第1話 船旅だョ!全員集合
新章の開始です。
いくつもの出会いを経て準レギュラーも増える第7章を、ぜひお楽しみ下さい!
ウーサンは大陸の一部が大きく湾曲した場所にあり、その周囲を大小様々な島が取り囲む国だ。地理的にはベーリング海とか日本海みたいな、縁海が一番近いのかな。ただこの世界では、海に名前はついてないみたい。
そして外海を隔ている島の中で最大のものが、国の首都にもなっているウーサン島になる。直行便は貨物船かチャーター船しかないので、旅客船はいくつかの島を経由しながら、半日かけてウーサンに着く。僕たちもそれを利用してるから、観光遊覧船気分で船旅を楽しんでいた。
「ボク船って初めて乗ったけど、風が気持ちいいねー」
「私も船旅は初めてだから警戒していたのだが、あまり揺れないのだな」
人を乗せて運んでくれるのは、平べったい形をした全長三十メートルくらいの船。前方には屋根があって座席が並び、後ろの方は開放されたデッキになってる。日本にあった水上バスを彷彿とさせる船体で、定員は百人程度らしい。
こうした形の船が就航できるってことは、ここの海はほとんど荒れないってことだろう。おかげで船酔いの心配はないし、バランスを崩すことなくデッキに立っていられる。
「私たちまで乗せていただいて、本当によろしかったのでしょうか、アイリスお嬢様」
「下僕が全員で乗ろうって聞かないんだもの、気にしなくてもいいわよ」
「……余計な出費になってない?」
「イノーニを出る前に、迷宮で稼いできたから大丈夫だよ。列車は席が取りにくいけど、船だったら団体でも平気だからね。せっかくだし旅の思い出に、みんなで乗ってみたかったんだ」
「私、お嬢の使い魔に生まれてよかったよ。ありがとね、ダイチ!」
なにせあの短時間で五つの集団を潰したのは、探索者ギルドでも驚かれてしまった。それができたのも、カメリアとクロウのコンビがいるから。上空からの索敵って、この世界では反則だし。
そんな貢献をしてくれたクロウは、列車の旅を存分に楽しんでいた。主にカメリアのおっぱい枕を……だけどね。そして今は気持ちよさそうに、上空を旋回している。
ここは洞窟型の迷宮なので、同じことは出来ないと思う。でも難易度の高い場所へ行けるようになったから、より多くの人を養っていけるはず。クランなんて作って大人数で活動する予定はないし、稼いだ分は仲間のために使いたい。そんな思いがあったので、船旅は全員でしてみることにした。
「アスフィーちゃんは、体に不調とか出ていませんか?」
「潮風ベタベタする。あとでお風呂はいる」
「今夜は念入りに洗ってあげますからね」
もちろん乗船前に顕現してもらったアスフィーも一緒だ。デッキに備え付けのベンチに腰掛けたスズランに抱っこされ、眠たげな視線で海を眺めてる姿は可愛い。列車の中でもよくこうしてたけど、この二人はすっかり母娘みたいになってる。
こんな時間はもっと増やしてあげたいし、ウーサンへ着いたら迷宮にも挑戦しないと。
「こういうのは家族旅行みたいでいいものだな」
「使用人を三人連れたお嬢様と、その付き人たちって感じかしら」
「アイリスの服装や話し方は上流階級っぽいし、そんな風に見られてても不思議じゃないね」
金髪縦ロールだったら更にお嬢様っぽく見えるのに、それが出来ないのは残念だよ。なにせ、この世界では種族によって髪の色が決まってる。ハイエルフに進化する前のシアがブロンドヘアだったように、金色系の髪色はエルフ族だけ。髪を染める技術もないから、吸血族のアイリスは金髪になれない。
「そういえばアイリスって、いつも同じ服を着てるよね。そのドレスって何着もってるの?」
「あら、いい質問ねカメリア。誰も聞いてこなかったから言わなかったけど、自慢も兼ねて教えてあげるわ」
「アイリスお嬢様のお召しになる衣類は、始祖様からいただいた特別製なのです。こちらのドレスには[不朽・修繕・自浄]の効果が付いています。軽く汚れを落として保管しておくだけで、翌朝には新品同様になっているのです」
「どう、凄いでしょ。この服があるから、私の【霧化】を使っても大丈夫なのよ」
「うわー、すごいね! ボクもそんな服があったら欲しいな」
スズランみたいに身に着けたものが一緒に消えるとかじゃなくて、服自体が特別製だったのか。僕も同じ服を何着か持ってて、ローテーションさせてるんだと思ってたよ。
「その服は秘宝級だったのか、これは驚いたな」
「カメリアがもらった〝精霊のグローブ〟と同じなんだ」
「ウーサンだと暑苦しく見えるのが難点なのよね。島についたら普通の服を見に行くわよ」
「水着も見ておきたいし、みんなでお店にいこうか」
ラムネの冷房があるから汗だくにはならないけど、黒いゴスロリドレスで過ごしてたら目立つことこの上ない。常夏の国だけあって日差しもきついし、帽子とかも買っておいたほうがいいかも。ノースリーブの白いワンピースに麦わら帽をかぶって、サンダルを履いた姿なんかも似合いそう。
「私の水着はマスターが選んでくださいね」
「ボクは前に着せてもらった鎧みたいなのにしてみようかな」
「あのけしからん鎧か! カメリアは前に恥ずかしいと言っていたのに、どうして着ようと思うのだ?」
「さっきからクロウが【遠視】で遠くの砂浜を見てるんだけど、あれとよく似た格好をした女の人が結構いるんだよ。だから大丈夫かなって」
「ずっと降りてこないと思ったら、そんなものを覗いてたのね」
やっぱりあるのか、ビキニスタイルの水着。あんまりセクシーなものだと、ナンパとかされそうで嫌だな。ノヴァさんがみたいな人が近くにいれば、声をかけられる確率も減るだろうけど、僕だとあまり虫除け効果がないからなぁ……
「心配ですか? マスター」
「うん。可愛い子や美人が揃ってるから、絶対にナンパされるだろうなって」
「ねぇねぇダイチ。それって私たちも?」
「ミツバは元気で可愛いし、ニナは落ち着いてて美人だし、イチカは大人な感じがしてセクシーだよ」
「……あぅ、恥ずかしい」
「ダ、ダイチ様、お戯れを……」
あっ、イチカが照れるなんて珍しい。
「まったく……使い魔たちが扱いにくくなるから、何度も口説くのは控えてほしいわね」
「私やスズランというものがありながら、節操がなさすぎるぞ」
「僕は素直な気持ちを伝えただけなのに!」
「ボクにもよく言ってくれるけど、ダイチは褒め殺しの天才だね」
「マスターはまるで息をするように、私たちの心に響く言葉をくださいますから」
「主様は無自覚。よし、覚えた」
「変なことは覚えなくてもいいからね、アスフィー」
一緒に寝たりするようになってから、アスフィーはやたら僕のことをいじってくるようになった。笑う姿はまだ見たことないけど、少しずつ心が成長してるのかな。
この世界ではインテリジェンス・デバイスって言われてるけど、僕は器物に霊が宿る付喪神じゃないかって思ってる。そうなるとアスフィーって、精霊に近い存在かもしれない。スズランが自分の子供と同じ〝ちゃん付け〟で呼んでるのも、何らかの共通点を感じてるからかも。
だとすれば、こうして仲良くすればするほど、より力を発揮しやすくなるはず。
でも、いじるのは程々にして欲しい。いくら僕が生まれる前から存在してるといっても、見た目が幼女なので精神的ダメージが半端ないから。
「あっ、そろそろ次の島みたいだよ」
「あの駄鳥、一直線に砂浜へ向かってるわね」
「帰ってきたらオシオキだな」
「斬る?」
「いやいや、魔剣で斬ったらさすがのクロウも消えちゃいそうだし、やめとこうね」
「じゃあ刺す」
「どっちも同じだから!」
クロウの命は風前の灯かもしれない。
こんな感じにワイワイと、僕たちは船旅を楽しんでいた。この先に待ち受けている、大きな出会いに気づかないまま――
次回は探索者ギルドへ向かう主人公たちに……
水曜日更新予定です。