第6話 上級精霊になった
満月の光には、呪いの効果を退ける力がある。それを知っていたオルテンシアさんは、眠り続ける薬を作って呪いの進行を抑えていた。そして二十四日ごとに訪れる、満月の光を浴びて目を覚ます。起きている間に様々な薬も試してみたけど、思った以上に効果がなかったみたいだ。それだけこの呪いは強力なのかも。
でも自分の仲間を殺そうとするなんて、あの三人はひどすぎる。聞きながら泣きそうになっちゃったよ。見られたら恥ずかしいし、必死に我慢したけど。
「君の精霊……名前はスズランだったか。その子のおかげで正気を取り戻せたよ、本当にありがとう」
「スズランも喜んでますし、オルテンシアさんの力になれて良かったです」
――リィーン
目の前に飛んできたスズランの頭をなでると、嬉しそうな声を上げて甘えてくる。なんだか、この子と付き合いが長くなればなるほど、可愛く思えてくるなぁ。
「相変わらず君たちは仲がいいな。それでどうだい、星の数はどれくらい埋まった?」
「あっ、はい。全部埋まりましたから、上級精霊に進化できると思います」
「ちょっと待ってくれ、たったひと月で星が全部埋まったというのか?」
「【応援】と【安定】と【献身】、三つとも星三個です!」
オルテンシアさんにも確かめてもらいたいけど、精霊のスキルは契約者にしか見えない。左手に浮かぶ花びらのスキルも、本人にしか見えないそうだ。だからどうしても自己申告になってしまう。
「白の精霊が持つスキルが影響してるのかもしれないが、資料が少なすぎて判断できないな」
「そういえば上級進化石って、かなり高級品だと聞いたんですけど、僕なんかに渡してしまってもいいんですか?」
「まあ今の私が持っていても無駄になるだけだし、白の精霊を上級まで育てようなんて粋狂に付き合うのも悪くない。遠慮せず使ってくれ」
緑の精霊が持つ収納から取り出してくれたのは、パックで売ってる長方形の切り餅みたいな白い石だ。角を落としてるので、宝石のカットに似てるかな。だけど大きさと色がお餅みたいだし、焼いたら美味しそう。この世界にお米や醤油がないは残念すぎる。宿の食事とか結構美味しいけど、やっぱり日本食が食べたい。
口から溢れそうになった和食への思いを飲み込み、お礼を言って上級進化石を受け取る。それをスズランに差し出すと、石の中に溶けるように入っていく。以前と同じように光りながら形を変えると、身長十センチくらいの白い小人姿に変化した。
「やったねスズラン、すごく可愛くなったよ!!」
――リィィィィィーン、リィィィィィーン、リィーン
嬉しそうに胸へ飛び込んできたスズランの頭をなでて、スキルを表示してもらう。
応援:★★★☆
安定:★★★★
奉仕:☆☆☆☆
献身:★★★☆
新しく【奉仕】のスキルを覚えたけど、なんだか尽くしてくれそうな感じがしてすごくいい。これからは、もっともっと可愛がってあげよう。
「やはり違う世界の住人は、私たちとは感性が全く違うね」
「それは精霊に対してってことですか?」
「君とスズランを見ていると、精霊を使役しているという感じが全くしないよ」
「当たり前ですよ、スズランは僕の大切な家族ですから」
「ふふっ……そうか、家族か。私もこうなる前に君と出会っていたら、もっと違う道を歩むことができたのかな」
自嘲気味につぶやいたオルテンシアさんが、目を伏せながらそんなことをつぶやく。
「さっきから気になってんですけど、どうしてもう自分の未来はないみたいな、話し方をするんですか?」
「君に襲いかかってしまったことでもわかると思うが、もう狂化の衝動を抑えることは難しいみたいだ。これ以上誰かに迷惑を掛けないためにも、私はこの地で朽ちることにするよ」
「なにを言ってるんですかオルテンシアさん、今日はたまたま調子が悪かっただけです。ここまでずっと頑張ってきたんですから、一回の失敗くらいで諦めないでください」
「しかし狂化の衝動は、自分の意志でなんとかなるものじゃないんだ。なんの罪もない人を襲うなんて事がこれからも続けば、私の心が耐えられないよ!」
自ら命を断つようなことをすれば、呪いがどんな暴走をするかわからない。だから結界に自分を閉じ込めて、外に出られないようにしている。街で輝力をチャージしてきた輝石があるので、結界の維持はしばらく大丈夫。オルテンシアさんは、そんな説明をしてくれた。
つまり僕は彼女が世捨て人になる、手伝いをしてしまったってことだ。でもこんな結末なんて認められない。呪いを受けた時の状況を聞いて、絶対に譲れない気持ちが生まれてしまった。心のなかに宿った熱い炎を消すなんて、僕には無理だから……
「病気だって治りかけた時、一時的に悪化することもあるんです。もしかしたら今日の症状は、それかもしれません。今回だって月の光で正気を取り戻してるんですから、今すぐどうにかなるわけじゃないと思います。お願いですから、もう少し様子を見ましょう。僕にできることなら、なんでも協力しますから」
僕はオルテンシアさんを説得しようと、言葉を紡ぐ。
いつもの調子で軽く考えてるのかもしれない。何かあったときに責任を取る力もないくせに、子供がわがままを言ってるみたいに聞こえてるだろう。それでもオルテンシアさんは大きくため息をつくと、月明かりが差し込むベッドの上で、ほほ笑みを浮かべてくれた。
僕の目にはその姿が、白い髪の妖精みたいに映る。
「まさか自分の半分も生きていない少年に励まされるとは、私もだまだまだな……」
「来月も絶対に来ますから、諦めないでくださいね!」
少年と言われたのはちょっと悔しいけど、僕の倍ってことは四十年以上生きているのか。見た目は高校生くらいなのに、やっぱりエルフって凄いな!
僕も二十歳なのに童顔のせいで、高校生くらいに見えるけどさ!
なんか日本にいた頃のことを思い出すと悲しくなるから、もう考えないようにしよう。外見に惑わされると物事の本質を見失ってしまう、そんな事を言ってた人がいたけど誰だっけ。今はどうでもいいか。
とにかくオルテンシアさんは、生きる希望みたいなものを取り戻してくれた。僕にも新しい目的ができたし、まずはそれに向かって頑張ってみよう。確か図書館みたいなのがあったから、そこで手がかりを探すのが堅実か……
偶然でもなんでもいいから、迷宮で見つかる願いを叶える宝が手に入ったら、まずはオルテンシアさんの健康祈願だな。機会があったら迷宮も挑戦してみたい。
◇◆◇
その日も夜明け前まで話をし、導きの魔道具を使って結界を出た。
そして僕はアークとヤーク兄弟に出会い、迷宮の中で生贄にされる――
ここでプロローグに繋がります。
次話はプロローグ後からの話です。
(なぜ主人公が生贄に選ばれたのか?
アークとヤーク側の思惑は、第10話更新後の閑話で語られます。
お楽しみに!)