2 テロリスト
ラカンという惑星には大きな大陸は1つだけで、その他の陸地は島と呼ぶようなものでしかない。畢竟、経済・政治の中心となるような都市は大陸に集まることになったが、適地は案外少なく、大陸の中に離れて点在するのみである。
あとは小さな貧しい町や村が、厳しい自然環境の中で人間生活の拠点になっているのみだった。
大きな都市にしても華やかなのは中心部だけで、その周辺にはIDも定かでないような人々がその日暮らしを送るスラムが広がっている。
一応、民主政ではあったが、それに参加できる人は人口の半分程度でしかない。
惑星全体を統治する統一ラカン政府はあるが、私的な利権を求める勢力が互いに牽制しあっていて、腐敗も蔓延り、その統治は脆弱で及ぶ範囲にも限界があった。
各地域ごとに非合法の統治組織のようなものもあり、連邦軍ラカン支隊とは別に武装さえしているという現状だった。
小さな武力衝突は、日常茶飯事である。
ラカンにはこれといった鉱物資源も少なく、しかもまずいことに100年前の星間戦争では「負ける側」に入ってしまった。
主導したわけではないが、脆弱で利権に絡めとられた当時の惑星政権は、ずるずると同盟側に引きずり込まれてしまったのである。
その「負債」が、今も尾を引いている。
そんなラカンの準首都とも言えるハザダヤの有力企業「スペース・ランサント」の本社ビルで爆発が起きたのは、ハザダヤの夕刻が近づいた時間帯のことだった。
街の灯りが浮かれ始め、繁華街に繰り出す人々が笑いさざめいている頃である。その人の波の上に、頭上から金属片とガラスが降り注いだ。
あたりは阿鼻叫喚の地獄絵図になった。
100メートル以上の高さから降り注ぐガラス片や金属片は、小さくてもそのスピードはもはや「弾丸」である。
路上にいた人々は血だらけになり、少し大きな破片が頭などに直撃した人は、その場に倒れて動かなくなった。
逃げ惑う人、泣き叫ぶ人、救助しようとする人、撮影する人・・・・。
無数の金属片に顔中を穴だらけにされて転がっている生首は、どうやら間違いなくランサント社のCEOのようであった。
ガラス片と共に上空から降ってきたものであろうが、100メートルもの上空から落ちて、よく原型を留めていたものだ。通行人の誰かに当たってそれがクッションになったのかもしれない。
しかし、このパニックの中では誰もそんなものに気を留めてはいなかった。
ただ1人、その男を除いては——。
とりあえず、我が身をかばって危険な現場から離れようとする人の流れの中に、その男はいた。
他の人々と同じように逃げ惑っているように見えるが、その男の目には恐怖の色がない。そして、少しずつ、目立たぬよう、確実に爆心地から離れつつあった。
その男、バリドゥである。
この惨状の中を歩きながら、バリドゥの目は何も見ていない。その目がこの現場で捉えたのは首になったCEOだけであった。
これでハザン地帯の原生林の環境破壊は、しばらく止められる。
あれを失えば、この惑星はいよいよ貧しくなるだけで、その貧しさの中で多くの者が衰弱して息絶えてゆくだろう。その数は、この現場の犠牲者の比ではない。
ランサント社が持ち出す「資源」によって、他の惑星の誰かは少しだけ贅沢ができるのかもしれないが——。
そんなバリドゥの耳に、ひとつだけ突き刺さってきた声があった。
「おかあさん! おかあさん——!」
小さな女の子が、血溜まりの中にぐったりと横たわった母親と思しき女性の体にしがみついて、この世が終わるかのような声を絞り上げて泣いている。
目は真っ赤だが、涙は流れていない。
蒼白な顔に赤い目だけを、かっ、と見開いて母親の顔だけを凝視し、人の子の声かと思うような声で叫び続けている。
まるでそうしていれば、母親が再び目を開けると信じているように——。
バリドゥは何を思ったか、つと足の向きを変えてそこに近寄っていった。声に引きずられたのかもしれない。
虚ろな半眼で白い顔をした母親は、しかし、まだ死んではいなかった。
「大丈夫だ。すぐ救急隊員が来るからね。」
優しげなおじさんを演じながら、バリドゥは冷静に状況を見ている。
これは助からんな。動脈が損傷している。出血も多すぎる。
だが、バリドゥが出血部に手持ちの止血シートを貼って、あり合わせの布で押さえてやると、女の子は叫ぶのをやめた。
ちょうど救急隊員らしい者が来たので、バリドゥは女の子に布を押さえさせて、優しげなおじさんのまま手を上げた。
「こちらに・・・。」
しかし、救急隊員は一瞥しただけで、母親の服の袖に黒いトリアージを付けてそのまま立ち去った。
もう泣いてはいないが、目を見開いたまま懸命に母親の傷口を押さえ続けている少女を残して、バリドゥは逃走用の車の方に歩き出した。




