第10話 僕らの力を知ってもらおう
大慌てで学園長室に入ってきた男性から、迷宮の裂け目ができていると告げられた。今から吸血族の始祖に会いに行く予定だったのに、このタイミングで出てくるなんて間が悪すぎだ。
「なんということじゃ……」
「裂け目の出現位置は学園島の南東、約六ケルの海底。すでに何者かが這い出している模様です」
みんなで窓際へ移動してみると、沖の方に茶色い物体が見える。どうやらこちらへ向かって泳いでるっぽい。
「クロウ、偵察してきて」
「わかったぜ! ご主人さま」
窓から飛び出したクロウが、【天駆】のスキルを使って一気に遠ざかっていく。クロウが本気で飛ぶときって、新幹線並みのスピードが出てるはず。仮に時速三百六十キロだとすれば、六キロ先へ一分で到着できる。
「(ブルブルブル)」
「大丈夫ですか? リナリア様」
「リナリアのこの怯えよう。恐らく使者を倒された邪神が、直接花嫁を迎えに来たのじゃろう」
「のんびり始祖様と話をしている時間はなさそうね」
「カエルの顔と短い手のついた、太った蛇みたいなモンスターが、こっちへ向かってきてるよ」
その言葉を聞いて、頭の中にハゲタカと蛇の合成獣が浮かんできた。瞬間移動できるアイテムとか落とさないかな……
「どうしよう、リナリアは影に隠れてもらおうか」
「少し待つんだ、ダイチ。まっすぐこちらに向かってるということは、リナリアのいる場所がわかっているのだろう。その存在を見失った場合、あのモンスターが本島を襲ってしまうかもしれん」
「あっ、そうか! それなら、ここで迎え撃つか足止めするしかないね」
「あのさー、あれって倒しちゃってもいいの?」
さっきアプリコットさんは〝邪神〟って言っていた。曲がりなりにも神と呼ばれる存在だし、確かにカメリアの懸念は正しい。場合によっては、弱らせて追い返すことも考えないとダメだな。
討伐の是非を議論していたら、偵察に出ていたクロウが戻ってくる。
「おい、何ちんたらやってやがるんだ。グズグズしてると上陸しちまうぜ」
「あれを倒しちゃってもいいのか、決めかねてるんだよ」
「はぁ? ダイチは何をバカなこと言ってんだ。あれはおっぱいの敵だぞ。んなもん倒していいに決まってるじゃねえか」
「いやいや、待ってよクロウ。もし迷宮を管理してるような存在だったらマズイでしょ」
「あー、そういうことか、それなら問題ないぞ。俺様の見立てだと、あいつは邪な意識の集合体だ。腹が減ったら生贄を捕まえて食う、その程度の思考力しか持たない低俗な存在だぜ」
女性しかいない人魚族の国に来る人は、どうしても下心を持った者が多くなってしまう。そうした邪念が集まり形を成し、モンスターに取り憑いたのが邪神と呼ばれる存在ではないか。間近で見てきたクロウは、モンスターが出す思念波みたいなものを感じたらしい。感情の力で現世に留まってる精霊の感覚だから、これはかなり信憑性が高いはず。
「わっ、私たち国民は、そんなものに怯えて暮らしておったのか……」
「それなら決まりだね。ここであのモンスターを倒そう。悲しい歴史を僕たちが終わりにするんだ」
「大規模魔法を使っても構わない場所があったら、教えてもらないか?」
「左手に見える荒れ地なら大丈夫なのじゃ。最悪海に沈めても構わん場所じゃ」
島の端にある、大きく開けた場所がそうか。学園の施設からはだいぶ離れてるし、魔法の余波で被害を出す心配もなさそう。
「それならあの場所に誘導する方法か……」
リナリアの気配を正確に捉えてるのなら、彼女にも協力してもらわないとダメだ。さっきからアプリコットさんが心配そうな顔でこちらを見ているし、僕たちの持つ力を全て開示したほうが良いかもしれない。
「迷宮の裂け目が発生したと聞きましたが、一体どういうことですか学園長」
「カクタス君か。避難指示を出しとるはずじゃが、従わなんだのか?」
「そんな事を言っている場合ではないでしょう。モンスターが攻めてきているのなら、この私が食い止めてみせます」
「カクタス君は大きな怪我をしてるんだし、安静にしておいたほうがいいと思う。モンスターがもうすぐ上陸するから、早めに逃げないと危ないよ」
医療施設のスタッフは、明日くらいまで意識が戻らないって診断をしてたけど、カクタス君だけ目が覚めちゃったのか。彼は真っ先に倒されたってリナリアが証言してたし、それで状態異常が軽かったのかな。
吊り下げた左腕が痛々しいものの、普通に動くことができてるみたい。リョクの治療とニナの処置が、それだけ優れてたってことだ。
「君は確か探索者ギルドで会ったダイチ君か。どうしてこの場にいるのか知らないけど、なんの才能も持ってない君のほうが危険だ。この場は私に任せたまえ」
「あの、アプリコットさん」
「なんじゃ?」
「モンスターを誘導するため、リナリアの力を借りないとダメかもしれません。先程からずっと不安そうにされていますし、僕たちが持つ力を知ってもらおうと思ってます。もし問題なければ彼にも聞いてもらいたいのですが、構いませんか?」
暗示で帰ってもらってもいいんだけど、カクタス君にも少しだけ手伝ってもらおう。とはいえ、モンスターとの戦闘はさせられないから、万が一の保険って感じになるけど。
「リナリア君を囮に使うなんて、この私が許さないよ。女性を危険な目に合わせるなど、それでも君は男なのかい?」
「お主にそれを言う権利はない! 此度の実習で規定のコースを外れたのは、お主の指示だったそうじゃな」
「うっ、それは……」
「今回の件に関して、場合によっては正式にオッゴへ抗議せねばならんと考えておる。しかしまずは事態の収拾が先じゃ。これからここで見聞きすることを他言せんと誓えるか?」
「わっ、わかりました。賢聖の息子たるこのカクタス、決して誰にも話さないと誓いましょう」
カクタス君は、右手で自分の左耳を触りながら宣誓した。シアによるとあれはエルフ族で行われている、誓いの儀式らしい。エルフ族の誇りである長い耳にかけて、絶対に約束を守る覚悟を示しているとのこと。
「スズラン、みんなに出てきてもらって」
「はい、マイ・マスター」
「これからすごく強いモンスターと戦うから、みんなよろしくね」
一斉に現れた精霊たちの頭を、一人づつ撫でていく。今回は手加減無しでやるから、最初からスキルを全開にしておいてもらおう。
「きっ、君は四体の精霊と契約してるのかい? しかも見たことのない色ばかり……」
「違うよカクタス君。僕が契約している精霊は五人。もう一人はここにいるスズランだよ」
「改めまして皆さま。私はダイチ様にお仕えする、特級精霊のスズランと申します」
ふわりと浮き上がったスズランが、空中で一回転してきれいなカーテシーを決める。以前シアに披露してから、この挨拶が気に入ったそうだ。
あっ、どうやらリナリアにも正体は明かしてなかったみたい。すごく驚いた顔をしてるよ。
「それでこの左手にあるのは、スキル紋でなく剣紋っていうんだ。魔剣に使い手として認められたら、ここに刻まれるんだよ」
「よほど相性よくないとダメ。主様みたいな変人じゃないと無理」
自分の意志で顕現してきたアスフィーが、僕にひどい言葉を投げかけてくる。見た目が幼女なだけあって、他の人に言われるより心がえぐられるんだけど!
「変人とか言わないでよ、アスフィー」
「この子供が剣だなんて、そんなバカな……」
「ちゃんと変われる。見てて」
そう言ったアスフィーの体が光ると、一瞬で刀の姿になって僕の手に収まる。カクタス君は口を半開きにして立ちすくんでるけど、これくらいで衝撃を受けてたらダメだからね。
『主様、ご飯まだ?』
「もう少ししたら出発するから、あとちょっと我慢して」
「わかった。じゃあ、おんぶ」
再び人の姿になったアスフィーが、背中にぶら下がってきた。僕がそうしてほしいと頼んだとはいえ、ここ最近は自由すぎるかも。まあ、そんなところも可愛いから、好きにさせてあげよう。
甘やかし過ぎかな?
「父ですら意志ある道具と契約できていないというのに、君は一体……」
「時間もないことだし話を進めよう。私は大賢者エトワール様と同じハイエルフだ。あの方の教えを受け、スキルは十片になった」
茫然自失としているカクタスくんへ追い打ちをかけるように、シアが手袋を外してスキル紋をみんなに見せた。当然のように部屋には衝撃が走り、アプリコットさんですら言葉を失っている。
「ボクの持ってる魔剣はこれで、契約してるのは精霊獣のクロウだよ」
「さっきやったからわかってると思うが、俺様の見たもんはご主人さまと共有できるんだぜ。偵察なら任せとけ!」
「私の力はそうね……少しあなたの姿を借りるわよ」
アイリスの横に幻影で作ったリナリアが現れ、本人に向かってペコリとお辞儀を披露。今日出会ったばかりなのに、本物と寸分たがわない。相変わらず器用だな、アイリスは。
そうやって僕たちの力を確認してもらっていたら、唖然とした表情でこちらを見つめていたカクタス君が、シアに近づいていった。
「いっ、いくらスキルが多いからって、賢聖に及ばないはずさ。そもそも十片なんて聞いたことがない。何か細工でもしてるんじゃないのかい?」
「ふむ、それなら簡単な魔法を披露しよう。よく見ているといい」
〈水の蝶〉
〈飛翔〉
シアの前でスペル・ブックが開き、二本の魔紋がほぼ同時に構築された。そして水でできた蝶に飛翔の力を付与したので、そのままパタパタと羽ばたきながら窓の外へ飛んでいく。
それって簡単な魔法じゃないからね!
ハイエルフの【重畳】と【付与】を使ってるし、そもそも魔法で生き物の姿を作るのって、普通は無理だから。
「……………」
「ちなみに魔法に関していえば、ダイチにも敵わないと思うぞ」
え!? ボクもなにかやらないとダメ?
シアが目線でやれって言ってるし、仕方ないなぁ……
〈バーニング・レイ〉
――ドッパァァァァーーーン!!
危ないからバルコニーに出て魔法を発動したけど、やっぱり星を五まで上げた特級スキルは威力が半端ない。アルファベットの魔紋で発動した青白い熱線が、眼下に広がる海と衝突して巨大な水柱を上げた。
これで海上にいるモンスターを仕留められればいいんだけど、ちょっと射程距離が足りないかな。海中へ逃げて別の場所に行かれると困るし、上陸させてから囲んで叩くのが確実だろう。蛇っぽい体ってことは、陸上での動きはそんなに速くないはずだから。
「お主たち無茶苦茶すぎるのじゃ。頼むから島ごと沈めんでくれよ」
「あ、はい、それは気をつけますので」
とにかくアプリコットさんの方は納得してくれたみたいだ。カクタス君はなんかブツブツ言ってるけど、すぐ復帰してくれることを願おう。
ちなみ僕の魔法で出来た巨大な水柱、本島からも観測されて大騒ぎになったらしい。アプリコットさんがモンスターのせいにしてくれたけど、後からかなり怒られちゃったよ……
次回、邪神vs主人公パーティー。
邪神の口から、あの叫びが!




