第8話 自慢の家族ですから
衝立の影から転移して、アイリスの屋敷まで戻ってきた。一緒に来た学園長のアプリコットさんは、突然目の前に現れた家を見て驚いてるみたい。もしかして野戦病院みたいに、地面の上に寝かされてると思ったのかな。
「テントでもあれば御の字と思っとったのじゃが、まさか家が出てくるとはの……」
「この私がそんな劣悪な場所で保護なんて、するわけないじゃない」
「正直、お主たちの力を見誤っておったのじゃ。改めて言わせて欲しい。当学園の生徒を保護していただき、心より感謝するのじゃ」
「とにかく中に入りましょう。人魚族のことで、僕たちも少し聞きたいことがありますから」
深々と頭を下げてくれたアプリコットさんを連れて扉を開ける、玄関ホールにはニナと保護した女の子が待っていた。ここに来てないってことは、イチカは洗濯物と格闘中で、ミツバは掃除をやってくれてるんだろう。
「リナリア! 無事じゃったか!!」
「――――! ――、―――!!」
「お主、声が……それに髪の色も」
リナリアと呼ばれた女の子が、アプリコットさんにすがりついて泣き出してしまう。年齢的には母と娘、あるいは祖母と孫って感じだろうか。でもビジュアル的には、妹に抱きつくお姉さんに見える。
こうして学生に慕われている人が運営してるんだから、本当にいい学園なんだろうな。
「【薬術】のスキルをお持ちのシア様がお作りになった薬を飲んでいただき、お風呂で丁寧にお洗いしているのですが、髪も声も元に戻らないのです」
「五人にはエルフ族が作る調合薬の中で、一番効果の高いものを服用してもらった。しかし四人は昏睡状態のままだし、彼女の状態異常は治らないんだ」
「心当たりはあるのじゃが、詳しいことは学園に戻らんとわからんのじゃ。貴重な薬を使ってもらった礼もせねばならんし、大変申し訳ないんじゃが学園の医療施設まで、この子たちを運んでもらえんじゃろうか」
「乗りかかった船よ、付き合ってあげるわ」
「このままだとボクも気になるし、ちゃんと目が覚めるまで見届けるよ」
「育ち盛りのおっぱいが困ってるんだ、俺様も力を貸してやるぜ」
以前アイリスが言ったセリフじゃないけど、差し伸べた手を途中で振りほどくなんてしたくない。特殊な精霊の力や、大賢者っていう人脈もある、出来る限りのことはしてあげよう。
◇◆◇
学園のある島へ行く専用列車があるというので駅に向かうと、そこに停まっていたのは一本の線路に横幅の狭い車両を乗せた、モノレールだった。車両の中央には、背もたれ同士をくっつけた状態のロングシートが、縦にいくつも並べられている。
連絡橋が完全な直線なので、先頭から後尾まで継ぎ目は一切ない。これをピストン運行して、生徒や関係者を島へ運ぶそうだ。座席の数は六十人分だけど、いくつかある扉の横には手すりがついてる。シートとシートの間にも床と天井をつなぐバーがあるから、立って乗る人と合わせたら百人くらい運べるかな。
学園長権限で貸し切り臨時運行した列車に揺られ、島まで運んでもらう。その後は学園の敷地内に併設された医療施設へ四人を預け、リナリアとアプリコットさんの案内で校舎を目指す。
この学園は全寮制なので、必要な施設はすべて自前で持ってるらしい。医療施設も国内屈指の設備とスタッフが揃っているそうだ。ちょっと購買部とか見てみたいな。コンビニやデパートみたいに、色んなものが置いてそう。
「傷の手当が完璧で、担当者も驚いておったのじゃ」
「すべての星を埋めた上級精霊が治癒を施し、私の使い魔が処置しているのよ。一流の治療と言っても過言じゃないわ」
「リナリアちゃんは歩くの辛くない? 疲れたらボクが運んであげるからね」
「俺様が乗せてやってもいいから、遠慮はするんじゃないぞ」
「(こくこく)」
島全体が学園の敷地だから、建物同士の距離も贅沢に開けられている。狭い土地に色々な施設を詰め込んだ、日本の大学と大違いだよ。だけどこれだけ広いと、自転車とか欲しくなるな。列車があるのに、車やバイクみたいな乗り物がないのって、結構不思議だ。
「(色々と気を使わせてしまって、すまぬな。感謝するのじゃ)」
「(今の彼女には詳しい容態を知らせないほうが、良いと思うので。それに僕たちはまだ、希望を捨ててませんから)」
「(若者らしい前向きな姿勢じゃな)」
僕の隣に来たアプリコットさんが、小声で話しかけてきた。医療スタッフの検査でも、カクタス君の左腕を再建するのは不可能と診断された。だけど諦めるのはまだ早すぎる。なにせ寿命が延長できたり、人が上位種へ進化できる世界なんだ。失った手足が生えてくるくらい、実現したっておかしくない。
「リナリア様。紙の束とペンをご用意いたしましたので、回復するまでの間はこちらをお使いください」
「(かきかき)」
スズランがクリップボードに挟んた紙束を、ペンと一緒にリナリアへ渡してる。あれは僕たちが英語の勉強をする時に使ってるやつだ。筆談するために家から持ってきてくれたのか。
「‘ありがとう’」
「リナリアは美しい字を書けるのだな」
「(テレテレ)」
「(良い仲間が揃っておるのじゃ)」
「(はい、自慢の家族ですから)」
家族って言っちゃったけど、一緒に住んでるんだし間違いじゃないよね。それに絆や繋がりでいえば、家族以上の関係かもしれないし。
そんなやり取りをしながら、学園長室のある校舎まで移動した。
◇◆◇
学生たちが学ぶ校舎は、見通しのいい海沿いにある、三階建ての大きな建物だ。屋根は普通の家と同じ感じなので、屋上スペースはないみたい。その代わりに屋根裏部屋があるかも。
中央部分は他より大きく作られ、前に張り出したところが玄関になっている。そしてその部分だけ一階分高く、一番上が学園長室とのこと。日本だと、ここに時計がついてたりするんだよね。
今日は全校生徒が課外授業に出ているらしく、誰に会うこともなく学園長室へ着く。階段が直接部屋と繋がってるので、ここは四方向に窓がついていて、とても見晴らしがいい。
部屋には重厚な執務机と本が収められた大きな棚、他には魔道具のスタンドライトと応接セットのみだ。かなり広い部屋なのに、家具や調度品が少なすぎて、閑散とした印象を受ける。物を置かないのはアプリコットさんの性格なのかな。
ソファーに座らせてもらったけど、スズランに誘導されたリナリアが、僕の隣へ遠慮がちに腰掛ける。なんていうか、小動物みたいで可愛い。思わず撫でくりまわしたくなっちゃうよ。
でもいいのかな、女生徒を会ったばかりの男と一緒に座らせて……
アプリコットさんは何も言わないし、リナリアも嫌がってる感じじゃないから、大丈夫ってことにしておこう。
秘書っぽい人魚族の女性が淹れてくれたお茶を飲みながら、リナリアの症状について書かれている本の到着を待つ。やはり教育機関ということもあり、蔵書数も国内で最も多いそうだ。早くこの症状を治して、リナリアともお喋りしてみたい。僕たちに協力できることがあれば、何でもしてあげよう。
「学園長。お探しの本を取ってまいりました」
「ご苦労じゃった」
「‘すごく古い本’」
「まさかこれを開く日が来るとはな……」
教務主任が持ってきてくれたのは、留め具付きのハードカバー本だった。それを手にしたアプリコットさんの顔は、今にも泣き出しそうに見える。隣りに座ってるリナリアも心配そうだ。なにか嫌な思い出のある本なんだろうか。
執務机に戻ったアプリコットさんは、持っていた鍵で引き出しを開けた。そこから持ち手のついた丸いスタンプのようなものを取り出し、本の留め具にそっと当てる。
「あれは開封の魔道具だな」
「それってかなり機密性の高い本ってことだよね。僕たちの前で読んでもいいのかな」
「この場にいる最高責任者が問題ないと判断したんだ、我々は黙って見守るしかないだろう」
あれだけ厳重に封印してるってことは、医学書とかの類ではないんだろう。僕たちのことを信用してくれたのかもしれないけど、機密文書を見せられても困ってしまう。まさか「国家の秘密を知られてしまったからには、生かして帰すわけにはいかん」とか言われないよね?
僕のそんな心配をよそに、アプリコットさんはページをパラパラとめくっていく。しかし読み進めるうちに、表情がどんどん厳しくなる。
「その本には何が書かれてるのでしょう?」
「私の記憶違いならと思っていたが、最も危惧していた予想が当たってしまったのじゃ……」
「ただの病気や状態異常とは違うものなんですか?」
「これは病気の類いではなく、目印なのじゃ」
「えっと、目印というのは一体……」
「……[迷宮の花嫁]という名の生贄じゃよ」
――アプリコットさんの口から飛び出した言葉を、僕はすぐに理解できなかった。
次回「隠し事は一切許さないわよ」
過去の歴史が判明、そして怒涛の展開へ……




