6 戦士
爆裂質量弾が窓から撃ち込まれ、炸裂して部屋中の壁という壁を穴だらけにした。
「来るぞ! 階段を使って上に上がれ!」
かろうじて鋼鉄製のドアの陰で身を守ったバリドゥが、たまたま部屋の外に出ていたジラドに指示を出した。
直前に外からレーザー銃で頭を射抜かれたゴルビアの死体は、既にバラバラの肉片と化している。
これより2日前。ジラドとバリドゥは、組織の訓練施設にいた。
「なかなかスジの良いガキだな。まだ11歳になったばかりなんだって?」
訓練官のコクリーが、模擬弾を避けながら目標に近づき、これを撃破する訓練をしているジラドを顎でしゃくってバリドゥに言った。
「勘のいいヤツだろ?」
バリドゥは自分の弟が褒められでもしたような表情を見せた。
「狙撃の成績も、模擬作戦指揮の成績も抜群だ。先が楽しみな人材だな。よく、こんなのを見つけてきたな。」
「スラムでゴミを漁ってた。」
「正直、こんなのを軍の側に持っていかれなくてよかったと思うぜ。」
「今の政府も軍も、スラムにいるやつを人間だなんて思ってるもんか。」
ジラドは1ヶ月前、バリドゥに山間のこの施設に連れてこられ、1ヶ月間、戦士としての基礎訓練を受けていた。
今日はその第一段階の満期日になり、バリドゥが迎えに来ている。
「見違えるほど逞しくなったな。」
車の近くに戻ってきたジラドは、そんなバリドゥの言葉に相変わらず無言で口の端を上げただけだった。
こいつは、ガキのくせに奇妙な静けさを纏っていやがる。案外、先々大物になるやつかもな——。
バリドゥはそんなことを思いながら、顎だけで「車に乗れ」と言った。
バリドゥ。——本名、パエビ・ラ・サ・アシド。
現政府から、第一級テロリストとして指名手配されている「危険人物」だが、本人に言わせれば、こちらこそが民衆のためのレジスタンスであり、現政府の方が大きくなったならず者組織に他ならない。
そもそも、政府自体が各地の有力武装組織の勢力均衡の上に成り立っているだけで、そういう意味では彼の言うように「ならず者の集まり組織」と言えなくもなかった。
ここ7〜8年のバリドゥの戦果は大きく、いくつかの大きな政府プロジェクトは彼のために頓挫させられていた。
実際、そのプロジェクトにはラカンの貴重な生態系を破壊して「資源」を他星へ持ち出すような利権のためだけのプロジェクトや、スラムを一掃して都市環境を整備する、といったものが含まれている。一掃された「住民」は、どこへ行けと言うのか?
ジラドは、バリドゥたちのアジトの護衛としての任務を正式に与えられ、あのスラムに戻った。
そのわずか2日後である。そこが軍に急襲されたのは——。
初め、バリドゥが「面妖しい」と言って、銃の手入れを中断して顔を上げた。
「静かすぎる。」
ゴルビアが窓のカーテン替わりの布の隙間から外を覗う。通りにスラムの住民がおらず、黒い戦闘服の人影が見えた。
「連邦軍・・・・」
言いかけた次の瞬間、ピッとガラスに穴が開き、レーザー弾がゴルビアの頭を撃ち抜いた。
呂律の回らない発音を2つ3つ残してゴルビアが仰向けに倒れるのと、バリドゥが手入れ中の銃を捨て、ゴルビアの銃を取って部屋のドアを開けるのが同時だった。
バリドゥが鋼鉄製のドアの陰に身を隠した直後、ガシャンという音と共に窓から爆裂質量弾が部屋に飛び込んできた。
「来るな、ジラド! 身を伏せろ!」
バリドゥがドアを閉めながら叫ぶ。
どん! と部屋の中で質量弾が炸裂した。
建物から突き出るように設置された非常階段の踊り場で、バリドゥとジラドは手すり壁のスリットから通りの方を眺めた。
数人の軍兵士と指揮官らしき男がいて、その男の傍にあの階段の少女がいた。何やら聞かれているらしく、少女は今しがた爆破された部屋を指さしていた。
「あのメスガキ。売りやがったか——。」
バリドゥが低く呟いて銃を持ち上げた。手すりのスリットに突き出そうとした銃口を、ジラドのまだ小さな手が止めた。
目が必死の懇願をしている。
一瞬の沈黙の後、バリドゥはジラドの頭をぽんと叩いた。
「わかったよ。今殺してどうなるわけでもない。」
それから顎をしゃくってジラドを促した。
「もう1つ先まで上がってろ。俺がここで食い止める。」
そう言って、バリドゥは階段の手すり壁の陰に身を隠し、ジラドに3階まで退いているように指示した。
バリドゥの予測した通り、軍の兵士は非常階段から上がってきて、慎重に銃を構えながら今しがた爆破した部屋に向かって進み始めた。
その背中に向けてバリドゥが手すり壁から身を乗り出し、レーザー弾を乱射する。
数人が倒れ、残りは手すり壁や廊下の壁の陰に入って撃ち返してきた。
「撤退。」
バリドゥの指示でジラドはさらに階段を上る。
バリドゥは上りながら、階段室の天井に何やらピンのようなものを差し込んで、ジラドにさらに上がるよう顔で促した。
2人して襲撃軍との撃ち合いを繰り返しながら「撤退」を繰り返し、3階層上ったところで、バリドゥはジラドに廊下の奥に走るように言った。
ジラドはすぐに廊下の奥に向かって走り出す。まごついたり聞き返したりしない。
(いい戦士だ。)
バリドゥは自分の指揮が完全に信頼されていることに満足感を覚えた。
踊り場に現れた軍の兵士にレーザー弾を乱射して押し返すと、すぐにバリドゥもジラドの後を追った。
先ほどバリドゥが隠れた階段室の角に向かってレーザー弾が乱射され、それを援護として1人が階段を上り切り、廊下側へ銃を向けて撃った。
ジラドが廊下の端で伏せた頭上をレーザー弾が通り過ぎ、バリドゥが左の壁に身を寄せた右側をレーザー弾がかすめていった。
バリドゥが階段室方面に向けて銃を乱射しながら叫んだ。
「ジラド! 窓の外へ!」
ジラドが銃座で窓を割るのと、バリドゥが手の中の何かのスイッチを押すのが同時だった。
どん! と腹を揺さぶるような音がして、階段室が閃光に包まれた。
それから、もうもうたる粉塵と共に、非常階段は軍の兵士たちを巻き込んで崩れ落ちた。
「跳べ!」
とバリドゥが言う前に、ジラドはすでに窓から跳んでいた。バリドゥも続く。
窓の外は、すぐ隣のビルの屋上だ。かねてから非常時の逃走経路としてバリドゥが準備していたルートの1つで、階段室の爆薬も、いざという時のためにバリドゥが予め起爆ピンを差し込むだけでいいように準備しておいたものだった。
先に跳び移ったジラドは屋上のパラペットに隠れて銃をパラペットの上に乗せ、狙撃の姿勢をとっている。
バリドゥも同じようにして、路上を見た。指揮官とその護衛らしき兵が1人立って、崩れ落ちた階段の上に敵がいるかどうかを確認しようとしているようだった。
護衛兵の頭が、パッと血しぶきを吹いた。そのまま、ゆっくりと倒れてゆく。
ジラドの狙撃だ。
それを見た指揮官が姿勢を低くして狙撃方向を確かめようと首を回した瞬間、指揮官の頭も血を吹いた。
こちらはバリドゥのレーザー弾である。
倒れた護衛兵に捕まっていた小さな男の子が、あの階段の少女の方に飛び込むように駆け寄っていった。
少女はその子の手を引いて、一目散にその場から逃げ出す。
(人質を取られていたのか・・・)
撃たなくてよかった——。 と、バリドゥは思ったかどうか。
バリドゥが振り返った時には、すでにジラドは走り出している。
狙撃後は一点に留まるな。
基本通りのいい動きだ。しかも走り出している方向は、かねてからバリドゥが計画していた逃走経路である。
「お前、俺が用意していた逃走経路を知ってたのか?」
走りながらバリドゥはジラドに聞いた。
「え?」
とジラドは怪訝な表情を見せた。
「こっちの方が安全かと思って・・・」
バリドゥは走りながら、めったに見せない笑顔を見せた。
「お前・・・、いい戦士だな。」