5 改革者
現在、連邦軍は『戦争』をするようなことはない。星間戦争は100年も前に終わり、今、人類は1つの連邦の中に暮らしている。
当然、連邦軍は1つであり、敵対する軍事力などどこにも存在しない。
そんな中で、軍の存在理由はただ1つ。連邦の秩序を守り、危険な武装勢力の芽を速やかに摘んで平和を維持することである。
警察力は各惑星政府の下に存在するが、惑星間を股にかける海賊やテロ組織に対しては軍の一体的な運用が必要なのだ。
だというのに、このところの平和ボケした軍の上層部には世渡り上手の阿諛者ばかりが幅を利かせるようになっている。
このままでは連邦軍は、見かけだけの張子の虎になってしまうだろう。
時間はかかったが、オレが軍のトップに就いたからには贅肉を削ぎ落とし、引き締めを図って筋肉質の「戦える軍隊」に改革してやる。ようやく、それができる立場に就いた。
ダシタは、長年温めてきた軍改革の構想を具体化するべく、最初の長官命令書の作成に取りかかった。
これより少し前、
「彼は、有能ではあるんですが・・・」
連邦安全保障委員会での説明に、まもなく退任するマホル・ド・ガマ・スラブ連邦軍長官はそんなふうに言った。
「やや視野が狭く、正論を吐きすぎるきらいがあります。」
「大丈夫かね? そんな人物を連邦軍トップに就けて——。」
「彼には、行動力があります。」
不安そうな顔をした古参委員に、ガマ・スラブ長官はガド・ロウズを擁護するような言葉で応じた。
が、その真意は別のところにある。
「副長官がスライドするのが慣例になっている長官職から、ことさら彼を外したりすれば——」
ガマ・スラブは、意味ありげに一呼吸置いた。
「彼はクーデターさえ起こしかねません。ここは、彼の能力が活かせる状況を与えておいて、暴走しないようコントロールする方が得策と思います。実際、有能ではあるのです。
もし危ういようなら、数年したら委員会へ呼んで、実権を取り上げてしまえばいい。」
委員の間にやや自嘲的な笑いが漏れた。
「お目付役に、ラ・シラン君をつけるようにしておきましたが、お気に召しませんでしょうか?」
「ああ、確かに——。彼ならしっかりした安心できる人物だが・・・。しかし、副長官という立場で押さえが効くかね?」
「そこは、我々委員会も責任を負う覚悟を持つ必要があるでしょうね。」
ガマ・スラブはまだ正式には安全保障委員ではないが、「我々」という言葉をあえて使ったのは、そこに自分を加えることで「責任を委員会に押し付けている」と取られないようにするためだった。
ガマ・スラブが評したとおり、ガド・ロウズ長官はたしかに有能であった。これまで、なんとなく曖昧にされてきていた問題を果断にに決裁し、秋霜烈日という言葉が最も似合う軍紀粛正に着手した。
「たしかに、その・・・、軍法では死刑の選択もありうる罪ではありますが——。
彼にも家族はありますし・・・。今、軍はどこかと戦争しているような状態でもありませんし・・・、少し温情を持って・・・・」
聡くも自分の役どころを察しているブリンクは、この新長官の行き過ぎを心配したが、その程度の言葉で止まるようなダシタではなかった。
前長官に押し付けられた新しい副長官の言葉を片手で遮って、ダシタはその目も見ずに冷ややかな声で言った。
「君も優柔不断な俗物と同じかね、ラ・シラン君? 軍紀というものは平時から厳粛でなくてはならんのだ。そうでなければ、有事に役立つ軍を維持することなどできないのだよ。」
なんとなく滞っていた刑の執行は、新長官になってからわずか1ヶ月で全てサインされ、軍内の死刑囚の房はカラになった。
ダシタは人事にも大きく踏み込んだ。
ただ、この男の偉さは、自分の気に入った人間だけを重宝する、といったところが微塵もなく、能力だけを重視したという点だろう。
それがなければ、轟々たる非難の嵐の中で瞬く間に失脚したであろうが、誰もがうなずかざるを得ない能力配置の組織になってゆくため、感情的にはどうであれ、理性的には納得するほかない。
が、それにしても苛烈であった。
極端な場合、上級職から一兵卒にまで落とされた者までいたが、ダシタの見抜いたとおり、そういう者は反旗を翻すだけの能力すらなく、失意のままに軍を去った。人によっては自殺にまで至った者もいたが、ダシタは頓着しなかった。
人権委員会が「懸念」を表明して調査に乗り出したが、ダシタの理論武装は完璧だった。
軍は、数ヶ月前からは見違えるほどにピリッと引き締まってきた。
——が、この引き締まり方は、あまり良い傾向ではない。むしろ、中長期的には害の方が大きくなるのでは・・・。と、副長官のブリンクは心配していたが、いかんせん「部下」という立場と、ガド・ロウズ長官の強い信念と理論武装(非の打ちどころのない正論だ)の前に、ほぼなす術がない状態だった。
ダシタは、海賊やテロリストにも情け容赦なかった。逮捕するよりも、圧倒的な軍事力で殲滅するようなやり方をした。
「軍というものが抑止力であるためには、恐れられなければならんのだよ。」
いや、それは・・・、長期的にはどうだろう? と、ブリンクは思うのだが、実際のデータとして激減したテロ事件や海賊事件の数値を前に、「情」を語る言葉はほぼ無力であることを認めるしかなかった。
「ガマ・スラブ君。新長官はなかなかやるじゃないかね。君の推薦は間違っていなかったな。」
連邦議会の廊下で安全保障委員長に明るく声をかけられたマホル・ド・ガマ・スラブは、やや心配げな表情で煮え切らない返事をした。
「ええ、まあ・・・そうなんですが・・・。」