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ダイジェスト 12 信頼 ~ 17 輝く星になれ!

12 信頼


 事後の手配は川野が受け持ってくれ、尊は田中に担がれるようにして自宅へ戻る。

 尊を寝かせ、現場に戻る田中。

 眩暈がおさまらずひっくり返っているだけの自分が不甲斐なく、情けないと唇をかむ尊。

 しばらくして、田中と川野が再び部屋を訪れた。

 川野が主に事後の処理をし、埴生を病院へ入れたり大人たちに事情を説明したりしてくれたようだ。

 埴生は心身ともにかなりのダメージを受けているようだが、命の別状はないと聞かされ、尊はひとまずホッとする。

 明日以降に色々とあるだろうと言い、体調が悪い尊を気遣いつつも二人は帰宅する。


 ツレたちが帰った後、尊はいろいろと考えるがどうにもまとまらない。

 この件の責任を取るのはやぶさかではない。

 しかし泰夫に知られ、彼に嫌われてしまうかもしれないと思うと、絶望のあまり死にたいような気分になった。


 翌早朝。

 田中と川野が尊の為に、ハンバーガーショップの朝メニューを手に様子を見に来てくれた。

 尊が困窮しているらしいこと、ろくな食事もとっていなさそうなことをそれとなく察している二人は、昨日倒れてしまった尊の為に、せめて温かい朝食をと持って来てくれたのだ。

 しかしもちろん、この二人はそんなことを言わない。

 自分たちが食べたかったからついでに持ってきただけ、とうそぶく。

 ツレたちのあたたかい心遣いに少し元気を取り戻した尊は、自分から進んで泰夫に今回の顛末を話す決心がついた。


 病院へ行くと尊は泰夫へ、母から生活費が入らなくなったことを始め今まで黙っていた経済的な困窮のすべてと、今回の事件の顛末を一通り話し、詫びる。

 まず泰夫は寂しそうに、自分は尊に信頼されていなかったと言う。

 信頼されていなかったのは尊の責任ではない、今後は尊から、もっと素直に頼ってもらえる保護者になれるよう精進すると、自分を責めて詫びる泰夫。尊はうろたえる。

 つまらない気遣いで、却って泰夫を傷付けたと尊は知る。

 しかしそれはそれとして、林と埴生の件では尊の認識は間違っている、と泰夫は、今度は厳しい顔で言う。

 この件の始まりは林が貶められた義憤ではなく、尊個人の怒りと憂さ晴らしだった筈と指摘される。

 反発しながらも否定できない尊。

 埴生だけでなく、尊が暴走したことで結果的に林へも迷惑をかけたことを覚る。


 許してもらえるかはともかく、一緒にきちんと謝罪しようと言う泰夫へ、尊は素直にうべなう。



13 すべてが明るみに


 帰宅すると、携帯電話に学校から呼び出しの連絡が入っていた。

 校長室で、田中や川野、林と共に事情を聞かれる尊。

 やってしまったことは認めるし反省しているが、埴生が友達の面をカネで叩いたことはやはり許せないと、教師たちに伝える尊。

 そこで初めて埴生側の認識が、『林に金を無心された。この後、何度も無心されたくないので五千円を渡して縁を切った』であることを知って驚く。

 埴生の噓か勘違いだ、と、恐慌状態に陥って叫ぶ林。

 校長は嬉々として、どうやらこの事件はお互いの行き違いによる、不幸な出来事だったようだとまとめる。

 元々彼はこの件を、内々で収めるつもりだったらしい。不祥事を表沙汰にしたくないのだろう。

 胡散臭い詐欺師のような校長だと思いつつも、中学生の尊たちは任せるしかない。


 一応は解決の目途がついたものの、内心すっきりしない尊たち。

 尊は林と一対一で話をし、事の真相に迫る。

 林としては、埴生に無心をしたつもりもカツアゲしたつもりもなかったようだ。

 ただ、世間話の中に尊の存在をにおわせ、金銭的に困っている様子の彼を助けたい……ということはほのめかせたらしい。

 どうやら林としては、自分が尊に同情しているように埴生にも同情してもらい、上手くすればいくらか融通してもらえないかと思っての行動だったようだ。

 しかし、普段ほとんど関わりのないヤンキーにそんなことを言われれば、普通の生徒ならカツアゲだと警戒するだろうと尊は林へ諭す。

 尊の舎弟になりたくてヤンキーになり、もう一年は過ぎているのに、未だその辺の機微を覚れない林。

 お前はヤンキーに向いていない、出来るだけ早くやめろと妙に優しく尊に言われ、林は絶望を胸にきびすを返し、去る。

 


14 ケモノたちの静かなたたかい


 林との話を終え、ツレたちが待つ自宅へ尊は帰る。

 結果的に林は埴生に無心していたと知り、特に田中は怒る。

 『林をシメてくる』と言い出す田中をとどめ、林とはもう関わるな、アイツにはヤンキーやめろと引導を渡してきたからと説得した。

 納得いかないながらも、矛を収める田中。

 そして川野から、林が他人に無心までして金を欲しがった本当の理由を知る。

 はた迷惑な上に間違っていたものの、林なりに尊の力になりたいという思いから始まっていたのだと知り、何とも言えない気持ちになる。


 日を改め、加害者たちは保護者と共に、埴生の自宅へ詫びに行く。

 怪我が治りきっていない泰夫に代わり、大楠が付き添ってくれた。

 厄介ごとに巻き込んだと謝る尊へ、大楠は気にするなと笑う。

 君は自分にとって教え子のようなもの、教え子の為に一肌脱ぐのは当然、君はもっと周りの大人に頼っていいのだと優しく諭される。


 こうして一連の出来事にはケリがついたものの。

 埴生本人は心に影を抱え、体調もすぐれない様子だった。

 別人のようにやつれ果て、昏いオーラを放ってむっつりしている彼は、まるで魔王にとり憑かれた勇者のようだ。

 尊は、この『闇堕ち勇者』とサシで話をし、場合によってはボコボコにされる覚悟を固める。

 帰宅途中の埴生へ、ひと気の少ない小波神社の付近で声をかけ、頭を深く下げて謝る尊。

 もしそれで少しは気が済むのなら、思う存分自分を殴れ、とも言った。

 埴生は殺気を発しながらポケットへ手を入れる。どうやら、常に得物を持ち歩いていたらしい。

「ボコボコにせえとは()うたけど。メッタ刺しにせえとは言うてへんぞ」

 尊に指摘され、ギクッとする埴生。

 得物を使うつもりならこちらも本気で抵抗する、と言われ、憎々し気に埴生は尊をにらむ。

 お前が仮に、自分に対して殺意を抱いていたとしても否定はしない、ただ殺すつもりならお前も命懸けで来い、と言う尊。

 しばらくにらみ合うが……何かが埴生の中で、ストンと納得出来たようだ。

 ポケットから手を出し、姿勢を正すと美しい所作で頭を下げ、埴生は静かに立ち去った。

 一瞬、林ではなく埴生のような男が舎弟だったら……と思ったが、尊は頭を振って忘れることにした。



15 卒業の春Ⅱ


 そして卒業式の日。

 尊を待っていた林と自宅前で出会う。


 林はあれ以来ヤンキーを辞める方向へ舵を切り、自分の方から、今まで仲が良かったヤンキーの友人(ツレ)と距離を置くようになっていた。

 悩みながらも彼は尊の言うことを理解し、その方向へ進み始めた様子だ。

 そして尊の卒業式を待ち、ヤンキー時代の自分の象徴である『タバコとライター』を預けに来た。

 林の心情を汲み、尊はそれを『永遠に預かる』と約束する。


 卒業祝いの食事を泰夫として、気分よく帰宅してみると……母がいた。

 別人にようにガリガリに、不健康に痩せた母に驚く尊。

 母は、今日の尊の卒業式をうっかり忘れていたことを詫び、しおらしくしている。

 が、尊にとってもはやどうでも良い話だった。この人と関わり合いになりたくないだけだ


 やがて尊の就職先が四国の工房だと知り、母は急にうろたえ始める。

 どうやら彼女は贔屓にしていたホストに見限られ、寂しくなって帰宅したらしい。

 が、こういう時の頼りである筈の息子が、近いうちに遠くへ行ってしまうと初めて認識し、完全にパニック状態になって叫ぶ。

「アンタはまだ未成年の子供やねんで!未成年の子供は子供らしィに、親の言うこと聞いてたらエエんや!」

 勝手なことばかり言う母に、尊は完全に愛想が尽きる。

 尊はもはや、彼女を『おかあちゃん』と呼ぶ気になれなかったので『ハルコさん』と呼び、今までずっと抑え込んでいた怒りを爆発させた。


 何がトリガーだったのか。母は、このタイミングで正気を失う。

 どこか幼い口調で『清尊(きよたか)サン』と尊の父親である男の名で自分を呼び、私は清尊サンの赤ちゃんしか産まへん、とつぶやいて、母は立ち去る。

 尊は、自分が母の中ではまだ生まれていない子、もしくは『清尊サン』ではない男の子だと認識されていることを、そこで初めて知る。

 すさまじい虚しさに、尊は泣き笑いをするしかなかった。



16 訣別の朝


 翌朝。

 絶望すら超えた事実を知らされ、涙も枯れ果てた尊は、林から預かった品物だけは何らかの形で昇華しなければと思い、外へ出る。

 無意識のうちに小波神社へたどり着いた尊は、ここの御神木ならば林からの預かり物を託せるかと思い、神木の根元に埋めようとした。

 しかしその時、たまたま境内の掃除に来た大楠と出会ってしまい、簡単に事情を説明することに。

 尊の様子が普通でないのを心配した大楠は、ひょっとして原因はお母さんかと訊く。

 実は昨夜、大楠はフラフラと町を歩く陽子を見つけ、警察に保護してもらったのだそう。

 あらゆる方面に迷惑をかける母の行状に、尊は精神の均衡を崩す。

 痙攣しそうになりながら泣き笑いする彼の背を撫ぜる大楠の勧めに従い、ゆっくり呼吸を繰り返すうち……、ひとつの思いが彼の腹の底から湧いてくる。


 『俺は生きている』


 自分は今、ここで生きている。

 母が自分を認めようがどうしようが、関係ない。

 俺は生きている。

 へその緒は、切れた。



17 輝く星になれ!


 尊が勤め先へ向かう日。

 泰夫が仕事を休み、車で送ってくれる手筈になっている。


 すると早朝からツレたちが、寄せ書きの色紙を手に泰夫の車を停めている駐車場まで見送りに来てくれた。

 田中や川野が餞の言葉をくれ、そこから派生していつものノリで軽口をたたき合い、皆で笑う。

 それを懐かしいと感じ、うろたえながらも受け入れる尊。


 泰夫も寄せ書きにメッセージを寄せる。


 『早川尊、輝く星になれ!』と。


 車は一路、四国へ向かう。

 尊は車中で、色紙の裏に林も小さくメッセージを寄せていてくれたのに気付く。

 川野が気を利かせ、林にもこっそり色紙を回してくれていたらしい。

「みんなエエ子やな」

 という泰夫の言葉にうなずく尊。


 車の窓を全開にし、尊は、新鮮な朝の空気を胸いっぱい吸い込んだ。

 小波神社の御神木の、葉ずれの音を聞いたような気がした。

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