカセットは十分にある。
しかし、20キロ先の基地からジラドが応援を連れてくるのは間に合うまい。こっちにはドローンなんかないのだ。
この状況を計算した上で、バリドゥはジラドだけでも逃がそうと思った——のかどうか。
やがて遠方に砂塵が見え、追手が来たことを知らせた。
「さて——。」
とバリドゥは誰に聞かせるでもなく言った。
「できるだけ時間を稼ぐか。」
激しい銃撃戦だ。
小隊じゃない。中隊レベルの人数で追ってきたんじゃないか?
だが、バリドゥの戦士としての勘は並外れている。車の陰から手首だけを出して、めくら撃ちのようにして撃っているのに、軍の兵士がバタバタと斃れていった。
敵は突撃してくることができない。
バリドゥの顔には、この状況下でも恐怖の色はない。むしろ残酷な笑みを浮かべているようにすら見えた。
隠れたままのめくら撃ちで、これほど当てることができるはずがない。どこかに別のスナイパーがいるのではないか?
それを探そうと、敵の指揮官が頭を上げてあたりを見回した時、不運にもバリドゥのめくら撃ちが指揮官の頭を貫いた。
それもバリドゥの勘か、それとも本当に「不運」だけなのかは分からない。
しかし、軍は組織である。私設の軍閥上がりとはいえ、一応連邦軍としての訓練も受けており、そのあたりのシステムはちゃんとしている。
すぐに次の階級の者が指揮をとり、攻撃は弛まなかった。
エネルギーカセットを1秒で取り替え、背中を横転した車体に預けて再び撃ち始めたバリドゥは、ふいに手首に灼熱したものを感じた。
バリドゥの目の前を、千切れた手首と銃がスローモーションのようにして飛んでゆく。
それは、バリドゥの人生が数瞬後には終わることを告げていた。
こんな時は、何を思えばいいんだろう?
バリドゥは銃を掴んだままの手首を眺めながら、母親にすがりついていたあの少女を置き去りにした時と同じ疑問を自分に問いかけていた。