ダイジェスト 1 卒業の春 ~ 6 輝く星
1 卒業の春 2 中二の晩秋
西暦2000年代初頭、三月中旬。
大阪郊外にあるとある架空の町・小波町の中学校を、主人公・早川尊は今日、卒業した。
尊は在学中、硬派な、そして喧嘩が馬鹿強い『バリバリのヤンキー』として近隣の中学に広く名を売っていた。
ただ彼は、校則だの良識だのを盾に締め付けてくる教師連への反発と、自分やツレに喧嘩を仕掛けてくる他校の不良どもを撃退する為に、不良をやっていたところがある。
潔癖なまでにカツアゲなどあくどいことから距離を置き、他人への思いやりも深い尊。
そんな尊に漢気を感じ、自分も無理矢理ヤンキーに、そして舎弟になったのが一学年下の林邦彦。
元々ヤンキーには向かない性格だった林と、卒業の日を迎えた尊との間には少々、わだかまりがあるようで……。
3 中三の春、六歳の初夏
尊が中学を卒業する、ほぼ一年前のある日のこと。
尊の叔父である早川泰夫がふらりと訪ねて来る。尊の、中学卒業後の進路についての確認だった。
しかし自分の将来に対して夢が持てないでいる尊は、投げやりな返事をするしかなかった。
が、実は泰夫が、自身の勤め先である『津田興発』のトップ・野崎輝之介翁から、屋敷のメンテナンスを任せている馴染みの宮大工が見習いを探しているというの話を聞き、尊にどうかと勧めに来たのだと知る。
『野崎のお屋敷』。
この言葉から、尊は六歳の初夏の日々を鮮やかに思い出す。
尊の母親・陽子は結婚前に、不幸な事故で婚約者を失くしたシングルマザーであり……、母親に向かない性格の女性、だった。
恋愛依存の気があり、幼い尊を放置して男を追いかけまわしている。
六歳のその頃も母は、尊を放置して男の許へ行ってしまっていて、半ば仕方なく泰夫が、尊の面倒を見ていた。
だが泰夫の仕事は客商売(不動産関連の営業職)なので、日曜日は仕事であることも多い。
保育所が休みである日曜日、尊の世話に困った泰夫は野崎翁に相談した。結果、野崎の屋敷で尊を預かってもらえることになる。
そこで尊は、小波神社の神主兼フリースクールの主宰者・大楠義昭と出会う。
尊は大楠からほとんど遊びの感覚で指導を受け、持って生まれた才能の一端を開花させる。
日曜毎のその時間は尊にとり、自分らしくいられる『魔法の王国』で自由に遊ばせてもらっているような、至福のひとときだった。
だがそんな楽しくも充実した日々も、男と別れて戻ってきた母によって消滅する。
再び尊は、気まぐれに自分をかまう母との不安定な日常に戻った。
それから九年ほど経った、十五歳直前の今。
尊は泰夫から話を聞き、かすかに光が差し込んで来たような心地になる。
勧めに従い、宮大工の棟梁と面談することになった。
4 王国の鍵
久しぶりの野崎の屋敷に、ガチガチに緊張する尊。
やがて野崎翁と共に現れた『凪のような目』をした物静かな老人が、宮大工の棟梁・酒井だった。
緊張しつつも正直に受け答えする尊へ、酒井は好感触の返事をくれた。
宿題というか最終試験として、夏休みまでに『見たまんまそのまんま描く』スケッチを20枚、描いてくるよう言われる。
柔らかい芯の鉛筆2ダース、スケッチブック3冊を泰夫からプレゼントされ、尊は勇んでチャレンジを始める。
さながら六歳のあの頃のように、自分が自分らしくいられる『魔法の王国』へ、自力で行ける鍵を手にする日を目指して。
尊はスケッチの画題を求め、ある日、小波神社へ向かう。
そこで出会った神職の男が、懐かしい大楠……『ヨシアキ先生』だと気付く。
大楠は尊が中学卒業後、宮大工を目指すのを知っていて『君にぴったりの道』だとことほぐ。
ことほぎに礼を言い、帰宅しようとした時に尊は、霞で白っぽい春の空を見上げ……思い出したくもない、あの日のことを思い出す。
5 十歳の厳冬
尊十歳の、一月中旬のこと。
母は、新しい男との恋愛沙汰にハマりかけていた。
勤め先のスナックで出会った『金持ちでイケメン』なその男は、今までの男たちと違いポンと高価なプレゼントをしてくれると尊に自慢し、この新しい恋にすっかり舞い上がり、のぼせ上っていた。
男と一緒に旅行へ行くのだと、彼女はうきうきと自宅を出て行く。
そんな母親に嫌気が差していた尊は、母が出て行ってむしろホッとしていた。
だが半月以上も母が帰ってこないとなると、尊の生活も困窮し始める。
何故か給料が振り込まれる日になっても口座に金が入ってこず、尊は困惑する。
いつもなら頼る叔父の泰夫も、ちょうど長期出張に出ていていない。
残り僅かな現金で、子供なりに工夫をして綱渡りのような生活を続ける尊。
だがさすがに限界を感じ、母と生活費の相談をするつもりで勤め先のスナックへ行く。
そこで、母がとっくに店を辞めていると知り、尊は愕然とする。
母に会えるわずかな可能性に賭け、スナックのママから教えてもらった母の恋人『ユウさん』の住まいである高級賃貸マンションへと尊は向かう。
尊はかなり長く、そこで待った。
日が暮れてしばらく経った頃、オートロックの正面玄関から出て来る、いちゃいちゃしたカップルの片割れが母だと気付いた瞬間、尊の中に生まれて初めて殺意が萌した。
男と楽しく過ごして現実を忘れている母へ、尊は、生活費が枯渇していることを訴えてなじるが、上手く伝わらない。憎々し気ににらみ合う母子。
『ユウさん』は面倒になったのか、尊へ、使用済みのティッシュでも捨てるように一万円を恵み、二人は立ち去る。
野良犬へ餌を放るように渡された一万円札。
破り捨てようかと尊は思ったが、『これで食べ物が手に入る』と思い直し、ポケットへ。
帰宅途中にコンビニで、おにぎり一個とペットボトルの温かいお茶を買う。そして寒さに震えながら尊は、自宅でそれを食べる。
そのままコタツにもぐり込み、尊は目を閉じた。
うたた寝していた尊の肩を、ゆさぶる者がいた。
出張から帰った泰夫だった。
尊の、長く苦しい気の張った日々がようやく終わった。
終わったが……尊は身体を壊し、高熱を出していた。
泰夫はあわてて尊を医者へ連れて行き、その後は自分が住む賃貸マンションで尊の面倒をみることにした。
6 輝く星
少し回復した尊からこれまでの事情を聞き、泰夫は、姉のいい加減な性格を知りながらも尊を放置して出張へ出た、己れの不注意を覚る。
本気で尊に謝る泰夫に、尊はうろたえる。
悪いのは泰夫ではなく母、もっと言うなら自分だと言う尊。
自分が生まれてきたことそのものが間違っていたのだと涙を呑んで言う尊へ、泰夫は思い切り叱りつける。
「お前は!生まれてくるべき、子ォや!」
尊は声をあげて泣き、泰夫にしがみつく。
翌早朝。
泰夫は尊へ、あの母親に頼るのは無理だからあきらめろと諭す。
そして、東の空の明けの明星を尊に見せ、お前はこの星のように、たとえ空が明るくなっても輝くことをやめない、自分の力で輝く人間になれと励ます。
誰かの顔色をうかがうような、あるいは誰かの輝きに便乗して輝こうとするような、セコいことなど考えるな、と。
尊の中に、ひとつの指針、よりどころとも言えるものが生まれた。
明け初めた凍てつく空にもひるまず、自らの意志で輝く、星。
尊は泰夫の言葉にしっかりとうなずく。
泰夫と住むようになった尊は、穏やかで落ち着いた生活を送れるようになった。
泰夫は毎日、夜になるとちゃんと帰って来て、一緒に夕飯を食べる。
仕事柄平日が休みになる彼は家にいて、尊が学校へ行くのを見送り、帰ってくると出迎えてくれる。
いってらっしゃいとお帰りなさいを言ってくれる人がいる暮らしが、尊には嬉しい。
ある日、尊は泰夫から、自分の養子にならないかと言われる。
だが泰夫の負担になるのが怖く、躊躇する尊。
しかし、いつまで経っても連絡ひとつ入れずに彼氏とふらふらしている母を、やきもきしながら待つのなどとっくに嫌気が差している。
いっそ泰夫の子にしてもらおうか、と尊は考え始める。
そんな、新学年も近い春の午後。
尊が泰夫と暮らしているマンションへ、男に捨てられた母が泣きながらやって来た。
涙ながらに詫び、尊を抱きしめる母。
母に抱きしめられたまま、尊は、白くかすんだ春の空を見つめた。
(……ぶっ殺す)
乾いた心で、母を必ず殺すと心に決める尊。