勇者やりませんッ! 魔王は既に俺の嫁になりましたが何か問題でも?
「貴様は出来損ないだ! クズだ! ゴミクソだ!」
メタボリックで太ましい父親からひどく冷たい声で罵詈雑言の嵐が俺に向けられていた。
ゴミクソはないだろ、あんまりだ。普通じゃない発言、もはや正気の沙汰ではない。
「生まれた時から貴様には期待をしていたのに、ぐぬぬぬぬ……! 私の心を裏切りおってからにぃいイ!!」
怒りと失望と理不尽を振りかざしたボケ親父の大声が、ご近所様っつーか周りにダダ漏れである。全く恥ずかしい。部屋のドア側に立つ15歳ほどの少年に酷い言葉を浴びせかけ続けている実の父親。
「勇者一族としての能力覚醒もしない。貴様が魔王を倒す未来がワシには見えない!! 無駄飯ばかり喰らい、この『勇者アゼル・ラロート』の血族たる、由緒ある我がラロートの紋章を受け継ぐ資格など、貴様には無いのじゃああ!!!!」
ドガァ! バコォッ! と怒りを露出して机を蹴りとばし、威圧が始まる。それに呼応するように、怯えたようにぷるぷるとプリンの様に震わせる机上の花瓶。
それにしても父親の叱責は理不尽だ。実の息子に、それも長男の俺にはいつも厳しく、しつこい。出来の良い弟のヒルムばかり可愛がっていた。なぜなら俺は『勇者能力』が無い。まあそれはあくまで固有の能力なだけなんだが。
一見ぽんこつ。へっぽこ勇者。それが俺。
それでも、実の父親だし、育ててくれた恩もある。勇者の血筋だし、少しは考え直してくれるのではと、望みをかけて俺は声を出す。
「父上、実は俺は勇者として既に───」
「黙れぇい! 私はもはや貴様の父ではぬぁい!! そして貴様は子でもぬぁあい!! この屋敷から出ていけクズがあぁぁあ!!」
……実の父親にこんなこと言われたら傷つく。てかお前、子育て放棄する気か? 昨今の育児放棄問題知った上での発言か? 勇者一族の父親がそんなこと言ってたらご近所にいい笑い者にされるよ父上。大ニュースだよ、バカなの?
3年前に甦えった魔王。数百年に1度現れると言われている。その魔王を倒す使命を司る、と王国から御先祖様のおかげで決められた由緒ある勇者の家系。その長男である俺、クラウス・ラロート。
「じゃあ誰が魔王を倒すんですか?」
と俺が言うとバカヅラ下げたメタボがこもった声で返答する。
「ああん? そんなの弟のヒルムが」
すると間髪入れずに俺のかわいい弟がばっさりとそのメタボの発言を否定した。
「僕はやりませんよ、勇者として聖女様から任命されてないし、兄さんはめっちゃ強いの父上知らないんですか? 確かに勇者としての特殊能力は無いですが」
横で聞いていたイケメンかつ兄の俺様を崇拝しているヒルムが口を挟む。余談だが俺とヒルムのBL展開を期待する女子がいるのはここだけの話。
「は? え? な、何を言うのかヒルムよ」
きょどるメタボにすまし顔な爽やかイケメン弟が続けて放つ。
「兄さんの攻撃力は限界突破しています。本気出したら大地は割れるくらいじゃ済みませんよ? 抉れた大地からマグマが吹き出るし、随分前の大地震とか兄さんの魔王討伐練習の結果ですよ? とにかくやばいの知らないんですね?」
「いや、知らんぞ、そんなの……」
「クラウス兄さんは、だからこそ驚異的な力を封じながら生活してたのです。ちょっと力を発揮すると、すぐにいろいろ壊してしまうから……、それにしても父上は酷い人だ。実の息子に対してなんと惨い。僕は出ていきます。呆れて物も言えません」
「いや、ちょ、待ちなさいって」
「待ちません、さようなら父上」
なんと、俺より先に弟が扉を開けて出て行こうとしていた。何を隠そう、弟の能力は勇者一族としてしっかり覚醒をしてはいるものの、攻撃力がぜんぜん無いのだ。
つまり、俺は攻撃バカの兄。それ以外能力無し。
弟は支援能力だらけで攻撃力無し。
だからいつだってふたりで補い合って生きてきたんだ。
「ちょ、待て待て!! 本気にするでない!!」
手の平返しは勇者一族の能力ではない。最低の愚行だ。真実を伝えられ、180度意見を変える勇者一族の父。そんな父親である『ベンザー』がてへぺろをしていた。
「すまんすまん、そうかそうか! クラウスは攻撃力や腕力に特化していたとは……、あやうく愛する我が息子を追い出すとこであったぞ!!」
「追い出す?……あやうく?」
「そうよ! 獅子は我が子を千仭の谷へと突き落とし、這い上がる者を我が子とするのだ。だから仕方なかったのだ……、勇者の血族として、不本意ながら愛する息子であるお前に、試練をを与えるのは! 私も断腸の思いでお前を厳しく……」
「……あんたは獅子なんかじゃねえ、醜いブタだクソ親父」
憤りを感じ、怒りを露わにした俺は激昂する。
「実の息子にクズだのゴミだの、よくもまあ言えたもんだ! ラロート家の当主が聞いて呆れらあ! むしろ実の息子を追放したらあんたの立場が無いのわからないの?! 国王様にどう説明するの?! ねえねえ!! バカなのねえ!」
「いや私はお前の反骨精神を鍛えてやろうとだな…」
言い訳ばかりで軽い態度。そんなの俺は、断固として許さない。が、諦めの悪い父親は見苦しく言い訳を並べ、畳み掛ける様に俺を引き止めようとしてくる。
「そ、それにだな! お前がラロート家次期当主として、魔王を倒せば国王様も我々に頭が上がらなくなる!! それにヒルムより、やはりお前の方がよほど勇者らしい! それに、お前が魔王討伐の功績を打ち立てれば、次期国王として、姫君を妻として娶ることも不可能ではない!」
父親の欲望が漏れ、今度は弟を蔑む。もうバカさ加減が止まらない止まらない。
「興味無い。てか別にもう勇者やんなくていいし」
「僕も絶対にやりません。兄さんがやらないなら当たり前です」
兄弟二人並んで告げ。すると。
「な、何を言う! お前達は民を見殺しにする気か!? ワシは全力でお前達をサポートするぞ?! だから──」
「じゃあ父上……じゃなかった。俺もうあなたの息子じゃあなかったですね。おじさん、あんたが勇者やれば」
理に適った提案だ。だって勇者一族なんだからな。親父はメタボだが一応血筋ではあるが悲しいかな。贅をつくしたその体型は威圧的な態度以外には能力がない。
悲しくも汗臭いメタボが焦りだす。
「おっおじ……えぇいそんなこと言うな我が息子よ!! そうだ、何か望みがあれば申すが良いぞ?! 叶えてやろう、ワシがなんでも!!」
態度の変化を促す為か、俺の冷たい目線を感じ取ってか、父ベンザーが露骨に優しい態度に変化していく。ここまでぐるりと態度を変えてプライドはないのか。
「ほんとうに? 望みを叶えてくれるのですか?」
「もちろんだ! さあ遠慮は要らぬぞ、我が息子よ」
そう言って俺の肩を掴もうとするので、振り払う。メタボの腹がぽよんと揺れる。いやそんな、もう俺の父上ではありませんし? 俺はゴミクソですから? そんな高貴なブタに触れられては困る。ブタが伝染するっつーの!
そして俺は言い放った。
「わかった。俺の望みは……そうだな。あんたは勇者一族にいらない、出て行け」
ベンザーがピタリと硬直し。
「……な、な、なんと申した?」
「は? だから勇者一族からの追放だよ。あんたをラロート家から追放する、そして今後一切俺に関わらないと誓え」
「な! なんて事を言うのだ!! 実の父に向かってそのようなことを言うとは!!」
「望み叶えてくれるんだろ? てめぇは実の息子にさっきなんて言ったか忘れたのか? さっきあんたが俺に言ったことと同じ……そうだろ? 一族当主としての権利を捨てて出ていけよ」
「くっ! な、なんてことを言いよるのか!! クラウスよ、減らず口を叩くぬああああ!!」
ベンザーが声を荒げ、歯軋りの音が鳴る。
俺からすれば減らず口どころか、正論だと思う。むしろこれでも抑えた望みなのだが。あんたはまず臭い息のその口を閉じろ。ほんと醜悪極まりない。
口クサメタボが続ける。
「ワシが当主から降りたらどうなると思う?! 国王様より毎月恩恵を受け、贅沢できているのは誰のおかげだと思っているのじゃあ!! それに駆け出し勇者のお前がワシのサポート無しに魔王討伐などできはすまいて!!」
別に贅沢など望んじゃいない。望むのは穏やかな毎日だ。平和だ。
「別にあんたのサポなんざいらねえ。そもそも魔王を倒すのに俺は武器も防具も必要ねえ、己の拳ひとつあれば十分。あと恩恵を受けていられるのはご先祖様のおかげだけど」
「ふんっ!! 慢心しおって! クラウスよ、それではお前いつか死を」
俺はメタボの発言を遮る。
「ぎゃーぎゃーうるせえな。俺はゴミクソなんだから今更父親っぽく喋るなよ。それにだ、権力を振りかざす勇者一族の末裔なんてこちらから願い下げだ。もし俺が魔王討伐したとして、名も無いひとりの男としてその場を去る。ラロートはあんたの代で潰えるだろう」
そうなのだ。そもそも勇者って存在。
勇ましい者なんて、誰にだってなれる。偉業を達成したから勇者なのであって、別に聖女から任命されようが勇者の末裔だろうがそんなの関係ないのだ。俺は実際そう思う。
だってそうじゃね? 初代勇者の御先祖様は別に聖女から任命された訳じゃない。勇者として立ち上がった訳じゃなくて、民を苦しめる魔王許せねぇオラがぶっころしてやる! ぜってぇに! と頑張って頑張って倒したと記実されているし。
一握りの勇気さえあれば、それは皆が勇者なんだ。
するとメタボが気持ち悪いニャンコ撫で声をだす。
「しかしクラウスよ、ワシがいれば今後お前は輝かしい生活が待っているのだぞ……!」
おそろしく暑苦しい、そしてムサ苦しく言い寄ってくるクソ親父。しかしもはや俺は子ではないのでガッツリ言い返す。
「うるせえな! 正直に言えよクソが!」
ベンザーは引き止め発言をしつこく捻り出そうとするが、そこで俺は凍てつく発言を凍てつく目線とともに波動の如く一気に切り込む。
「魔王討伐した勇者一族として権力をひけらかしたい。威張り散らしたいだけなんだろ? この承認欲求の権化が、金の亡者が!!!!」
「そ、そんなわけがないだろう! ワシはお前やヒルムひいては民のためを思って……」
「んな訳ないっしょ?『勇者一族として息子が魔王討伐に成功すれば確実に利益にあやかれる』からだろ? どこまでも貪欲なジジィだ」
そう、でなければ、『討伐後』の話しを俺にべらべらと話す訳がないのだ。逆に俺から拒否が示されて、困惑する父親。立場が逆転していく俺様。
「選べよクソジジィ。俺がラロート家の一族として魔王討伐をする場合、あんたは勇者の父親としてはいらねえってこと。つまりあんたは追放。俺が個人として動くなら、ラロート家として魔王を討伐はしない。つーかそもそも魔王討伐をしないんじゃない? さあ好きな方を選びなよ」
「それかやっぱり勇者としてあんたが魔王討伐する」
「そ、それは──ッ!」
頭を抱え、俯くベンザー。毅然とした態度を見せられ、これ以上の選択肢はどうやっても引き出せないと理解して頭を上げた父親の顔には、不満と後悔の感情が滲み出ていた。ヤツみたいなメタボリック勇者など恥ずかしくて見るに耐えない。見れたものじゃない。そしてそんな親父が魔王に勝てる訳がないのだ。なんの修行もせずのうのうと生きてきたこのアホンダラ親父はおそらく、スライムにすら敵うはずもない。
「な、なぜなんじゃ!! ワシはお前の実の父親ぞ!? なんでそんな酷いことが言えるのか!?」
「……実の父親だとして、言ってはいけない言葉があるだろうが! 実の父親ならよ! 『出来損ない』だの『ゴミクソ』とは言わないんじゃない?」
「黙れッ! お前は育てられた恩があるはずだ!! 貴様を大事に育ててやったのは誰だと思っているッ!」
するとヒルムが間髪入れずに口をひらく。
「あなたが黙るべきです、今僕の支援能力、音声拡大と言語意思伝達で周囲のご近所さまに我々の声と父上の言葉と意識がだだ漏れです。っつーかそもそも声がデカいですから丸聞こえです恥ずかしい」
正論で返され、またベンザーが「うっ……」と呟き沈黙する
俺とヒルムを睨む恨みがましげな目線を向ける親父。感情を乗せずに話す弟のヒルムを見て、メタボ親父には息子達が自分の今後を嘲笑い、見下しているように見えていたと思う。俺は見下してたけど。
「もういいッ! やはりお前に期待してしまったワシが馬鹿だった! 貴様などどこへでも行くが良いわッ!!」
「それが答えか。ではさようなら元父上」
「じゃあやっぱり僕も出ていきます。魔王討伐頑張ってください父上。応援はしません。さようなら」
俺達はメタボに一礼し、背を向けて扉を開け出て行く。
──これにて俺と弟は勇者一族の血など関係なく、自由に生きていくことになった。それが人生ってものだ。俺とヒルムはいま、自由の扉をこじ開けたのだ。
■:エピローグ
ーーラロート家を出て数日後ーー
冒険者ギルドから受けた大型依頼を達成し、大金を得た俺達はゆっくりと街道を歩いていた。燦々と照らす太陽が気持ちがいい。肌に感じる爽やかな風が俺と弟の自由を祝福するように優しい。
「兄さん、これからどうするの?」
「ん? そうだな、辺境の村でスローライフかな」
「魔王討伐は?」
「魔王? ああ、そんなのとっくに倒したよ。あのクソ親父最後まで話し聞かなかったからなあ。あ、ちなみに魔王は生きているぞ? 反省してもう人間達を襲わないってさ」
「すごい……! さすが兄さん!!」
「あと魔王は女性でな、すごい美人だったぞ? そのままいろいろとってか、エロエロと討伐してやったんだが……。かくかくしかじかで実は俺、魔王と婚約した」
「えっ?? 兄さん??」
「というか……避妊しなかったからデキてるかも知れん。しかしそれって人間と魔族の橋渡しが上手くできて平和になるってことだよな。なあヒルムもそう思うだろ??」
「えっ」
今日も世界は平和だ。
これからも、ずっと。
───勇者クラウス物語 完────
最後までお読み下さいましてありがとうございます。
また皆様とお会いできたら。