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閑話12 三人でデート

 今日は街を出て森の中を歩いている。山裾(やますそ)にできた森だけど、見た感じかなり大きかった。あちこち人の手が入ってるアーワイチと比べ、イノーニは手つかずの自然がいたる所に残ってて、どことなく日本の田舎を思い出す。



「すごく気持ちいいね」


「ああ。こういう場所を歩いていると、私も落ち着くよ」



 いま歩いてるのは、自然の歩道みたいになっている場所。まばらに生えた木から差し込む木漏れ日が、とても気持ちいい。シアが暮らしていた森より見通しがよく、爽やかな風が常に吹いている。



「あの、シア様。私も一緒で本当によろしかったのでしょうか」


「まだそんなことを言ってるのか、スズランは。君と私の仲だ、遠慮なんて無用だぞ」


「ずっと山の上で修行ばかりしていて、出かける機会は一度もありませんでしたから、どうしても気になってしまって。こうしてマスターとデートする時間ができたのに、それを邪魔してるのではないかと……」


「その、あれだ……スズランは私とダイチが二人だけで過ごせる夜を、何度も作ってくれていたじゃないか。そのお礼も兼ねてるし、何より私が三人でデートしたいんだ。頼むから今日は一緒にいてくれ」


「嬉しいです、シア様! 大好きです」


「あっ、こら、そんなにくっつくと歩きにくい。しかも相変わらず柔らかいな、まったく……って、サクラやミカンたちも服の間に入ってくるな、くすぐったいじゃないか」



 スズランは浮き上がりながら膝を曲げ、シアの腕に抱きついた。うんうん。ああして女の子同士が仲良くしてる姿は、やっぱりいいな。


 自分がハイエルフとわかってから、シアは街なかでもローブを着なくなってる。今日も動くたびに、長い髪が揺れたり広がったりするので、見てるだけで楽しい。



「ダイチも黙ってないで、なんとかしてくれ。スズランはお前の精霊だろ」


「僕はスズランの意志を尊重するようにしてるから、何もしてあげられないよ。ゴメンね、シア」


「ふふふ、さすが私のマスターです。さあシア様、諦めて私をこのまま運んでください」


「裏切ったなー、ダイチ。自分のかっ……、彼女が困ってるんだぞ!」



 裏切ったとか人聞きの悪いこと言わないでよ。だって二人が百合百合してるところって、ものすごく眼福なんだから。それに困り顔のシアもすごく可愛いし、ちょっとそそられるものがある。だから見守る選択肢以外ありえないよ。


 サクラたち四人の精霊が楽しそうにしてるのも、僕にとっては嬉しいことだ。自分の子供たちがはしゃぐ姿を見てる親って、こんな気持なのかな。だからこれは下心じゃなくて親心と呼んでいい。


 自分の中で納得できる答え(言い訳)を思いついたし、このまま眺めることにしよう。



◇◆◇



 これからウーサンの国へ行く予定だけど、列車の予約が取れたのは五日後の便だ。以前と同じ個室の二等客車は、その日しか空いてなかったのが理由。今回は距離が短く一泊二日の旅だから、三等客車でも問題ないと思う。


 だけど今度の旅も周りに気兼ねなく、ベタベタゴロゴロしながら過ごしたい。そんな思惑で全員の意思が固まったから、数日分の予定が空いてしまった。それで今日はデートに出かけることになったって訳。


 それにしても、この辺りは迷宮の影響があまりなくて気温も高いから、アーワイチとは植生がぜんぜん違うな。加えて同じ種類の薬草でも、ここに生えてるもののほうが濃い色だ。薬効成分とか違ったりするのかな?



「ねぇシア。同じ薬草でも場所や気候によって、効果が変わったりするの?」


「もちろん変わってくるぞ。例えばエルフの国であるオッゴの森は、安定した品質の薬草が採れる。アーワイチは土地が痩せているからだろう、そんな環境で生き抜いてきた薬草は、成分が凝縮されているんだ。そのおかげで、私の作る薬も効き目が高かったぞ」



 当時のシアは呪いの影響でスキルが書き換わり、【薬術】の補正が効かない状態だった。その分、出来上がりの品質が安定しないから、アーワイチの薬草は都合が良かったみたい。



「イノーニは場所によってバラツキが大きいから、薬の品質を保つには経験が必要なんだ。私が国を出てここを選んだもの、【薬術】の熟練度を上げるためだったしな」


「そうやって常に上を目指す姿勢って、エトワールさんと同じだね」


「本人に出会えて、私も大きな目標ができた。これから、もっと頑張っていくさ」



 シアを真ん中にして、三人で手をつなぎながら歩いていたら、リョクがふわりと浮き上がった。そしてそのままシアの周りを、クルクル飛び始める。



「おっと、もうそんな時間になるのか。もう少し進むと開けた場所がある、そこでお昼にしよう」



 時間を知らせてもらえるよう、リョクに頼んでたのか。味気ない電子音や振動と違って、体を使って通知してくれるのって、すごく癒やされる。


 山での修行中に、リョクのスキルが全て埋まった。そのうちの一つである【生活】には、時間を知らせてくれる力があるんだよね。この世界にも時計は存在するけど、アラーム機能なんてついてない。その点、精霊はこうして時間を教えてくれるから、すごく助かるスキルだ。


 リョクに刺激されたのか、他の子達も一緒に周囲を飛び始めた。それに導かれるように先へ進むと、小さな川が流れている場所に出る。河原の部分が結構広いから、キャンプとかもできそう。



「あそこの平らな部分でお昼にしようか」


「そういえばお弁当は用意しなくてもいいって言ってたけど、リョクが持ってくれてるの?」


「地面に布を敷いたら取り出すよ。手伝ってくれ、ダイチ」



 レジャーシートを地面に広げると、シアが大きなバスケットを取り出してくれた。フタを取ると、中には色とりどりのサンドイッチが並んでいる。彩りも鮮やかで、すごく美味しそう!



「食べるのがもったいないくらいキレイだね」


「その……頑張って作ったから、食べて欲しい」


「これ、シアが作ってくれたの!?」


「いっ、一応そうだ。ニナに手伝ってもらったから、ちゃんと食べられるものになってると思う」



 うわー、これが夢にまで見た、彼女の手作り弁当か。生まれて初めて実物を目にしたけど、こんなに感動できるものだとは思ってなかった。どんな宝石だって敵わないくらい、バスケットに入ったサンドイッチが輝いて見えるよ……



「ありがとうシア! 恋人にお弁当を作ってもらったのなんて初めてだから、すごく嬉しい!!」


「私も幸せな気持ちでいっぱいです。ありがとうございます、シア様」


「う、うむ。みんなには口止めしていたから、サプライズ成功だな。たくさんあるから、遠慮なく食べてくれ」



 濡れた布巾で手を拭いて、早速一つ食べてみる。野菜がシャキシャキして瑞々(みずみず)しいのは、農業が盛んなイノーニならではだ。今まで食べたことのないソースが塗ってあるから、これもシアが作ってくれたんだろう。甘酸っぱい味が野菜と肉にマッチしてて、噛むたびに口の中が幸せに包まれていく。



「こんなに美味しいサンドイッチを食べたの、生まれて初めてだよ」


「それはちょっと大げさすぎやしないか?」


「そんなことありません。このサンドイッチには、愛情がたくさん詰まっています。こんなに美味しいものを作れるのは、シア様だけですよ」


「スズランにまでそんなことを言われると、照れてしまうな」


「シアも見てないで一緒に食べようよ」


「みんなの口に合うか心配だったが、問題ないようでホッとした。安心したら私もお腹が空いてきたし、食べることにしよう」



 まさか異世界に来て、こんな体験ができるなんて思ってなかった。しかも強くて知識も豊富で、妖精みたいに可愛い自慢の彼女だ。もう〝我が生涯に一片の悔い無し!!〟って言いながら、こぶしを天に突き出したい。



「ングッ!? んー……っ! んー……っ!」


「慌てて食べるからだぞ。ほら、これを飲め」


「んっく……んっく……ぷはー、ありがとうシア」



 変なことを考えてたから、危うく天に召されるところだったよ。死因が手作りのサンドイッチとか嫌すぎる。さっきはあんなふうに思ったけど、これで死んだら悔いが残りまくること間違いない。



「お弁当は逃げないから、ゆっくり味わって食べてくれ」


「ゴメンね、シア。嬉しすぎて夢中で頬張っちゃった」


「マスターをこれほど夢中にさせるなんて、さすがです。やはりシア様とマスターの相性はバッチリですね」


「今の僕は幸せの絶頂って感じだから!」


「二人とも臆面もなく恥ずかしいことを言うな、照れてしまうじゃないか」



 耳の先まで赤くなったシアをなんとか落ち着かせ、僕たちは食事を再開した。あれだけあったサンドイッチは、次から次へと消えていく。なんたって、お世辞抜きで本当に美味しかったもん!



◇◆◇



 お昼を食べた後、レジャーシートの上で話しをしていたら、シアがウトウトし始めた。きっと早起きしてサンドイッチを作ってくれたんだろう。そうじゃなかったら、あれだけの量なんて出来ないはず。



「寝ちゃったね」


「疲れてらっしゃるでしょうし、このまま寝かせて差し上げましょう」


「あっ、リョク。毛布を出してもらってもいい?」



 リョクが出してくれた毛布を、スズランの膝枕で眠っているシアにかける。他人の契約精霊にお願いなんて、本来だったら不可能なこと。でもリョクに限っては、僕の言うことを聞いてくれるようになった。とはいっても同時にお願いしたら、シアが優先されるんだけど。


 僕の持ってる繋がりの力って本当に不思議だ。まだラムネの【解析】に星を振ってないから、どんな伏在(ふくざい)スキルがあるのかわからない。そもそも本当に見られるようになるか、エトワールさんも知らなかった。今のところ悪影響は出てないし、とりあえずは保留のままでいいだろう。



「リョクちゃんは、マスターのことが大好きですね」


「シアと繋がりが出来たおかげだと思うけど、自分でもよくわからない力が働いてて、ちょっと不安かな」


「決して悪いものではありませんので、マスターはそのままでいてください」



 僕の頬にキスしてくれたリョクを見て、膝枕しながらシアの頭を撫でていたスズランが、優しい笑顔を浮かべている。この顔を見ると安心できて、どうでも良くなっちゃうんだよね。


 それこそ変な力とか働いてたりして?


 ……って、そんなわけ無いか。最近のスズランは、母親としての貫禄みたいなものが大きくなってから、それが安心感に繋がってるんだと思う。なにせ短期間に四人も子供ができちゃったし。


 【新生】スキルはあと一つ上げられるけど、今度はどんな子が生まれるのかな。



「寝てるシアも可愛いね」


「私が人の姿をした子供を生めるなら、こんな(むすめ)がほしいです」


「僕たちはそれぞれ望みを抱えてるけど、スズランはそれを叶えてもらったら?」


「その時はマスターも協力してくれますか?」


「あっ……えっと、うん、そうだね。シアとも話し合って出来るだけの事はするよ」



 スズランに凄くいい笑顔で見られてる……


 何がとは言わないけど、人の子を授かるには僕の協力が必要だよね!

 すっかり感覚が麻痺してるな、今の僕は。エルフ族は男女比が偏ってるので、一夫多妻が普通みたいだけど、シアはそれを嫌ってる。今の仲間に対しては寛容でも、その時になったらちゃんと相談しよう。


 ちょっと怖いが避けては通れない、けじめってやつ。それを疎かにしたままだと、ズルズル流されてしまいそうだから。


 そもそもこの世界って、男女半々なのは人族と獣人族くらいだ。エルフ族は女性の人数が三倍以上って話だし、人魚族に至っては女性しかいない。魔人族とドワーフ族は、男性が多めだったな。全種族を合算した構成比は、女性の方が多いって聞いた。


 これから僕たちはウーサンに行くけど、女性ばかりの国って大丈夫かな。なんだか不安になってきたよ。ちゃんと「ノー」って言える日本人にならなければ。




 そんな不安に駆られた心をスズランの笑顔で癒されながら、その日のデートを目一杯楽しんだ。


スズランの望みは、次回も大きくなります。

水曜日更新予定の閑話をお楽しみに!

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