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ダイジェスト 7 それから ~ 11 十五歳の厳冬Ⅱ

7 それから


 陽子が帰って来た。

 涙ながらに彼女は、再び尊と一緒に暮らしたいと言い出して泰夫を呆れさせる。

 心の底から反省し、きちんと母親として生きると陽子は言うが、泰夫は信じない。

 が、意外にも尊が、もう一度母と暮らすと言い出す。

 しかし、尊の目には母親への冷ややかな殺意が潜んでいた。泰夫はそれを覚るが、あえて指摘はしなかった。

 泰夫は尊が母と暮らす条件として、母親との暮らしがきついならすぐ自分へ言うこと、決してつまらない遠慮はしないこと、そして、陽子と暮らすということはいつ何時男がらみのトラブルに巻き込まれるかわからない、最低限身を守る為の護身術を教えるから習うように、と伝えた。

 武術を習って損はないと判断した尊は、泰夫へ頭を下げる。


 新学年になって以来、尊は今までのような『木の葉に擬態した蝶』、つまり周囲から浮かない努力を放棄した。

 完全犯罪で母を殺す方法をじっくり模索し、黙々と自分の身体を鍛えることに時間を費やすと決めたのだ。

 そんな日々の中で尊は、本当の意味で友人(ツレ)と呼べる二人の少年と出会う。

 田中と川野。

 どちらも心に荒みを抱えた少年たちだった。


 小学校を卒業する頃には、尊たち三人は醸し出す異端の空気のせいで敬遠されていた。

 その話がそれとなく中学側へ伝わっていたらしく、入学早々三人は、不良(ヤンキー)の先輩たちに目を付けられてシメられそうになる。

 が、嗜んできた護身術のお陰もあり、三人で逆にやり返した。

 その評判が評判を呼び、他校のワルたちが次々と三人に絡んでくることに。

 馬鹿たちを撃退しているうち、市内の中坊で三人に敵う者はいなくなっていた。

 お陰で彼らは、『近年稀に見るバリバリのヤンキー』『狂犬』『最凶』などの、有り難くないふたつ名を持つことになってしまっていた。

 


8 中三の初夏


 進路も定まった尊は、比較的穏やかに最終学年の日々を過ごす。

 田中も川野も、それぞれ進路が決まった。

 田中は兄貴の伝手を頼って足場鳶に、川野は家業である弁当屋の手伝いをするらしい。

 五月の大型連休中、尊はツレたちと林を含めた数人の後輩とで、津田町にある大型ショッピングモールへ出かける。

 ひとしきり楽しく買い物やゲームセンターで遊んだ帰り際、尊たちは二十歳前くらいのチンピラの兄さん達に絡まれる。

 この辺りは小波北中の地元だから、小波中のお前たちは目障りだという、理由にもならない理由だ。

 どうも、以前から尊たちとちょっとした確執がある、小波北中の井関の差し金らしい。

 しかし、ろくに喧嘩をしたことがない、ただ人数と雰囲気だけで相手を圧倒してきた兄さんたちなど、本気の三人の敵ではなかった。

 あっさりとやられた兄さん達は、尊が『あの』早川泰夫の甥と知り、慌てて逃げてゆく。

 チンピラたちに『あの』早川泰夫といわれ、茫然とする尊。

 泰夫の勤め先『津田興発』は堅気ではないのかと少し疑念を持つが、真っ白とは言えないものの、別にヤクザでもなさそうだった。



9 中三の秋


 涼しくなってくると尊の自宅であるアパートへ、ツレや後輩たちが入りびたるようになった。

 別に何をするでもない。寝転がって漫画を読んだりゲームをしたり、昼寝をしたりするだけだ。

 尊の部屋は要するに、行き場のないヤンキー少年たちのシェルターでもあった。

 そんなある日、一本の電話がかかって来る。

 泰夫が事故にあい、病院へ運ばれた、と。


 取るものも取りあえず、ツレたちに曳かれるようにして尊は、連絡のあった病院へ行く。

 泰夫は手術中で、その場には野崎翁がいた。

 加害者は少年で、クスリでラリっていた様子がうかがえたそう。

 その少年もかなり大怪我をしていて、今は別の病院で治療を受けているらしいとも。

 事故の状況を聞くにつけ、尊には、この事故は井関の仕業ではないかと疑われた。


 やがて加害者の情報が入ってきた。

 やはり井関だった。

 しかし、これは尊と井関の間の怨恨というより、野崎の会社と井関の親が経営する会社の、仕事上のトラブルに端を発した事件らしい。

 狙われていたのは自分だったと翁は言い、翁を庇う形になって怪我をした泰夫に対し、強い負い目を感じている様子。医療費は野崎で面倒をみると言ってくれた。


 ようやく処置が済み、泰夫は尊へ、心配をかけたとほほ笑む。

 怪我は大きいながらも命に別状はないと聞き、尊はほっとして泣き出す。

 


10 十五歳の厳冬


 泰夫の怪我は当初の見立てより重いようだ。退院の目途は、年が明けても見通せなかった。

 今は一月も下旬。

 泰夫もうんざりしていたが、尊も苛立っていた。

 しかし、それは泰夫の怪我のせいではない。

 母がまたやらかしたのだ。


 小学生時代、母を殺すつもりで色々と計画を練っていた尊だったが、中学生になる頃には殺す気すらなくなっていた。

 『ユウさん』との一件後、さすがに半年ほどは真面目に暮らしていた母だったが、結局悪癖は矯められなかった。

 恋愛依存は治らず、男に惚れてはすがり、捨てられる……を繰り返す彼女。

 母はリアルから目をそらし続ける夢の住人なのだと思い至り、尊の殺意も萎える。


 最終的に風俗関係の職に就き、ホスト遊びで憂さを晴らす暮らしにハマり込んでいる様子の母。

 ここ一年ばかり勤め先の寮にいる母と会うこともなかったが、もはや尊はどうでも良かった。

 仕事が仕事なだけに実入り自体は悪くないらしく、月々の生活費は滞ることなく振り込まれている。

 彼女に期待するのはもはやそこだけだったのに……その部分をおろそかにし始める母。

 のみならず、尊が生活費を切り詰めるようにして貯めた定期預金さえ手を付けた。

 何故あの女を殺さなかったのだろう、と真面目に悔やむ尊。

 だが現実問題として、金がなくては生活できない。

 尊は、こういう日を見越したように泰夫から託されていた秘密の貯金をおろし、急場をしのぐ。

 泰夫に言わなくてはと思いつつも、思うように身体が治っていない泰夫を慮り、二月いっぱいは自力で頑張ると決めた。


 そんなある宵、泰夫の見舞いから帰ってくる尊を、林が泣きながら待っていた。

 小学校時代の友人に五千円を握らされ、今後お前と縁を切ると言われたのだ、と。

 混乱と屈辱に泣く林。

 尊の脳裏に、あの十歳の日の厳しい寒さがよみがえる。

 震える手で、投げ捨てるように渡された一万円札をポケットへ入れた、あの宵の思い出。

 やり場のない怒り、屈辱、虚しさ……林へ同じようなものを与えた傲慢なそいつへの冷たい怒りに、尊は静かに狂う。



11 十五歳の厳冬Ⅱ


 ツレたちを部屋に呼び、尊は、林がとんでもなく貶められた話をした。尊の怒りが伝染したのか、少年たちも本気で怒る。

 この傲慢な馬鹿こと2-Bのクラス委員長・埴生を、尊はシメると明言したので、仲間たちは驚く。

 尊は今まで、売られた喧嘩は自衛の意味からも買うものの、自分から仕掛けることは決してなかった。

 ましてや一般人(パンピー)をシメるなど、尊をよく知る者ほど意外だった。

 それだけ怒りが大きく深いと覚り、田中と川野も一緒に行くと言い出す。

 自分の理性に自信が持てなかった尊は、ツレたちについてきてもらうことにした。

 もちろん当事者の林も伴って。


 翌日の放課後遅く。

 尊たちは埴生を呼び止め、人目につきにくい体育館の裏へ引きずってゆく。

 穏やかに『お話』してわかってもらう方向でコトを進めようとしたが、何故か埴生の態度は頑なで、尊たちが林を通じてカツアゲするつもりだと思い込んでいるらしい。

 カネの問題ではなくプライドの問題なのだという尊の言葉を嗤い、五千円ではなく一万円出せということかと、『最凶』と呼ばれる三人に囲まれながらも挑発する埴生。

 ついに三人で埴生を袋叩きにしてしまう。

 三人なりに手加減はしたものの、さすがにダメージが強くて埴生は倒れ込む。

 ただひたすら小さくなってビビッている林の態度に尊は苛立ち、何かひとこと言うなり一発殴るなりしろとけしかける。

 倒れ込んでいた埴生が目を開け、何か言おうとした瞬間、林は奇声を張り上げて信じられないくらい思い切りよく、埴生の鳩尾を蹴り上げた。

 思い切り急所を蹴られた埴生は、吐瀉物を撒き散らして失神してしまう。

 林は怯えて逃げ出し、追いかけようとした尊も、ここ一ヶ月ばかりのストレス状態と栄養不良からか、眩暈を起こし倒れてしまう。

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